暗き幻影の底での決闘
何とか念話をものにし、アルトレイアからもお墨付きももらった。さて、では次、どうするか。スレイに会いに行こう。
夜中、こっそりと抜け出して幻影の迷宮の中に入る。
出来れば、夜に入って朝にはこっそり帰れればそれが一番いいんだろうけど、さすがに無理だろうな。
スレイめ……最近、寮の方へも帰って来てない。まあマクシミリアン将軍のことを考えると好都合と言えば好都合なんだがやっぱダメだろ。全くあいつは人の気も知らんで。マリアとか、アスタとか、リリエットとか。そういう心配かけてんだぞ全く。
「グゥオオオオオオオオオ!!!」
襲い掛かってきた魔物……ゴブリンか。とりあえず指を一つ鳴らす。
すると、いつの間にか火の玉がそいつの顎元に出現した、ように見えるだろう。ぶつかると見る見るうちに身体に炎が広がり、擦れ違いざまに剣で首を斬り落とす。
「……一人、なんだよな」
これからやろうとしてることは多分、皆には反対されるだろうから言ってきていない。
だから、これは仕方のないことだ。けど……さすがに堪えた。暗い暗い闇の底に潜っていく感覚は、孤独の中であるとなお一層。
スレイは、何度となくこうしてきたんだろうか……全く、ふざけるなというのだ。
「そこまで深く潜っていないといいんだが……」
スレイが冒険者をやっているのは幻影の迷宮を攻略することを目的としているわけじゃない。だがスレイの場合、人目に付かないように深い所まで移動している可能性もある。
「探すために、こっちも色々やってみるか」
ぽわぽわと手のひらに魔力を込め、光の球を何個も作る。そして、放る。
「……あっちは行き止まりか。こっちだな」
シャボン玉のように、障害物か何かに当たればその場で弾けてそれとなく分かるようになっている。
アルトレイアから光魔法のコツについて学んで、それとなく力の使い方も成長したようだった。
「……ん?」
今、光の球が斬られたような感覚がした。
敵がどこにいるかを察知する目的もあるから、それ自体は珍しいことじゃあないんだが、
「当たり、だな」
見覚えのある波長。魔力。これは……スレイのものだ。
「待ってろよ……!」
走る。結構遠いところにいたが、やっと捉えた。
※※※
「スレイ!」
後ろから呼びかける。
全身鎧の黒い剣士は、しかし一瞬だけ振り返った頭を即座に返した。
「こんにゃろう……」
無視すんな。
一つ深呼吸した。視界にとらえた。魔力の波長なんかも捉えた。準備はいい。落ち着け。慎重に。
『聞こえるかスレイ』
ガタッと鎧が軋みを上げ、警戒するようにとび上がり、俺を見てくる。
『今、俺は直接お前に語りかけてる。落ち着け。話をしようぜ話をだ。キャッチボールだ。大丈夫お前は念じるだけでいい。強く。俺に語る言葉をな』
『……何の用だ』
初めて聞いたスレイの声は、何とも重苦しいものだった。同時に、いたく懐かしい感じもする。
てか動じないなこいつ。相変わらずいい神経してる。
『お前を連れ戻しに来た。寮に戻ろうぜ』
『下らねえ……必要ねえだろう』
『必要だから言ってんだよ』
『…………お前、ここまでするからには俺のことをそれなりに知っているのかと思ってたんだが何も知らねえのか』
そりゃ知ってるさスレイ。
お前は、喋ることが出来ない。だから、人に事情を説明することも出来ず、こうして引きこもってる。
そして、ものを食べることも眠ることも出来ない。だから、こうして日夜戦い続けても平気で、こうして迷宮にいても何も困らなかった。周りから怪しまれようと、魔物から生気を吸い取る闇属性の装備を手放すわけにもいかなかった。
『呪術だろ。知ってる』
スレイは、幼い時に呪いを掛けられ、そしてそれから、それでもずっと生きてきた。
魔物の屍から生気を食らい、人の輪から外れ、それでも生きてきた。
『知ってるんだったら分かんだろ。面倒事は背負い込まない方が長生きできるもんだって忠告しとくぜ』
『それでも言うよ。帰って来いスレイ。そしてみんなにお前のことを話そう。俺が通訳する。だから』
『お前が帰れよメンドくせえ。親切のつもりか?』
憎まれ口は止まらない。それはそうだろう。スレイが困らないって程度なら、スレイはきっとここまで孤独に身を染めたりはしない。
きっと、遠い過去、差し伸ばされたであろう手を取って、今とは違う未来があったのかもしれない。
けれどそれを選ばなかった。選べなかった。そう――スレイにかけられた呪いの中で一番厄介なのはもう一つの……だから
『なら力ずくだ』
『……はぁ?』
『お前に決闘を申し込む。それで、俺が勝ったら寮に戻ろうぜ』
だから、今、こうして強引にでも連れ戻してやらないとダメなんだ。
『……なるほど。シンプルだ。勝者に敗者は従う。理屈だな』
乗ってくると思った。
こいつ、俺達の中じゃあ一番男らしかったしな。こういう単純な理屈の方が聞くだろう。
適当にぶちのめせばそれで済む……なんて思ってるんだろうが、そう簡単にはいかないぞ。
この幻影の君の前ではな。




