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一人足りません

 夕食までまだ時間がある、ということで俺とアルトレイアは部屋に引っ込むことにした。


「……それでは父上。私とシオンは夕食の時間まで部屋でゆっくりさせてもらうことにします」


「……うん? 二人でか? 婚約者という身分から外れたとはいえ、あまりほめられた行いではないと思うが……シオンが想い人、ではないのだろう?」


 アルトレイアが俺との関係について伏せている理由。


 バスティア・バートランスとの戦いを生き残るためのハーレムパーティの結成という目標のためもあるが、もう一つ。


 謎に包まれたもう一人のファントムロードに見せられた幻影でアルトレイア自身がこれ以上の関係の進展を望んでいないからだ。その状態で俺に対する好意を表明したところで、では何故発展させようとしないのか? という話になる。場合によっては俺の正体まで露呈するかもしれない。


「シオンと私は合同でパーティを組む代表者同士で、こうして話し合うというのも珍しいことではありません。やましいことなどあるはずがありません」


 数日前までアルトレイアの言葉に嘘偽りはなかったと思う。けれど、今はきっと違う。


 父親に真実を言いたいって気持ちがあるはずだ。そうじゃなきゃ好きな人がいる、とまで婚約破棄の場で言い出しもしなかっただろう。


 アルトレイアには、そういう無理を強いている。


(我ながら情けないな……)


「……なるほど」


 アルトレイアの弁に、マクシミリアン将軍も納得したようだった。


「済まなかったな。変なことを聞いて」


「いえ。それでは……シオン」


 俺とアルトレイアは背中を向ける。


「まあ……なぜ今、慌てるようにして、と。そういう疑問はあるがな。まるで、早急に話し合わねばならないことでもあるように」


 そして、その背中に向かって、何事でも無いように、そんな言葉を投げかけた。


 思わず振り返る。


「それではエドヴァルド。最近の学園の様子でも聞かせてもらえるかな……そうだな。娘たちの近況について」


 しかし、既にこちらを見ていることも無く、それ以上、何かを引き出せるわけもなく俺達は場を後にするのだった。


※※※


 既にクロードは俺の部屋で待機していた。


「実際に目にするまでは半信半疑であったのですが、どうやら本物の様ですね」


「その口ぶりからするとクロードはマクシミリアン将軍と会ったことがあるのか」


 まあ半ば知ってはいたようなものだが。


 マクシミリアン将軍。この学園にも所属していた過去があり、ファントムロード……父さんに肉薄したものの、元々軍部志望だったので惜しまれつつもこの学園を卒業した。と、知っているのはここまでだ。


「ええ。まあこの姿を知られている可能性はないでしょうがね」


 そして、それ以上のことを知っている生き証人がここにはいる。


 クロードはアルトレイアの方もちらりと見る。


「一応聞いておくが、マクシミリアン将軍が娘の様子を見に来た、とか。そういう微笑ましい事情だったりすることってあると思うか?」


「そういった感情はあるでしょうがね。しかしそれだけでは動かないでしょう。わざわざ秘密裏に、個人的な用事としてここに訪れた、その意味を探らねばなりません」


 娘に会いに来る、それだけならば学園に断りを入れておいた方がスムーズだし面倒も少ない。そうしなかった理由は……例えば視察。抜き打ちで、隠す暇を与えず探りを入れる為だとか。


「そうですね……後は……王国側にも秘密にして動いておきたい事柄がある場合でしょうかね」


「バカな! 父が国を裏切っているとでも言うのか」


 反射的に言葉が出るアルトレイア。


「……であれば、部下も連れずに動いていることにも説明がつくのです。将軍は、王国側の思惑とは違う考えを持ち、そして動いている。あるいは、何らかの情報を掴みながらも握り潰している」


「……」


 アルトレイアは、反論を止める。クロードの言に理がある、と判断したからだろう。


「……将軍というのはそういう地位なのです。命に従うだけではなく、国の行く末を案じ、場合によっては独立した判断で軍を動かす。だから、彼は彼の正義に従って動いていること、それは間違いないと思います」


 まあそれで安心できるかと言えばそんなことはないけどな。だって悪役だもんな。例えばの話、ファントムロードの討伐を目的としていても全くおかしくないし。


 いずれにせよ具体的な情報が足りない。


「マクシミリアン将軍が何故ここを訪れたのか……考える為にも情報が欲しい。関係ないって可能性もあるが聞かせてくれないか。あの人が、一体、この学園で何をして、どういう風にファントムロードと関わったのかを」


 俺達は頷き、促す。


「まず疑問なんだが、今はあれだが普通はファントムロードは幻影の迷宮の最奥にいるんだろう?」


 学園の在籍期間はあくまで試用期間のようなものだ。侮るわけでは無いが、その間で学園の迷宮を攻略できるのであれば苦労はない。だから、そもそもファントムロードと出会うことすらおかしい。


 まあ父さんは随分と活発というか勝手な人だったし、ちょくちょく幻影の迷宮から外に出てたってのも分かるけれど……それにしても、もう少し何かしらの接点があるような気がするのだ。マクシミリアン将軍と父さんには。


「……実はですね。イリューシオン様のお母様はマクシミリアン将軍の当時の仲間の一人だったんですよ」


「「はぁ!?」」


「……一目惚れであったらしいですね。それで、口説き落とすために色々と手を回して、そして彼らに隙を見せて。時には語り合ったりね。全く……困ったものでしたね、あの方は」


 遠い笑みを浮かべながら、当時のことを振り返るクロード。


 いやー……まさか両親の馴れ初め話に繋がるとはこっちも思わなかったぞ。きっかけはどうであれ、さて、ファントムロードとそれにまつわる恋の話と。その出会いは一体何を生んだのか、詳しい話を語るには、まだ色々足りないだろう。


「……まあ確執が無いなど有り得ないとは思うがその中で特に父に恨みを買うようなことはなかったのだろうか。その……たとえばシオンの母君が父の想い人であったとか」


「私が知る限りその線はないですね。まあもちろん、死なせたとあってはある程度の感情が巻き起こるのは仕方のないことであると思いますが……」


 その場合、幻影の迷宮の騒動の顛末まで知っていることになる。それは流石に考えにくい。




うむ。実はこの学園の男子寮に会いたい人間がいてね




 結局手がかりになりそうなのはこれだな。どこまで信用できるのかは分からないが。


 それにしても誰なんだ……? リオンに婚約破棄の詫びでもしに来たか? アルトレイアの想い人を探りに来たって可能性もあるが、それにしては具体的にその人物の素性を知っているようだったし。


「あ」


 そういえば、と思い出し声が漏れる。


「どうかしたのですかイリューシオン様」


 クロードとアルトレイアが心配そうに俺の方を見る。


 いや、これはこの事態と関係ないんだけどな。いや関係ないってことはないか……でも確実に話の腰は折るしなぁ……。


「いいから話してみてください」


「そこまで言うなら…………そういえばマリアのことあそこに残して来ちゃったんだよな。夕食の支度あるから仕方ないけど針のむしろかなぁ……と」


「「あー……」」


 腹芸とか苦手だしなぁ……。いきなり連れてこられたマクシミリアン将軍とどうなるかは分からない状態でボロは出さんように飯を作ってもてなせーとかちょっと厳しいだろう。


「……いいでしょう。ここで話し合っていてもこれ以上は埒が明かないでしょうし。エドヴァルド・W・サイファーとの会話で何か情報を引き出せるかもしれません。私も手伝ってきます」


「ならば私も手伝おう。父に手料理を作りたい、と言えば不自然でもないだろう」


 俺の部屋から出てくると不自然になるので窓から出るように言い、そして俺達は下で何食わぬ顔で合流した。


「み、みなざぁん……おぞいでずよぉ……ありがどうございまず~」


 案の定、マリアは泣いていた。


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