ファントムロードに愛の祝福を
主人公の前世における『幻影の君に愛の祝福を』についての詳しい説明になります
幻影の君に愛の祝福を。
俺の前世において最後にプレイしていたゲームだ。乙女ゲーの皮を被ったリアルタイムシミュレーションRPGである。
何で俺がそんなゲームをわざわざ豪華限定版19800円も出して買ったかと言えばまあ付録のサントラがそれなりにいいとか未だ残っていた予約特典のヒロイン大集合パジャマパーティDLCに惹かれた、とかまあ色々ある。この時、何で売れ残っていたのかもう少し考察していればと後悔することなどない。ないのだ。
確か高1くらいの年だったか。まあ最近、今一つ興味を引かれるゲームもなかったし、そろそろ大型RPGでもやりたいなと思っていた。そして、これがまあそれなりに大きい要因となるのだが、俺には姉がいたのだ。そしてその姉の嗜好が、そう。乙女ゲームであった。
とはいえ、俺ほどゲーマー歴は深くなく、事実『幻影の君に愛の祝福を』についても全く知らなかったらしい。
俺と姉はそれほど仲が悪いわけでは無いのだが、時代も変わるし年も取る。据え置きゲームで一緒の画面を見てゲームをするってことはなくなっていた。
まあヒロインも可愛いしせっかくだから、いい機会かなと思ったのだ。どうなんだろうなと思ったりもしたが、姉はすんなりと受け入れた。そして始める俺と姉とのゲームライフであった。
乙女ゲーのおまけみたいなもんだし精々詰まったらレベル上げすれば大丈夫じゃね? とは思っていたのだがまぁ面倒だった。
Q.ダンジョンから行ってから帰って来るまで歩きしかないってどういうことだよ一瞬で帰還させてよ。
A.仕様です。
取扱説明書より。最近、紙媒体で取扱説明書ついてるゲームも無い中でこれである。
このゲームでは特殊な職業でしかアイテム所持数に限界がある、というめんどくさい制約もある。まあ主人公がその特殊な職業であるということで目を瞑ろう。
うん? 主人公が誰かって? 生真面目な軍官の娘、アルトレイアでもなく、可憐な歌姫フィオレティシアでもなく、孤高の天才魔女アイリシアでも、孤独を秘めた盗賊少女ミスティでもない。
そう、リリエット・イディム。色々ヒロインにあるまじき言動が目立つ彼女こそがこの物語のヒロインである。まああれだ。攻略対象のめんどくささを考慮すればまあしょうがないかなと、思わないでもない。
チュートリアルでいきなり負けイベントが来るとは思わなかったがちなみにある条件を満たした後にクロード・ヴァンダレイムを倒すことに成功すると彼のルートが開かれる(もっとも、倒すにはゲームクリア程度ではまるで足りないんだが)。
攻略は一本道から次々に分岐するスタイルであり、つまりイベントが発生する攻略対象を次々と振っていかなければならない。しかも、振った攻略対象はそれぞれに対応したサブヒロインとくっついていくスタイル。まあ原画家がいわゆるカプ厨というやつでそういった口出しを受けざるを得なかったとかなんとか。
これがギャルゲなら過激派がディスク叩き割ってメーカーに送りつけたりしそうだが少女漫画あたりを見る限りその辺りには割と寛容に思える。……まあ、成立したサブカプにはもれなく不幸フラグが付き纏っているあたり内心どうなんだろうと思ったりするが。
ちなみに無事、攻略対象を攻略した場合、余ったサブヒロインはファントムロードとくっつくことになる。というか大体の場合、ファントムロードがサブヒロインと攻略対象の抱える問題に首を突っ込むところからストーリーは進む。
とにかく、姉はRPGでプレイしたことのあるのはポ○モンくらいなもので、チュートリアルも不親切で、まず説明書読みこむことから始めねばならないため、RPG部分は俺が何とかすることになった。
で、まあ姉と時間があった時にADV部分を進める。という感じで何とか進めていく。ちなみに個別ルートに分岐するとADVのみになる。
全体の流れを追うなら個別との分岐時点でセーブしてまた途中から進めていけばいい……と思うだろうが、個別ルートをクリアするとその愛の形とでも言えばいいのか特典があるため、その特典を受け取るためにまた最初から始めるのがセオリー。
故に全クリまでの時間がすごくかかる。しかも繰り返し。
まあね。それでもね。主人公を見守り続けてきたシオン・イディムとの物語というのは楽しみにしていたのだ。ヒロインに対して最初から好意を持っていた唯一の男だしな。
シオン・イディム。凸凹な攻略対象たちを纏めて、ヒロインを陰で支えるお助けキャラだった。ゲームをクリアした後で考えると、ファントムロードがサブヒロインたちに手を出していたのも、前述のとおり、不幸フラグが見え隠れする攻略対象たちの関係を危惧してのことであるのかもしれない、なんていう風にも考える。
そいつがこの物語のラスボスかに思われた、迷宮の主、幻影の君の正体であることが明かされて、おぉ……! となったのも束の間、
「あぁ……忘れてたな。最期に……言おうと思ってたことがあったんだ。もしも、俺の最期に、リリ姉が立ち会うことがあったなら、言おうと思ってた」
最期、そう。幻影の君は物語の最後に、命を落とすのだ。
突如現れた、本当のラスボス。その敵の味方かと思われていたファントムロードは、実はその存在と敵対していて、何もかもが分からないまま、ファントムロードはその身を賭してヒロインを、仲間たちを守る。
終盤で正体が白日の下に晒され、裏切り者と謗られようと尊大に振る舞い、そして唐突に、彼は命を落とすのだ。その正体は、今まで自分達を支えてきた仲間、シオン・イディムであったのだと。
「愛してるよ……リリエット」
そして、その中で告白だけを残し、ヒロインに口づけを残す。
流れるスタッフロールの中で。俺は涙を流した。
それから、まあプレイし終わった後、まあちょうど進学を機に家を出たのもあり、姉は興味を次に移したようだったがあれ以来、俺の心の中にはこのゲームのことがあった。
まあ俺自身、これを神ゲーと人に薦める気はない。評価もまあ大体、クソゲーかその一歩手前位だ。だけどどうしてかな。シオン・イディムのことが忘れることが出来なかったのだ俺は。ネットで叩かれてんのを見るとちょっとムキになってレスバトルに参加するくらいに。
その後、グランドEDクリア特典が幻影魔法の習得であり、それがクロード・ヴァンダレイムルートへの条件の一つであったことを知ったりする。そのEDがまた泣けたりする。
メタ的な視点になるのだが、幻影の君の忠実なる僕であったクロードは、遠き運命の果ての主に、涙するのだ。まあ……だからといって、ファントムロードが救われるわけでは無いんだが。
そう、どれだけその物語をやりこんでも、ファントムロードを救うルートはなかったのだ。それは、サブヒロインと結ばれたルートであっても変わらない。悪い男に騙されたのさ、と。サブヒロインはファントムロードに捨てられ、攻略対象の結婚式に出席するおまけつきなのだ。
ざまあみろって……? まあ、そんな男に惚れたサブヒロインが悪いって言えばまあそうなんだろうけどな。
彼は、どうあっても彼の宿敵に勝ち、生き残ることは出来ず。その宿敵の正体も、プレイヤーには分からないままだった。
分からない謎は、幻影の君を受け継いだヒロインの子孫が解明する続編ありきで残しておいたんだろう。……ま、そんな舐めた態度が災いしたのか資金が回収できず製作会社はつぶれ、謎は残されたまま終わったんだけどな。
もしも、俺が幻影の君なら。
そんなことを考えていれば当然の様に不注意で車に轢かれ、俺は前世での生を終えた。