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「どうしたんだい? シオン。あぁ……それとも、こう呼んだ方がいいかい?」


 かすかな存在感のままであるにも関わらず、支配者としてこの場に君臨し、気軽に声を放つ。


「イリューシオン・ハイディアルケンド」


 そして、当然の様に俺を暴いた。


「何故……なぜあなたがその名を口にするのですか!」


 ぬいぐるみの身体であることを忘れてしまうくらいにその身体からは怒りが立ち込める。


「偽者風情がファントムロードを穢すなど万死に値する」


「やだなクロード。緊張しているのかい? 分かっているんだろう(・・・・・・・・・・)? 他でもない君であれば。それとも……分かっているからこそ、そうやって吠えずにはいられないのかな?」


 ファントムロードは、クロードの怒りを静かに受け止めている。


 ぱちりと指を鳴らす。すると、その音をかき消すようにクロードの元に爆発が起こった。


「クロード!?」


「挑発したのは君だ。私が偽者? 違う。私は本物だ。正当なる幻影げんえいきみ、ファントムロードだ。何人たりとも、その誇りを穢すことは許さない」


 その感情を幻影で覆いつくすことも出来ただろうに、あえてファントムロードは怒りを示した。


 それが――よほど許し難い侮辱だというように。


「……私なら大丈夫です。それより」


 爆炎により生じた煙からクロードは現れる。多少、ダメージは受けていた様だが頭を振って、俺を守るように、ファントムロードと相対す。


「いや済まないね。手加減だとかそういう調整はしにくいんだ。とはいえ、君ならばこの程度、小手調べ程度にしかならないとは思うけれどね」


 油断なく、宿敵を見遣る。


「……クロード。さっきの攻撃は何だ?」


「分かりませんね。本当に、いきなり爆発が襲ってきた、と。そういう所感でしかありません」


 相手の攻撃はクロードを以てして不可解なのか。


 俺の魔法はほぼ自己流で知識は皆無に等しいがその上で考えて、不可解だ。通常なら、魔法の威力を高めるために呪文なり何なりその手元で魔力を高める予備動作があるはず。


 そもそも、結果が『爆発』というのはどういうことだ? その威力をそのまま投げてこないのには理由があるのか。


隠密の為? その為にこれほど回りくどいことをする必要があるのか。あるいは、全てが奴の幻影魔法の手の上なのか……。


「どうしたんだい? シオン。まさか、怖気づいたのかな」


 何もかもが謎だ。奴の目的も。強さも。力の正体も。


 しかし、皮肉にも奴のその言葉が呼び起こす。


(そうだな。選択肢なんざ最初からない)


 ここで逃げて、アルトレイアを見殺しにするならば。そんな下らない逃亡を策謀とでも呼ぶのであれば今まで俺が生きてきたすべてが無駄だ。


 闇よりも深き幻影を纏い、今、ファントムロードはこの迷宮都市に君臨する。


「イリューシオン様」


 マリアがその身の内に宿るのを感じる。温かい力が熱量となり、ファントムロードの衣装を破り、その背中に羽根を宿らせる。


「む」


 ファントムロードはその目を見張る。神々しく清廉な白く輝く羽。マリアの魂をしかと受け止め、空を飛び、ファントムロードに迫る。


 ファントムロードは、今一度ぱちりと指を鳴らす。


「! 大丈夫かいマリア」


『はい。私のことは気になさらないでください』


 爆発がその身を襲う。幻影魔法によるものか本当にいきなり、どこから発生したのか分からない威力がいきなり出現する。


 十分な防御の動作も取れないが、それでも無傷でいられるのはマリアのおかげだ。マリアが俺を守ってくれて、そのダメージを肩代わりしてくれているのだ。


 それを頼みにするつもりはないが、マリアがいてくれるから怯まずに奴に迫ることが出来る。疾く、奴の喉元まで迫り、終わらせる。


「ふふ。なるほど。信頼があるようで何よりだ。やればできるじゃないか」


 ファントムロードは、最初、浮いていたのは如何な方法を用いていたのかは分からないが、今は地に足を着いていた。


 しかし、まるでこの迷宮都市の地形を把握しているかのように屋根から屋根へ飛び移り、さらに腕に抱えるアルトレイアを意識してしまい大胆な行動をとれない。


 そうしているうちに、牽制も兼ねて爆発を撃ち込まれ、距離を取られる。


「くっ……」


 強い。相手も両腕を使えないだろうにそれでもやりこまれている印象がぬぐえない。


「さあどうしたシオン。君の愛はこの程度かな?」


 ファントムロードは言い放ち、誘う。


「愛、だと……?」


「そうさ。結局のところこの戦いを分けるとするのならばそういうものでしかない。ファントムロード……君は、この少女を。私のものにしてしまってもいいのかな?」


 ファントムロードは笑う。


「そんなわけ、ないだろう……!」


 誰が……誰がアルトレイアをお前なんかに渡してなるものか……!


『イリューシオン様!?』

分かってる。両手を広げ、ファントムロードを、襲う。隙が大きすぎて、戦術も減ったくれもあったもんじゃない。


 けれど、故に勢いを殺さず、感情をそのままに、ファントムロードに、叩き付ける。


 前に。ただ前に。この近さであればやつの爆発も使えはしないだろう。そして、そのまま……ファントムロードのやつを、押し倒す。


「全く、無茶をする」


 間近のファントムロードのマスクの口元は、けらけらと笑った。


「マリア!」


 はい、と意図を汲んだマリアは私がファントムロードを抑え込んでいる内にアルトレイアを避難させる。


「ふむ……私を押し倒しておいてアルトレイアを気に掛けるその無神経さ、というのは中々にいただけない、と言いたいところだがまあいいだろう」


 ファントムロードからはアルトレイアに対する惜しい、という感情が見いだせない。


「ふふ、元々、私はアルトレイアを君の元に運びたかっただけさ。その上で、吊り橋効果というのかな。君に、アルトレイアに対する感情に火を点けたかったんだよ。ま、結局のところその辺りはどうでもいいのだけれどね」


「何を言ってる、お前は一体」


「ん。ネタバレには少しばかり早いかな。ただ、一応言っておこうか。シオン。アルトレイアは直に目覚めるけれど、くれぐれも油断しないようにね」

 目を離した隙はなかった。しかし、ファントムロードはいつの間にか俺の目前から消え、月夜を背景に佇む。


「それではね……また会おう、シオン。今度こそ」


 幻影の君ファントムロードに愛の祝福を。そう言い残し、去って行った。


※※※


「アルトレイアの様子は?」


 あの後、アルトレイアの消失は女子寮でそれなりの騒ぎであったようで、事情を話すわけにもいかない俺達がアルトレイアを素直に女子寮に返すわけにはいかないしほとぼりが冷めるまで俺の部屋で休ませることにした。


 マリアも、一晩休めば大丈夫、とは言われたがそれなりに無理をさせてしまったため、部屋に下がらせている。見舞いに祈りを捧げることにしよう。


「今は眠っています。身体に異常は……ないようですね」


「そうか」


「それでシオン様。あのファントムロードについてですが」


「そうか」


 ふと気づくとクロードはこれ見よがしに溜息を吐いていた。何だ? 何かしたか俺。


「心ここにあらず、ですね。とりあえず話は明日、改めて行うことにしましょう。彼女に聞きたいこともありますしね」


 と言って、何だか生温かい目で俺を見て、クロードも去って行った。


「……アルトレイア」


 まあ俺としてもあんまり整理がついているともいえない。どうすればアルトレイアにとっても、リオンにとっても正着と言えるのか分からない。そもそも、関わるべきかなんてのも判断付いていない。


 けれど、ふと、触れたくなった。アルトレイアが今ここにいる、と。俺が今ここにいるのだとそう主張したくなって。頬に、触れた。


「ん……んぅ」


 目をゆっくりと開く。ぼんやりと、俺を見て、やがて……大きく目を見開いた。


「シオン!? シオンなのか!?」


「どうしたんだアルトレイア、あ、そうだな。実は……何て説明すればいいのか」


 果たしてアルトレイアはどの程度まで事態を把握しているのか、言葉を探す間もなく


「シオン! シオン……シオン!」


 アルトレイアが俺に縋りついてきた。


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