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もう一人のファントムロード

「ああもう! 私は何てことをしてしまったんだ!!」


 私は部屋の中で否応ともなく、叫ぶ。


 いや、もう……何だ。シオンに対して、みっともないところを見せてしまった。何だ今日の私は。


 いや……認めよう。自分でも、そこまで気にしていたつもりはなかったが、ふと、不安になってしまった時に、悪いことしか考えられなくなってしまった時に、頭をよぎってしまう。考えないようにしていただけのことで、いつも私の心の中にあったものだ。


 とはいえだ。それは私の中ではっきりとした言葉として在ったわけでは無く、ともすれば一生、気付かないまま生きていたのではないか、とそんな風に思える奥に挟まった棘、程度のものだ。


「……不思議な男だな」


 シオン・イディム。初見の印象としては、朗らかに見えながらも、どこか何かを隠しているような気配が漂う得体のしれない男……と実は見ていた。リリエットの弟、と聞いていたのもあったのかもしれないが、話していくうちに不思議と打ち解けて行った。


 うむ。砕けたところもあるがリオンとは違って基本的に根は真面目だ。だから話していて楽だし、安心できる。


 うん? 改めて考えるともしかして懐柔されていないか?



 俺にだけでもいい。お前の悲しみも。嘆きも。偽るな



 けれど。それでもいいかもしれない……


「って何を言っているんだ私は!」


 そうだ。シオンは、あんなこと言って。あんなことを……縋るように言って。


 シオンは、私が思っているよりもずっと不器用に生きているのだ。そう確信した。けれど、それでもどこか壁のようなものを私に、私達に作っている。


「―――まったく、酷い男だろう」


「うむ。それは全く。否定しようがない。むしろ盛大に肯定しよう」


「しかし、そこがまた放っておけないというか」


「……そうだな。普通であれば容認できない性質であるというのに」


「惚れた弱みだね」


「うむ、そうだ……」


 待て。私は一体誰と会話している。


「うん?」


 小首を傾げて、私のベッドの上に座る何者かがいた。


「!? いつの間に」


「さて、初めましてというべきか。久しぶりというべきか。判断に迷うね。おっと。暴れないでくれるかな? 大丈夫。私は君に危害を加える気なんて、毛頭ない」


 そこにいたのは、派手な衣装を身に着けた怪しい人物だった。


 頭には仮面、背中にマントを身に着け、背格好も今一つ分からない。


 それに――何だ。この異様な雰囲気は。明らかにそこに絶対の存在としてあるはずなのに、透けるように幽かな存在感。まるで、本当はそこに彼の人物はいないではないか、とそんな妄想すら浮かぶ。


「……何者だ」


「私が何者か、なんて今はどうでもいいことじゃないかな。それよりも大切なことがあるだろう?」


「……それは何だというんだ」


「それはもちろん……シオン・イディムに対する感情の決着だとも」


 仮面に覆われていない口元がにやりと笑う。


「とはいえ、答えはもう出ているようなものだろう? 惚れた弱み、だものね」


「なっ……な、な」


 なにをいっているんだこいつはぁー!!


「何だい? 何か不安でもあるのかな? アルトレイア」


「お前は……何故シオンのことを、それに、私のことを……」


 もうダメだ。私の中にはシオンのことがどうしても離れなくなってしまった。


「そうだね。もう目的は果たした……いいだろう」


 立ち上がり、私をその腕の中に抱く。


「――私は、――――だよ」


 そして、名乗ったその名に、驚愕に目を見張りながらも、私の意識は、徐々に幻影に侵されていく。


※※※


「……」


 俺は寮の屋根の上から夜空を見上げていた。まあ別に意味はないんだけどな。ただ、昼間よりも涼しい風。広い空。その中に身を投じれば、何かが見えてくるような。そんな気がするだけ、の話だ。


「シオン様」


 そんな俺に声を掛けて来た存在がいた。


「マリア……それにクロードか」


「何か考え事ですか? シオン様」


 クロードが尋ねてくる……そうだな。別に話しても構わないか。


「リオンの事情を聴いてな。ちょっと、余計なこと考えてた」


 そう。余計なことだ。




『お前は、自分の故郷についてどう考えてるんだ? 取り戻したいってそうは思わないのか』

 俺は、絶対に取り戻す、と。


『んー……そうだねぇ。どうでもいい、かな』





 リオンは、取り戻さなくてもいいのだと。

 そう考えている。俺とリオンの出した答えは違う。それは、抱えるものが違うのだから仕方がないのか。


 俺の歩んでいく道はリオンよりも血に塗れ、そして


「私達のことを気にしておいでですか」


 動機の中に、俺の復讐心だとかそういう黒いもんがあることはどうしたって否定できない。


 クロードもマリアも。これからどれだけの者を巻きこむことになるのか、果たしてそれは正しいのか、って……どうしようもないことを考えちまうんだ。


「……」


 クロードとマリアは押し黙る。二人とも、大儀だとかそういうのの前に。俺のことを見てくれているんだ。


 そんなやつらを利用しようしようとしてるんだ俺は。


「だからといって止まりはしないのでしょう」


 ああそうだよ。けど……出来ることなら……


「!?」


 その時だった。空に、彩りが添えられる。


「火花!?」


「いや花火だ」


 花火……? とクロードとマリアは首を傾げる。そうか、この世界にもあるかもしれんけど馴染はないもんか。


 とにかく。今、空にド派手な花火が打ち上げられて、そして、同時に強烈な魔力が発せられる。


「この魔力は……!?」


「レディース! エーン! ジェントルメーン!」


 場違いなほどに明るい声。いかなる術を使ったか、宙を漂うその姿。


「アルトレイア!?」


 その人影は、アルトレイアをお姫様抱っこしていた。気を失っている様子のアルトレイアは俺の呼びかけに応えることなく、囚われている。


「てめえ……何者だ」


 花火が止む。そこに現れたのは……


「なっ……!?」


 どういうことだ。俺達は、その冗談のような見た目を確認して、呆然とする。


「さあ、シオン。君は、ファントムロードより乙女を取り戻すことが出来るかな?」


 幻影の君ファントムロードは、高らかに宣戦布告した。




自演ではありません(小声)

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