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アルトレイアとシオン

 一応、お題目|(?)のために、リオンとリリエットのカップルの目に付かないように俺はアルトレイアを誘導していた。


「と、大丈夫かアルトレイア」


 通行人にぶつかりそうになっていたアルトレイアを肩を掴んで避けさせる……と同時にその向こう側にいるリオン達を視界からガード。


「む、何だ? 別に殊更に女扱いなどする必要は無いぞ?」


「それは誤解だな。別に女だからどうこう何てつもりはないぞ? 何ならそっちだって同じようにすればいいだろう」


「……なるほど。ならば次の機会があればそうするとするか」


 ふっと俺の手を振り払い、少し前を歩くアルトレイア。ん? と少しだけ振り返って俺を確認してくる。


「さて、どうするかな」


 アルトレイアと並び立ちながらあちこちを見て回る。


 迷宮都市。この地下に、魔物たちが跋扈する迷宮がある。

そここそが俺の故郷だ。そういえば、ここはガキの頃に素通りして行っただけだったな。思い出も何もない。


 もしも、あのまま何事も無く成長していれば、ここを訪れる時もあったのかな。


「……シオン?」


「ん? あぁ悪い悪い。ちょっとボーっとしてたわ」


 まあいいんだ。いずれ取り返すから。


 そんなことよりどうするかな。アルトレイアの好きなもんって何だったか。


「シオン。これでも食べるか?」


 すっとアルトレイアが差し出してきたのは、何かの串焼きだった。


「お前男の子にはとりあえず肉を差し出せば喜ぶとか思ってないか?」


「そんなつもりはないが」


 その証拠にとでも言うように、もぐもぐと自分用に買っていたであろう串を頬張るアルトレイア。


「……別に構わないがな。お前が受け取らんというならそれで」


「いや頂くさ」


 頬張る。美味いな。少し血の匂いというか野性味が強い気もするが、その分元気が湧いてくるような気がした。


「で、これ何の肉なんだ」


「何だろうな……あの屋台なんだが」


 そう言ってちらりとアルトレイアが目を向けたのは屋台で……焼肉? であるが何の肉かは記されていなかった。


「大丈夫なのかこれ」


「何を今さら。ここは幻影の迷宮の膝元、迷宮都市だぞ。訳の分からないもので溢れているのは当たり前の話だろうが」


「言われてみればそうだけどな」


「毒を食らわば皿までというやつだ。これくらい堂々と腹に収めるくらいの度量が無ければこの先やっては行けまい」


 たくましいなアルトレイア。リリエットと気が合ったのも何か分かる気がする。


「む、この串。木で出来ているものかと思えば……食べられるぞ」


「マジか。あ、ホントだ……しかも無駄に肉との相性いいぞこれ」


「それは抜かったな。今度、試してみよう」


 何か力が抜けた。


 無駄に気を張ってたみたいだ。それを解消できたのも、アルトレイアのおかげだろう。


 それから、この都市の地形を見て回ったり……まあ色気のない用件なんかもあったが概ね楽しかった、と思う。


 そして夕方。人気もまばらになってきた公園に移動する。それなりに大きい自然公園だ。


 デートの定番かな。何でか知らんが池にボートもあるし弁当を広げて食べれそうな原っぱもある。


 そして、ベンチに二人して座る。


「ふぅ……」


 二人して、ほっと溜息が漏れて、笑い合った。


「今日は楽しかったよシオン」


 夕陽に照らされた大人びた風貌の少女は、いつもとは違いどこか儚げに見えた。


「なぁアルトレイア。よければだが、お前とリオンのこと、聞かせてくれないか?」


「……そうか。それが今日付き合ってくれた目的、か」


 なるほど、と顎に手を添えて考え込むようにするアルトレイア。そこに残念だとか、そういう感情は見えない。だが、


「勝手なこと言うな。俺だって楽しかったんだ。なんて言えばいいのかな。アルトレイアと一緒にいると休まるってのは違うんだが、何か安心できるんだ」


 リリエットといると感じる、家族のような安らぎだとか安心感とはまた違う。


 これは……信頼かな。


 嘘偽り塗れの俺だから、実直なアルトレイアは眩しく思える。こいつがいてくれれば、俺達は大丈夫だと思う。アルトレイアは、きっと俺達パーティの柱になってくれる。

ま、それこそ全部を伝えられるわけないんだけどな。


「シオン……」


「まぁあれだ。俺こそありがとうだ。気分悪くしたってんならいい。ただ、俺だってだな。アルトレイアの抱えてるもんを背負いたいと思うんだ。そこで、他の誰よりも先に、アルトレイアの心に触れられるのなら、ってそういうわがままもある」


「シオン!?」


 ヤバい。俺は何を口走った。


「わ、分かった。リオンのことだな。その……婚約の話」


「そ、そうだな。その話だ」


 さて、どこから話したものか、と。アルトレイアは頭を悩ませた。


「正直に言うと、私にも分からないんだ。どうしてリオンとの婚約話など持ち上がったのか、と」


「分からない?」


「……リオンと初めて会ったのは……五年ほど前だったかな。いきなり父に連れられて、やって来たんだ。そして父は言った」



『アルトレイア。この子の名前はリオンだ。これから……お前の婚約者という扱いになる。出来れば末永く付き合ってあげてほしいが、どうしても嫌だというのなら言ってほしい』



 婚約の主導権はアルトレイアの方にある、と言ってたな。


「もちろん私も調べてはみたさ。そしてある程度のことは分かった。リオンは、今は亡きアルフィレド王国の王子だった。そして父はその同盟国の将軍として、リオン並びに彼の王族を救出するために動いた」


 アルフィレド王国の動乱。それは他国の勢力を引きこんだ、王族を引き摺り下ろすクーデターだ。


 長い時間をかけて徐々に内部勢力の取り込みに成功したのだろう。気付いた時にはもはやリオンと並びにその両親、わずかばかりの忠臣と親族のみを残し、周りは裏切り者ばかりで逃げ惑うしかなかった。


 争いの規模で言えば死者は少なく、いたずらに兵を動かしてはむしろ新たな動乱の火種になりかねない、と判断したアルトレイアの父親、マクシミリアン将軍は少数精鋭のみでリオン達王族を救出することを決意した。


 その後、クーデターを主導していた隣国がその勢力図を塗り替え、アルフィレド王国は歴史上消滅することとなる。


「その作戦の最中のことだ。少数精鋭で兵士たちを護衛に着けながら秘密裏に、様々なルートを駆使して王族たちをこのアイルーン王国に保護するのだが……その中でどうもリオンは私の父と二人きりで脱出を敢行していたらしい、ということまでは調べがついたんだ」


「将軍と二人でか!?」


「ふふ、まあ私も突き止めた当初は面食らったがな。だが当然とも言える。父は、この学園の卒業生の中でも指折りで優秀な冒険者でもあったそうだ。その実力であれば、たとえ一人であっても並大抵の状況は潜り抜けられるだろう。いや、一番信頼のおける者こそ父であったのだろう」


 うーん……少し気になる情報が出来たが……


「そこでリオンと何かを話したのだろう……」


 そうか。アルトレイアが引っかかっているのはそこか、と。今、一番手を伸ばさなければならないものから目を逸らすわけにはいかないのだ。


「……なぁシオン。私は、か弱い乙女でしかないのだろうか」


 弱い声だった。笑い飛ばしてはいけない。何をバカなことを言っている、と。そうしかりつけてやりたいが。でも、まだだ。まだ、何も吐き出してなんかいない。


「私は、昔、父の様になりたいと思った。父は、マクシミリアン将軍は凄いんだ。民から、王から、兵士から信頼され、されど気取ったところなど無く気さくで。私にもずっと優しかった。いつか、私も父の様に、と。そう思い描いた父の似顔絵は、今でも私の実家に大切にしまってある」


 その想いは強い。美しいと思う。けれど、と。アルトレイアは、区切る。


「私だけ蚊帳の外なんだ。リオンと父が、一体何を考えて、私を婚約者になど配したのか分からない。父は私を大切に愛してくれていると分かっていても、理解はしてくれていないのではないか、とそんな風にも考える。ただ花嫁として、貞淑にリオンに尽くすのが私の幸せだとそう願っているのかと。


 それに、何でリオンが、と。そう思ってしまうんだ。あんな頼りない男が。男だからだろうか。私が女だからだろうか、と。だから、私は父に近づけないのだろうか。リオンは、何もかもが違うくせに、時たま私よりも父に近いのではないか、とそんな風に思う時があって……」


 いつぞやか言っていた。


『それにリオンは何というかまあ、宿敵というかライバルのようなものなのだ。私にとって』


 アルトレイアの気持ちを分かってやれるとは言えない。


 きっと、誰にも言えず抱え込むしかなかったんだろう。アルトレイアの父親には怖くて、リオンには悔しくて。


「……長々とすまない。あーもう全く。情けない。本当に情けない」


 アルトレイアは頭を抱える。そして、自分を傷付ける。


 俺は、そんなアルトレイアの手を取った。


「シオ……」


「忘れるなよ。お前は、自分に嘘なんざ吐かなくていいはずだ」


 アルトレイアは、俺とは違う。そう思っていた。 


 そうだ。違う。何で違うんだよ。俺にはクロードがいた。マリアがいた。リリエットに、仲間たちに曝け出せないことだって隠さないでいられる存在がいた。なのに、


「俺にだけでもいい。お前の悲しみも。嘆きも。偽るな」


 なら、俺はアルトレイアにとってそういう存在でいたい。


 正直に生きろよ。俺にとって、光輝く眩しい存在でいてほしい。

悪役の俺の自己満足だ。弱みにつけこんでやる。ああそうさ。それでいい。


「ぅ……」


 胸の内に抱く。


「ぅぁあああああああああああああ!!!!」


 泣き声は響かせない。独り占めしてやる。どうも俺は、思ったよりわがままみたいだ。


※※※


「……」


「……」


 帰り道。さて、どうしてこうなったかな。


 現在の状況を説明すると、すっかり暗くなった夜道を、アルトレイアが俺の腕を取って寄りかかりながら歩いている。


 何も言わず。ただ、そうしてきた。


 俺も、何も言わない。が、そうもいかない状況になってきた。


 寮の前まで来た。アルトレイアに呼びかけようと、手を取ろうとしたその時。


「それではなシオン」


 もう、アルトレイアはすっかり立ち直っていて、微笑みを浮かべながら去って行った。


 その微笑は数瞬、確かに俺から時間を奪った。


「あー……くそ。またしてやられた」


 勝ち負けでもないんだが、というか何と戦っているんだという話だが。だがまあ何だこの敗北感。


 気を取り直して、寮に入る。


「ん? お帰り。シオン」


 そこには当たり前の様にリオンがいた。


「リリエットとのデートはどうだった?」


「ん。存外楽しかったよ。存外って言うのも失礼だね。何ていうか……ぴったり波長が合いそうっていうか、うん。一緒に生きたいなって自然にそう思えた」


 存外深い答えが返って来たな。


「アルトレイアにはそういう感情はないのか」


「……そうだね。よく考えればそうだ。ま、いい子なんだけどね」


「聞きたいことがある」


 苛立ちを混ぜて尋ねる。それで何かを感じたのか、リオンも神妙に俺の言葉を待つ。


「お前とアルトレイアの親父さんと何があったのか、聞かせろ」


「……驚いたな。もうそこまで調べてたのか」


 リオンは、俺の表情をじっと見る。そして、こくりと頷いて


「いいよ。話そうか」


「やけにあっさりと話すんだな」


 お前、聞き出そうとしてもいつもはぐらかしていたじゃないか。


「だってシオンと本気で仲違いしたくないじゃないか」


「そんな理由なのか」


「んー。そうだね。思えば……別に隠すようなことでもなかったしね。ただ、僕とは関係なしにアルトレイアのことを見てほしかった……て、僕が言う権利も何もないんだけど」


 断って、リオンは語り始める。リオンとアルトレイアの父、マクシミリアン将軍。その二人に隠された、二人だけの知られざる秘密を。

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