燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや
これにてペンドラゴンさんの出番は終わりになります
ペンドラゴンが本気を出したということはつまり一時的に誤魔化していた擬態が解けたということであり、すぐにでもペンドラゴンを捜索していた円卓の竜騎士たちがこの地にやってくるかもしれない。
すぐにでもこの地を離れるべきではあるのだが、折角あったのだから稽古をつけてやろう、ということでスレイと俺は二人がかりで直々に剣を交えていた。
「ふむ。まあ、こんなものか」
ぜぇぜぇと息を吐いて倒れ伏す俺達の前に、しかしペンドラゴンは全く息を乱さず立っている。
「さて、クロードからも文で伝え聞いたが二人ともさらなる高みへと至るための道筋を新たに探している、ということでいいのか」
ああそうだな、思えばペンドラゴンに話が行ったのもそこからだった。
「まあ、私自身が力になれることというのはそれほど多くは無い。双方とも、一見、私と同じ剣士ではあるものの、辿って来た道筋が違う。変に私の剣を教えたところで身に着きはしないし、むしろ邪魔だ。とはいえ、だからといってこのまま去るというのもまた情けない。助言くらいは残すとしよう……まずはスレイ」
しかしこのペンドラゴン。立ち回りながらアドバイスの為の分析までしてたのか。
「当面は剣闘都市に向かうといいだろう。実戦で鍛えるというのも勿論だが、そこにいる旧き支配者はお前の目指すべき強さに最も合致している。それと、当面はクロードを見て学ぶといい」
スレイがクロードみたいになるってのもにわかに想像つきにくいがペンドラゴンをして言わしめるのだからそうなのだろう。それと剣闘都市か。そこにいる旧き支配者? 一体何者か……て、そこまで聞くのも頼り過ぎってものだな。
「ファントムロードは特殊なクラスだ。その特性を活かした戦い方というのが必要になって来るが、そもそも幻影魔法など一般にあるモノではない。だから参考になる剣術も……ああ、そういえば一つ心当たりがあったな」
心当たり? まさかもう一人の幻影の君がいるとでも言いだしはしないだろうが。
「私も昔、幻影の君に聞いただけでうろ覚えではあるが、確かその昔、幻影の君の許へ訪れた東洋からの剣客がいたそうだ。その剣客は祖国に戻った後に、幻影魔法から着想を得た独自の流派を開いたという……まあ、独特であるが故に広くは普及しなかったらしくてな。直接その国へと赴かねばならぬだろうが」
なるほど。幻影魔法をルーツに持つその剣術であれば幻影の君が使うのに最も適した形となっているはずである、と。
東洋の剣客、か……クロードも知っていれば話題に出すと思うが果たして知らなかったのか忘れていたのか。いずれにせよ、調べれば分かるだろうか。
「まあ、こんなところだな……さて、礼を求めるつもりはないが、幻影の君。旅立つ前に少しだけ話でもしないか」
話……話か……。誘ったのはペンドラゴンであるが、話題を振るつもりはないのか。
いや……多分だが、この円卓の竜騎士王という迷宮の主は、きっと口数の多い性分ではないのだろう。
にもかかわらず、話をしようと誘ったというならそれは光栄と受け止めるべきだろう。
「聞きたいんだが、クロードはあんたが国を離れた理由を『人間どもに付き合ってられないから』って言ってたけど……それは本当なのか、なんていうか、その……」
上手くは言えない。ただ、円卓の竜騎士王。人よりも早く人を支配した王の一柱、この目の前の男は薄情な存在には見えない。人々を見捨てた、なんて。それが本当に歴史の真実なのだろうか。
「まあ、それは円卓の竜騎士の誰かが乱暴に吐き捨てた言葉ではあるが、概ね正しいよ。私は……人の世に関わるべきではないと。そう思い、国を捨てた。いや……捨てられたとでも言うのが正しいか」
「……捨てられた?」
「私は……曰く、強くあり過ぎたらしい」
強くあり過ぎた。そう語る口調に驕りは無く、どうしようもないほどの後悔と悲しみに満ちていた。
薄々、その片鱗は垣間見えた。個人で戦略をひっくり返すほどの力量。あまりにも堂々と、敵味方すらも分け隔てなく接する公正明大が過ぎる態度。放っておけば置いていかれてしまいそうなほどに速く、広い。
それでも。彼は人に寄り添おうとした。けれど、竜である彼にとっての当然と、矮小な人にとっての当然はどうしようもなく違った。歩く歩調が違い過ぎた。ペンドラゴンはその歩みを暫し止めることでしか、憐れみの目で人を見ることしか出来なかった。
何故、ペンドラゴンは我らを見下すのか。何故、ペンドラゴンは常に正しく、我らの間違いを許容しないのか。何故……人は彼に比べてこうも弱く愚かなのか。そうして、人々は次第に狂っていく。
それらがやがてペンドラゴンの治世の終焉へと繋がっていく。
「反乱を起こしたのは一部だった。それらを返り討ちにして、再び支配を取り戻そうと思えばそれも出来た……だが」
ペンドラゴンは悟った。これは始まりに過ぎない。
円卓の竜騎士王の偉大さを理解できる人間は、これからどんどんと減っていく。いや、そもそも本当に円卓の竜騎士王というのは本当に人間にとってよき支配者であったのか?
そうして、ペンドラゴンは国を去り、彼を慕う騎士の生まれ変わりである竜騎士と共に迷宮を作り、籠った。
「そうして、長年の疑念が少しだけ分かったような気がする。ギルバート・G・マクシミリアン。あれは、私たち旧き支配者に比べれば矮小な存在だ。しかし、あれは周りの兵たちの信頼を勝ち取り、我らに決して怯まぬ軍勢を作った。
カリスマによるものではない。何年と共に過ごし、経験を重ね、時にはぶつかり合いながら、そうして育んだものなのだろう。そうして少しずつ歩んだ故に強固なのだろう。それは……私には出来なかったことだ、きっと、これからも出来ない繋がり方だ」
――ああ、だからあれと相対した時、少しだけ眩しかった。
気付かず涙をこぼすように虚ろげに言う。
「あれはいい将だ。せいぜい丁重に扱うといい。くれぐれも敵に回さぬようにな」
まあそれは俺の管轄外だが。
「まあでもさ。それは、きっと同じことなんだよ」
どうしようもない遠くを見る姿がどこか許せなくて、俺は赴くままに口を開いた。
「さっき言ってたじゃん。剣の道だって歩んできた道のりが違う。真似したってどうにもなんねえって、さ。どっちが優れてるとかそんなことじゃない。マクシミリアン将軍だってすごいが、あんただってそりゃいうまでもねえだろうけど大したもんさ。円卓の竜騎士、だったっけ? あんたを慕ってる連中は、まだいるんだろ? ならさ……たまには、色々ぶちまけたっていいと思うんだ。俺は、そうして生き残った」
俺が言うまでもないことなのかもしれないけど、それでも何かをしたくなって、纏まらない言葉を届けた。
「く……ハハハッ」
「何が可笑しいんだよ」
「いや……昔な、幻影の君に言われたんだ。『なるほど。君はどうやら人を垂らしこむのが苦手なようだ。ならば私を見習うといい。乙女を口説く手管は右に出る者はいないと思っているよ』とな。ああ、そうだ。その時、この者と友になれば、私に足りなかったものがきっと見つかるのではないか、と漠然とした打算が生まれたんだ」
相変わらず何やってやがるんだ幻影の君。
「打算、か」
「不義理と思うか?」
「いいや」
んなことはない。人間なんて、そうして繋がってるもんだ。
円卓の竜騎士王。人より遠すぎたおうが、人間みたいな感傷でそうしたってんなら、それはきっと、正しい方へと向かってるはずさ。
「いつか見つかるだろうか。人と歩むべく道が」
「ああ……きっとな」
「……そういえば幻影の君、名は何と言ったか」
知らなかったのかよ。まあ、幻影の君で済んでたしな。
「イリューシオンだ」
「……そうか」
周囲に風が巻き起こる。
その中心に現れたのは、巨大な竜。澄んだ青い瞳に、薄く黄金色に輝く体躯。透明な翼。思わず息を呑む、美しき在り様。
――それではな。また会おうイリューシオン。我が新しき友よ。
友への証として、真実の姿を見せたのだと、はるか上空まで飛び上がった後でようやっと気付いて、慌てて手を振った。




