スレイと王宮
「この度は本当に申し訳ありません。幻影の君……いえ、娘の想い人にとんだ非礼を」
「ふん。ワシは謝らんがな」
「あなた!」
「ぬぅ」
さて、何とかフィオレティシアの父親であるアイルーン王国国王と和解(?)を経て、場所を玉座の間に変え、歓談と相成ったわけだが……。あの、王妃、味方してくれるのはありがたいのですが、その……ね?
「ははは、まあ、あれですよ。今までの挨拶は案外すんなりといっていたので、むしろ申し訳ない心地でしたからね」
「ふん、相変わらずよな、幻影の君よ」
相変わらず、か。
「ぁ……」
国王は俺の顔を見つめ、過ちを犯したように顔を歪めた。その頭に過ってつい口にでた幻影の君は、俺じゃない。
けれど、それを申し訳なく思わないでほしい。むしろ、俺を見て……父さんを思い出してくれたのであれば、それは嬉しい。
「それで、スレイとアルトレイアは?」
「うむ。二人にはこの城の防衛システムを起動させたときに安全区画に避難……いや、隔離しておいたはずだ。二人とも……大切な客人であるからな」
そう言いながら国王は複雑そうに顔を歪める。
アルトレイアも友人……いや、俺を絡めて多少濃い付き合いになったがスレイに関してはそれに輪をかけて面倒な因縁があるからな。
「邪魔をするぞ」
二人について考えを巡らせていると、背にしていた扉から誰かがやって来たようだ。
護衛の兵士たちも何故かただ黙って素通りさせている。
入って来たのは……黒髪黒眼の大男。シルクの白いシャツに細やかな刺繍の施された漆黒のジャケットに身を包みながらも、その筋肉質な体型は窺える。
髪は綺麗にオールバックに整えられ、きりりとした彫りの深い顔立ちは彫刻かあるいは……乙女ゲーの一枚絵を彷彿とさせる。
「……誰だ?」
「あん?」
思わず問い返すと、そいつも何言ってんだこいつ? という表情で睨み返してきた。
よく見るとガラ悪いなコイツ。よく見れば服装はかなり上等でコーディネートも抜群なのだが当の本人が窮屈そうにシャツのボタンが取れそうなくらいにぐいぐいと広げたり、着こなしていると言い難い。
「いやいや何言ってんの、スレイだよ。まあ、見違えたっていうのは分かるけどね」
リオンが呆れているように、けれど少し面白そうに指摘する。
いやいやいや、俺達の仲間のスレイは、もっとこう、がさつで、乱暴で……
「最初はあの将軍だったか、のところで世話になるはずだったんだがどうにも忙しいようでな。こっちで世話になることにしたんだが……何だ。俺のようなみすぼらしい身分の相手がうろついていては風聞が悪いらしくてな。まあ、世話になっている身だ。こっちはこっちで受け入れなきゃならんもんとして、こんな恰好をしてるわけだ」
「そうか……まあでもなんだ。案外似合ってるぞ」
「ハッ」
鼻で笑いやがったよこいつ。
「まあここで生活してみて分かったのは、王族や貴族だからって別に羨むようなもんでもないってことだな。窮屈すぎる。料理ならあのメイドや……アスタの方が口には合ったさ」
「そう言われちゃ立つ瀬がないな……」
「はっは……まあ、何というか。あれだ。最初は、城の皆も彼に対してどう接すればいいのか……無理をさせてしまっていると思ったが、料理長などはいつか彼の舌を唸らせると張り切ってな。実はその服も、子供のいない召使い夫婦たちが用意したもので、命じずとも彼の世話を焼くようになったと聞いたよ」
「……まあ、正直、面倒だが」
などと言っているが、口の端が微妙に上がっているのは果たして気付いているのかいないのか。
正直どうなっているのか心配だったが案外うまく収まってよかった。ということにしておこう。




