契約成立
シオンは影薄いですがその場にいます。
「はぁ? 私にリオンの恋人役をやれって?」
「そうなんだ。まあその後適当に別れたことにすればいいから」
リオンのシナリオはいたって単純である。
故あって婚約破棄したいリオンがリリエットに自分の恋人役を頼んだ。そしてそこから本当に熱が入り、
「それはいいけど何で私?」
「いやぁ庶民派の娘に心奪われたとかそれっぽいじゃない」
リオンが冗談っぽく言う。やべえリリエットの目が笑ってない。
まあ冗談はさておき、リリエットに白羽の矢が立ったのは消去法である。
まず、フィオレティシア。王子と王女で一見、釣り合いが取れるように見えるがリオンは没落王子である。求婚? 冗談だろう? 冗談でなければ首が飛ぶ。
アイリシア。無理だろう。氷づけにされるわ。
ミスティ。普段の態度からは想像しにくいだろうがおっちゃんが絶対に許さない。
「なるほどねぇ。でもリオンってばいつも夜遊びしてるんでしょ? いないの? 付き合ってくれるいい女」
「うーん。そうだねぇ一夜の付き合いってならともかく、それ以上を求めるっていうのは流儀に反するからねぇ」
「そういうもんなの?」
「そういうもんだねぇ」
リリエットがジトーっと。ダメ人間を見るような目で見てる。しかしリオンはどこ吹く風である。
「なるほど。それじゃあ一つ聞くわね」
リリエットは力強い口調で、尋ねる。
「確かに付き合いは短いけど、レイアは私の大切な親友よ。その親友よりあんたを優先させる義理なんてない」
「あぁ麗しいね友情というものは」
竪琴を奏でるリオン。
「そこは茶化すなよ」
「あぁいいねぇ。ちゃんと諫言してくれる友人というのは。僕もその存在の尊さというのをひしひしと感じる限りだよ」
ふむ、と。竪琴を置き、顎に手を添えて、リオンは考えに耽る。リオンにはリオンなりの理論で、心情で動いているだけなのだ。まあ多少、軽薄なのも否定はしないが。
「まあ何というかね。自分で言うのも何だけれど、僕のような輩と結婚するというのは、アルトレイアにとって良くないことだと思わないかな」
「……なるほど。で? そんな男を押し付けられる女っていうのはどういう気分か分かるかしら」
「いいじゃないか。本気になる必要なんてないよ。あくまで婚約破棄できればそれでいい。そうだねぇ……リリエット。君、男の子と付き合ったことある?」
「「!?」」
咽た。いきなりなにぶっこんでんだこいつ。
「そりゃ……ないけど?」
顔を赤らめながらリオンを睨むリリエット。
む、何だ。この貴重な光景。リオンてめえ。
「うーんそうだねぇ。察するに、今まで機会が無かっただとかそういうわけじゃないんだろう? 想い人がいる、と見た」
「!」
リリエットの表情に動揺が走る。
え? 何だ。そうなのか。誰だ。俺の知ってるやつか。
「けれどねリリエット。恋愛の経験値というのは須らく大事だよ。想い人の為にその身を綺麗に保ちたいだとかそういう気持ちは分かるけれど、だからといってそういうもの全てを遠ざけてしまうのはとても危険だ」
「……小娘じゃその内、適当な男に騙されるって言いたいの?」
「まあそういうことだね。リリエットの想いの深さは僕の想像よりもずっと深いのだろうけれど、恋というのは不意打ちに弱いというのは恋物語の常だ。だから、そういうサプライズアタックなんて袖にするように。君は強くあらねばならない、とそう思うんだよ」
適当に煙に巻いてる部分もあるだろうが、つまりは提案である。
ギブ&テイク。適当でいいから恋人がほしいリオン。適当でいいから経験を積みたいリリエット。だから、両者の利害は一致する。
「あんただって性質の悪い男の一人でしょう?」
「もちろんそうだねぇ。性質の悪いだろうことは否定しないよ。けれど、それを君は分かっているだろう? 今、君の目の前に。どうしたって恋に堕ちたりはしないような男がいるんだぜ」
きらりとウインクを決めるリオンだが言ってることはそこそこ情けない。
リリエットの目線は、差し出されたリオンの手を彷徨っていたが、やがて、俺の方を向いた。
「何だ?」
「別に。シオンはいいの? お姉ちゃん離れできるか心配なんだけど」
何を言い出すかと思えば……………………………………うん。そりゃ面白くはないぞ。
リリエットは俺の表情を見て割と大声を上げて笑う。そして、一つ溜息を吐きながら、
「分かったわ」
リオンの手を取った。
リオンの偽恋人(?)候補の中に天使がいませんがあれ?そう言えば忘れてた、的な扱いです




