幻影の君の流儀
「アルトレイアから大体の話は聞いている」
先手を打たれたのかこれは。
挨拶に出向くつもりが逆に捕まえられたとは。
「まあとはいえ父親としての挨拶はとうに終わったようなものだしな……あの可愛かったアルトレイアが……大きくなったらちちうえのおよめさんになるーっていってたアルトレイアが……くっだんだん腹立ってきた」
「……マクシミリアン将軍って愛情深いんだよな」
こほん、とマクシミリアン将軍が咳払いをする。それで先程までの殺気めいていた雰囲気は形を潜める。感情のコントロールはさすがである。
「とにかくだ。この国に害をなすというのであれば、戦渦に巻き込むというのであればそれはそれとして私は容赦しない。が、アルトレイアが決めたことであるのならば、私はその相手として幻影の君を認めようと思う」
娘には甘いがそれでも今まで積み上げていたモノを裏切ったりはしない。
「……それに私が怒るのも今さらというかむしろこれからのことについては私も同情しそうになるというか」
「何だ? 何か不穏なこと言ってないか?」
いったい何が俺を待ち構えているというのか。
「ん? 妙だな。クロード・ヴァンダレイムから聞いていないのか?」
「何の話だ」
「……さて、話は変わるが」
誤魔化した!?
「シオン、ここを訪れたのは本当に今日が初めてか?」
マクシミリアン将軍は真剣な面持ちで尋ねた。
どうやらマクシミリアン将軍がわざわざここまで招き入れたのはこちらが本題と見るべきだろう。
「そりゃ、さっき着いたばかりとしか言いようがないさ」
もっとも、疑問の意味は全く分からないが。
「……やはりそうか」
マクシミリアン将軍は溜息を吐く。期待した答えとは違ったようだが、その諦めもついていたようだ。
「何かあったのか」
「……薄々わかっているものと思うが、この王都に出入りする者は光魔法で拵えた結界によって検知される。だから、それを管理する私達軍部が所在のわからない侵入者というのは存在しない筈なのだ。お前を直ぐに私の部下が捕まえてここに連れてきたことからもそれは分かるだろう?」
なるほどそういう仕掛けがあるのか。
しかし……はず、ねえ。
「ここまで言えば察しの付くと思うが、つい先日……二日前の未明のことだ。突如、強大な力を伴った気配が、この王都の門を潜った。無論、今回と同じように我らは直ぐに駆けつけたのだが……その気配はその時には影も形も無かった」
「強大な力を伴った気配……?」
しかもそれが突如として消えた……?
「それで、王都に何か異変は」
「無い。不気味なほどにな。しかし放っておいていいモノではない。幻影の君であるシオンがあっさり捕まって、例の者が今も捕まらずにいる。その違いが分かるか?」
幻影の君以上の隠遁……違う。そんな存在がいるわけがない。それは断言できる。
「隠れる気がないかどうかか」
「そうだ。シオンが簡単に捕まったのは逃げも隠れもしなかったからだ。対して王都の侵入者がいまだに捕まっていないのは、その能力もさることながらそこに意思があるからだ。何をするつもりかは知らないがな」
王都に突如として現れて、消えて、今も潜伏していると考えられる侵入者。それもマクシミリアン将軍の指揮の下でも未だに逃げおおせている。
本当は既にこの王都を去っているかもしれないし、あるいは潜伏して何かの機を窺っているのかもしれない、張りつめた精神を維持する消耗戦。
厄介だな。まあ、幻影の君が言えたことではないが。
「なあ、幻影の君。お前の膝元の国の民が困っているんだ。協力する義務があるとは思わないか?」
マクシミリアン将軍はにやりと笑う。最初からそのつもりだったか。
「一応言っておくがこれを借りとは思わないぞ」
「分かってるさ。これ以上、幻影の君の領分を犯させるのはこっちとしても癪に障る」
「ふふ、そうか……さっきも言った通り、こちらとしてもあまり余分な人手は出せないので心苦しいが。待てよ……ああそうだ、つい最近、学園を卒業した優秀な冒険者が複数、ちょうどこの王都に里帰りをしていたな」
わざとらしいなー。
「何かあればアルトレイアが私に繋いでくれるはずだ」
そうして、それぞれ王都にいる仲間たちの所在を伝え聞いたのだった。




