ココレット家
――君のことは聞いていたよ。学園で、生涯の友人と出会ったのだと。
アスタとアイリシアの両親は二人とも温かい笑顔の似合う穏やかな雰囲気の二人だった。順当に年月を重ねた、どこにでもいるような子を持つ親。
アスタとアイリシアの両親に温かく迎え入れられ、夕食をご馳走になり旅の疲れを癒した。
さてしかし核心部分の話はまだというべきか、話していないようで、いささか切り出すのに戸惑った。このまま就寝してもいいのではないかと逡巡したが、それは目の前の優しさを裏切るようで気が引けた。
「ここを訪れたのは他でもありません。アイリシアをいただきに来ました」
一息で言い切って……あれ? この言い方で大丈夫だったか? と内心冷や汗をかいていたのは内緒だ。
アスタはうわぁうわぁっと顔を真っ赤にしている。アレムは「ごーれむ?」とよく分かっていないようだ。アイリシアは、まぶた一つ動いてないな。ノーリアクションか、相変わらずクールだn……いや違う! 気絶してる!
「うぅ……」
ご両親のうち、まず初めにリアクションを取ったのはお母君の方だった。
めそめそと流れる目元の涙をハンカチで拭う。え? え? とアイリシアも気絶から覚め、アスタと俺もあたふたとどうしたらいいのか戸惑う。
「あのアイリシアが! 友だちもいなくてブラコンで将来、大丈夫かしらと心配していたアイリシアが。こんなしっかりとした男の子を連れてくるなんて」
なんと、感動の涙だった。
「お母さん止めてください!」
アイリシアはそんなお母君の様子が気恥ずかしいのかぶるぶると震えていた。
「あー……いや、えっと。俺は、その、そんな大したアレでも無くてですね」
旧き支配者ですし。
「そうです。シオンさんなんか全然まだまだなんですから」
「んもう、この子ったら。ごめんなさいね、シオンさん」
「いや、それはいいんですが、その……まだ言わなければならないことがですね」
むしろここからが本題というか。
「ふむ、何かな」
お父君が髭を撫でながら促す。
この人は、どう思っているんだろうな。そしてどう思うんだろうな。分からん。不興を買ったということは無いと思うが、今一つ分からない。
「実は嫁があと五人くらいいます」
「まあ!」
「それと……職業柄というべきか、色々と危険の伴う身の上でしてアイリシアと一緒にアスタもそれに巻き込んでしまうかもしれません」
アイリシアはそもそも俺とは関係なく旧き支配者の因縁に巻き込まれているがアスタは違う。その辺りを説明するのもややこしいが、それでも、俺のこれからの道で、アスタにも力を貸してもらわねばと思う。巻き込まねばならない、と思う。
「なるほど。それなら安心だ」
お父君はうんうん、と頷いた。
「いや、正直不安だったんだ。アイリシアは家事に関しては……まあ出来ないわけでは無いが最低限、なおざりだったからね。天才肌というか、家庭に執着しないというか……だから、アイリシアにはこの子を支えてくれる人が現れれば、と思っていたんだ」
「お父さん……」
アイリシアは目を見張った。
自分が思っているよりも、両親は自分のことを見てくれていた。それを蔑ろにしていた今までの自分に、ようやっと気付かされたのだろう。
「でも、まあ。アイリシア以外にも家族がいるのなら、アイリシアはアイリシアのままでのびのびと出来るだろう。そうして、支え合う家族を、君ならばきっと築けるのだろう。そんな気がする」
キリっと、俺に目を合わせた。アスタと同じ、温かな朱い瞳。
「アイリシアを、アスタをよろしく頼む」
「……はい」
お互いに、頭を下げた。
下手したらケンカ別れもやむなしとも考えていた。
それが娘たちの決めたことなら、と。納得のいかない心持ちでどこかしこりを残しながらも、見送るのではないかなんて考えていた。
けれど何てことはない。二人の両親は、俺が考えていたよりも大物だったのだ。
全く……ブリジットのことを笑えはしない。




