月が綺麗だね婚約破棄しよう
幻影隠匿についてサスペンスものっぽい設定ですが特にそういう要素はありません
「シオン。短い付き合いではあるけれど、君を僕の心の友と見込んで相談したいことがあるんだ」
夜の自室。さて、明日の準備も済んだことだし寝るか、と思っていたところで来客が来た。
「そうか。で、何なんだ? その相談ってのは」
「あれ? 随分と簡単に乗ってくれるんだね」
「まあこっちとしても何か心地が悪かったしな。お前が何か色々考えてんのは分かってたしいつ言いだしてくれんのかと待ってたんだ」
「残念だなぁどうやってシオンのことを口説き落とそうかと色々考えていたんだけれど、無駄になってしまったよ」
「そうか、そいつは俺も残念だよ。で、相談ってのは?」
うーんそうだねぇ……と中々本題に入らない。
言葉に困ると流言に走るタイプなんだろう。だからそれに付き合わないで話を進めるに限る。それこそ短い付き合いだが心得てきた。
「アルトレイアと僕が婚約してる、ていうのは……知ってるんだよねシオンは」
「ああ」
実を言うとこの前の出来事の以前から、聞くまでも無く知っていた。『幻影の君に愛の祝福を』その設定の知識があるからだ。
しかし、俺は知らない振りを知らなければならない。俺は冒険者シオン・イディムとして振る舞わなければならないからだ。シオン・イディムが知り得ないことを知っているとなれば、ファントムロードの正体として看破されるかもしれないからだ。
※※※
『万能のように思われる幻影隠匿ですが、一応弱点が存在します。そのことに関して、説明をさせていただきます』
クロードが重要な話がある、ということで俺とマリアで話を聞くことにした。そして、切り出されたのは思ったより重要な話だった。
『幻影隠匿は詰まる所、認識を誤魔化すスキルです。情報というのは隠蔽をすれば隠蔽をした痕跡が違和感として残るものです。しかし、幻影隠匿はその違和感を強制的に拭い去る。
例えば、ファントムロードの姿を見たものがその身体的な特徴を羅列して、イリューシオン様との共通点を見いだしたとします。しかし、そこからファントムロード=イリューシオン様に繋がらない。だから何だ、と。何もおかしいことはない、と。思考を誘導するのです』
『一種の催眠術みたいのものか?』
『……まあその認識でもよろしいかと。実際はもっと上ですがこれ以上を説明するのは正式に迷宮の主になってからがいいでしょうね。
そして幻影隠匿の弱点ですが、情報を隠蔽することによって発生する違和感を払拭するのも限界があるのです。例えば、イリューシオン様が知り得ない情報を持っている、持っていない筈の力を持っている。そういうことが重なってしまうと幻影隠匿によって誤魔化している虚像が揺らぐのです』
なるほど。つまり論破か。
『まあ簡単ではありませんがね。一つ一つはすぐに尤もらしい推論にとって替わられるか、どうでもいい気付きだと忘れ去られるかする程度の儚いものです。ですが人間というのは積み重ねる生き物ですからね。それが廻り廻って、ファントムロードに到達する可能性があります。
そうですね……今、気を付けておくべきものと言えばイリューシオン様は複数の属性の魔法を使いこなせますがその辺りは伏せておいた方が賢明でしょう』
クロードも俺の為に言ってくれているのは分かるし、心配しすぎだという程度の問題でもないのは分かる。
分かるが……アルトレイアに悪いなぁとちょっと引っかかった。指揮官というのはパーティ内で何が出来るのか何が出来ないのかを見極めて作戦を立てる役目だ。
話し合いをしながらこいつは俺のことも含めて一生懸命考えてくれてるな……ていうのをひしひしと感じるのだ。まあ仕方ないけどな悪役だし。
※※※
転生者としての知識がファントムロードに繋がるとも限らないが、シオン・イディムとして不自然さを残してはならない。本当に、上っ面だけで過ごすのがたまに嫌になる。ファントムロードになった時には何でもできるような気がしたんだが、所詮はそんなもんだ。
「で、リオン。お前はアルトレイアとの婚約について思うところでもあるのか」
「あはは、察しがいいね実を言うとそうなんだよ。話というのは他でもないんだ。アルトレイアとの婚約関係をそろそろ解消したいと思っていてね」
「解消、ねえ……」
率直な感想としては……やはりそうなるのか、だった。
『幻影の君に愛の祝福を』でのストーリーもそうなのだ。リオンがいきなり婚約破棄したいだとか言い出してそこからリリエットを巻きこんで、それから……アルトレイアがファントムロードにかどわかされる事件が発生したのだ。その事件の末、
・ファントムロードを撃退して未遂に終わらせてリオンが反省し婚約通りに二人が結ばれる本筋ルート
・ファントムロードには勝てなかったよ……で残されたリオンとリリエットが結ばれる個別ルート
に分かれる。
何でああなったのかは正直よく分からないんだよなぁ……てか俺じゃないし。何やってんだよファントムロード。
「もしかして最近遊び回ってたのもそのせいか?」
「そうだね。そういう悪評が立てばやりやすいかな、って思ってね。まあそれだけじゃあないんだけど」
「たく、アルトレイアを困らせんなって……そうだな。それが目的だったんだよな」
「あはは。そうだね。まあシオンには悪いんだけどもうちょっと手を貸してほしいんだ。嫌ならいいんだけど」
「……ほっとくと何するか分かんねえし付き合うよ」
「ん。ありがと」
「……で、聞きたいんだが。アルトレイアに何か不満でもできたのか? 良妻賢母になりそうだとかそうは言えないけどあいついい奴だし美人だし、おっぱいだって大きいだろう」
「いやあ僕どっちかっていうと手のひらに収まるくらいのちっちゃめが好みなんだよね」
「そうなのか」
まあこいつの場合好みが外れたのなんだのいう程度で婚約破棄なんぞ言い出さないだろう。
「じゃあ何でだ?」
「……んーそうだねぇ」
リオンは目線を逸らし、窓から空を見上げながら
「月が綺麗だから、なんてのはどうだろうか?」
「……お前それ所によっては愛してるのサインだぞ」
「え? そうなの?」
「どうしても話したくないか? 理由さえ話せばこっちとしてもより力になれるだろうにって思うわけだが」
「ゴメンねシオン」
まあこっちも多分聞き出せないだろうな、とは思ってたよ。『幻影の君に愛の祝福を』の中でも分からなかったんだ。こいつが何で婚約破棄なんぞ言い出したのか。
まあ主人公じゃないんだ。運命に沿って動く義理もないだろう。ていうかやりたくねえよ。あの当時のシーンを少し思い出してみる。
※※※
私達(※リオンとリリエット)はファントムロードに追い付いた。
リオン『アルトレイア!』
リオンの叫びが響く。
???『うん? おや、どうしたのかな?』
ファントムロード。その仮面に覆い隠された幻影の君は、姿をきちんと眼に焼き付けているはずなのに、幽らぎ、私達に不安を植え付ける。
その手は、アルトレイアの服に絡みつき、差しこまれている。
ファントムロード『今は睦み合いの最中なのだが。覗き見というのであればマナーを弁えてほしいかな。私しか知らない彼女の可愛い姿を見られるというのは、少し不快だ』
ちろり、とアルトレイアの首筋に舌を伸ばす。
リリエット『このレ○プ魔! とっととレイアから手を放しなさい!』
ファントムロード『おかしなことを言うね。どうしてもというのであれば、アルトレイアは私の手を離れて、君達のところに逃げるはずじゃないのかな? けれど、どうかな?』
ファントムロードの手が……ちょ、どこ触って……!
アルトレイア『ぁん……!』
アルトレイアの躰が嬌声を上げる。その声は、私も聞いたことの無い、『女』の声をしていた。
ファントムロード『アルトレイア、君は、私を置いて彼の腕の中に戻ってしまうのかな。それはとても悲しいことだと思うよ。私なら、君を、彼よりも力強い手で、抱き締めて。離しはしない』
※※※
ないわー。何考えてんだか知らないけどないわー。ここからさらに何人ものヒロインたちに手を出していくわけだし。
芝居じみていたし何かしらあったと思うんだが……というのは擁護的な意見だな。正直なんだこいつ、と俺も思った。悪役らしくプレイヤーのヘイトを高めていたことだろう。
それに付き合う気もないけどな! リオンに頼みごとをされるってのはシオン・イディムの既定路線だがこれくらいは仕方ない。色々やってみるか。
原作ファントムロードは大体こんなんです
リリエット視点からの物語でしかないので何を考えていたのか、とかは考察でしかありません




