プロローグ:幻影の君は再び舞い戻る
確か乙女ゲーのヒロインとか攻略したいよねみたいなノリで始めました
設定とか考えんの楽しかったです後悔は……
迷宮都市ディハルマ。王国アイルーン王国の支配下にあるその都市には、冒険者を志す者達への学園がある。いや、これは適切ではないか。
幻影の迷宮。その迷宮を中心として学園は作られ、都市も繁栄していった。その使命は魔に連なる者達の侵攻を阻むため……なんてのは聞こえのいいがその支配者にいいように利用されているに過ぎない。しかし黙ってやられるほど人間ってやつは大人しくしてないぜ? と。そういう気概で以て、若人は門を叩く。
「さて、そいじゃあ準備は出来たかい? 男の子たち」
冴えない風体の中年男が、たばこの煙をくぐもらせ、俺達に尋ねる。そう、俺『達』である。この場には俺だけでなく、この世界のカギを握る人物が集まっている。
冴えない風体の学園教官―エドヴァルド・W・サイファーもその一人だ。
「ま、大丈夫だよ。元々僕に大した役割は無いんだし気楽にやっていくさ」
さらさらと肩のあたりまで伸ばし、軽く結んだ金髪に、透明感のある碧い瞳。羽根帽子に、革で出来た軽装備。貧相でありながらも佇む有様はどこか気品を感じさせる。
亡国の王子―リオン・アルフィレド。ああやはりこいつがいるのか、とどこか懐かしい心地を覚えた。
「堅苦しくしなくていいよ王子じゃなくて王子(笑)って呼んでくれればいいかな。ほら格好つけるお金はまあ実際ないけれどカッコ笑を付ける余裕くらいはあるよ」
そう言ってケラケラと笑う。その笑顔はどこまでも気安すぎた。王子などと、そんな畏まった態度など取るのはバカバカしい、とそんな空気を作りだす。
「……」
空気の漏れる音がする。呼吸音だ。漆黒の鎧。漆黒の兜。大剣を持って佇むその姿は鎧が飾られているのかと一見、錯覚するが、漏れる呼吸音、心臓の鼓動はそこに一角の戦士がいることを確かに印象付けた。
凶戦士―スレイ。名乗ることの無いその男の名を、俺は知っている。
「んー……? もしかして緊張してるのかな? 名乗ってもいいんじゃあないかい? ほら笑顔。笑顔だよ……えーっと……ほら、名前を知らないと不便じゃないか。だから教えてほしいかな」
口数の減らないリオンは、スレイに話しかける。しかしスレイは無言を貫き通す。
「まあその子には事情があってねぇ。口下手なんだわ。直していければいいんだけどおっちゃんにはちと荷が重いわね。まあ喋らなくたって聞こえてないわけじゃないんだからなんとかなるわよ」
果たしてイライラはどちらが我慢の限界を迎えるのか。その前に教官のおっちゃんが空気を壊す。
スレイは立ち上がり、無言のまま俺達の前に立つ。聞こえている。自分の役割は果たすさ、と。言葉に出さずとも行動で示した。
「まあいいじゃん。いがみ合ってたってしょうがねえしさ。お互いのことだってまだ全部知ってるわけじゃねえんだ。その中でも何とかやってくってのがとりあえずこの入学試験でやってくことなんじゃねえかな。あ、俺はシオン・イディム。よろしくな」
俺、シオン・イディム。どの面を下げて言っているのだろうと噴飯ものだな。
スレイはガチャッと鎧を震わせてこちらをちらりと見遣り、そしてまた正面を向いた。お、好感触かな。
「いやあいいね兄さん。リーダー役を誰にしようかと思ってたが兄さんでいいか。職業は……魔法剣士か。うん。いざとなったらバランスもとりやすいだろう。けってーい!」
そう言っておっちゃんはどこからか紙とペンを持って来て何か書く。
あーなるほどな、こうしてリーダー役を押し付けられたわけか。ま、あの時の俺がどうしていたかは分かんねえけどな。うん? 俺って言っていいのか? まあいいや。
「それじゃあ最後は……ココレット? ありゃぁ……そっかぁあの娘の親戚かな?」
「え? まさかボクの妹のことを知っているんですか?」
驚いた声を上げたのは、パーティ最後の一人。アスタ・ココレットだ。茶色い癖っ毛と温かそうな朱い瞳。身長が俺達より頭一つ小さく、可愛らしい風体の少年だ。まあ美少女と言ってもきっとあーそうなんだで済まされるくらいに可愛らしいおとこのこである。
「え? お兄ちゃんかぁへえ……歳が同じってことは、義兄妹か何かかい?」
「いえ、正真正銘血を分けた双子の兄妹です」
「ふーん……あの娘に兄さんがいた、なんて聞いたことないんだがなぁ……ま、いっか。保護者がいるんならちょうどいいや、いやーちょいとあの娘の成績についてちょいと相談があってね」
「え? アイリが何か? あの娘はボクなんかより頭が良かったんだけど」
「んー……いやぁ確かに成績は申し分ないんだなぁ。在学中に二つ名を得るなんざそれなりの栄誉さ。ただまあおっちゃんの判断で落第させちゃった。ごめんちゃい」
ちょっと可愛い仕草を混ぜるな。
「えぇ!? 落第!?」
「とはいえ飛び級が通常の早さに戻ったくらいのもんよ。同世代の中じゃチート級の扱いってのは変わらんさ。だけどまあ……………………心配ないさ」
「間が長いよ!? 安心できる要素が全くないよ!?」
「ちゅうわけでまあおっちゃんは女の子とウハウハしてくんのでよろしく~そいじゃあね」
そして俺にぶん投げておっちゃんは無駄に俊敏な動作で以て、どこかへ消えて行った。
まあチュートリアルなんだろうけどな。しかたねえ。こちとら頑丈な男の子だ。とっとと入学試験を終えてやろうぜ。
※※※
「というわけで不肖の父が来るまで説明をさせていただくミスティ・サイファーです。皆さんよろしく……出来るかどうかは分からないけれどとりあえず」
「何なのその投げやりな態度。もうちょっとシャキッとしなさいシャキッと」
ビクッと体を震わせる小柄な女の子。盗賊って所かしら? 黒い髪は艶々と。紅い瞳はキラキラと。まああんまり手入れに気を遣ってる感じじゃないなぁ結構土ぼこりがついてる。まあ冒険者やってんだから、分かるんだけど。
「それより寒かったりしない? 大丈夫? 上着なら貸すわよ」
盗賊だからかひどく薄着で辛うじて出来る胸の谷間とかへそとかが見える。セクシーっていうよりも健康的っていうイメージが先行するけど。さっきからビクンビクンと私が話しかけるたびに体を震わせてくるから心配になっちゃうわ。
「な、何なんでしょうこのテンション…………食堂のおばさんとかこんな感じでしたね」
「ええ? 何? 何か言った? 聞こえないんだけど」
「そこまでにしておいた方がよかろう。人にはそれぞれ適正な距離感というのがあるものだ」
「……あんたは?」
肩に手をかけてきたのは黒い軍服に身を包んだ女の子だった。
「私の名はアルトレイア・マクシミリアン。クラスは指揮官だ。よろしく頼む」
身のこなしは軽やかに。腰まで伸びた黒髪をたなびかせて、意志の強そうな藍色の瞳は全てを呑み込むように輝く。目鼻立ちがくっきりと整った美人さんだった。ついでにスタイルもすごかった。ボン、っと惜しげなくおっぱいを突き出していた。
「初めまして。私はリリエット・イディム。アイテムユーザーよ」
私はまあ自分なりに精いっぱいに、頭を下げて、スカートのすそを持ち上げたりなんかして挨拶をした。
「ほう。貴殿が……なるほど。よろしく頼む」
上等な黒い革手袋に包まれた手と握手する。戦闘用かしら。
「さすがだな。まあこれは父の愛用しているブランドで材質は確か……」
「グランドボアじゃない?」
「ああそうだ。さすが道具の使い手。鑑定眼もさすがだな」
まあそう大したもんでもないけどねこんくらい。
「皆さん、初めまして。私はフィオレティシア・アイルーンともうします。クラスは、歌姫を務めさせていただきます」
透き通るような声が響く。代わって自己紹介してきたのは、ダンジョン内でも関わらずフリフリのドレスにティアラまで着けた、正真正銘のプリンセスだった。
プラチナブロンドにパールピンクの瞳。贅を尽くしてもなお届かぬ、真の王族の輝き。
アイルーン王国の第一王女。歌姫―フィオレティシア。さすがに名前すら知らない、っていうのはまかり通らないマジのロイヤルファミリーだった。
偽物じゃないかって? HAHAHA面白い冗談ね。そん時は私の審美眼ってやつが曇りに曇りまくってたってえことだから道具屋を止めた方がいいわね。
さらさらな天然もののプラチナブロンド。可愛らしく可憐な顔立ち。そして隠しきれない芳醇なダイナマイトボディ! やべえ私百合じゃないけど何かに目覚めちゃいそうだわ。
「おや歌姫さんですか。残念ですがここにいるからには王族の権威とか関係なく死ぬときゃ死ぬますから覚悟しといてください」
歌姫、とはこの世界でも限られた、というか王族のみに許されるクラスであり、そうおいそれと口に出すのも憚られるクラス……なんだけど、そんなことは意に介さず、ミスティは軽口を叩いた。
「はい。未だ至らぬ身ではございますが、誠心誠意、王族としての使命を果たさせていただきます」
「姫。お久しぶりでございます。若輩の身ではありますが、このパーティ。私が率いらせていただきます」
と、軍人少女アルトレイア。何を勝手に、などと言う人間はいない。
何故なら指揮官とはそういうクラスであるからだ。パーティの要として状況を分析し、指示を出す。そういう役割をこそ求められる。
「はい。お願いします。アルトレイアさん。私にも遠慮なく指示をお願いします」
憤ることも無くすんなりと、フィオレティシア姫は笑顔を浮かべる。その笑顔からは後光が差しこんでいた。
かわええ……この子めっちゃかわええ……
「というかですね。アイリシアさん。あなたも手伝ってくれてもいいんですよ。何をわれ関せずみたいな態度でいるんですか」
やれやれ、と面倒くさそうに最後の一人、魔女の帽子で顔を隠し、魔女の装束で身を包んだ誰かは。
「アイリシア・B・ココレット」
とだけ名乗り、沈黙した。
その名の衝撃は、辺りを沈黙させるに十分だった。
B。何の省略かは分からないが、ミドルネーム持ちであるのだ。この世界においてミドルネームは力あるものの象徴であり、在学中であるにもかかわらずそれを持つのは破格だ。
あるいはすっごい有名人なのかもしれない。
「みんな待たせたわねぇ」
しかしそんな相手に対し、軽く背中から手を張り上げた影があった。
「何者だ!? 先程まで気配を感じなか……」
「あーそういうのいいから。えーっと……アルトレイアさんだったっけ? 親父さん元気?」
ぼりぼりと胸をかきながら現れたのは冴えないおっさんだった。
「お父さん。シャキッとしてください」
「ゴメンな愛娘。おっちゃんこのスタイル崩せないのよ。それじゃあみなさん初めまして。教官のエドヴァルド・W・サイファーだ」
「エドヴァルド・W・サイファー……まさか、本物なのか」
「やだなぁ正真正銘本物よ。そう堅苦しく考える必要なんざないのよ。で、アイちゃん、一つ聞きたいんだけどアイちゃんにお兄ちゃんいる?」
「っ!? に、兄さ……」
ビクッと、おっさんの名前を聞いた瞬間、アイリシアの身体に動揺が走った。
「し、知りません」
「ふーん……そう。ところで何われ関せずみたいな態度決め込んでるかなぁ? そんなんだから落第したんよ?」
「それは元はと言えばあなたのどくだ……」
「はいはいはいはい文句はメンドクサイから聞きましぇーん、とりあえず帽子取って自己紹介! はい!」
見事な手腕でアイリシアから帽子をはぎ取り、脇に手を入れて軽々と持ち上げるおっさん。
そこに現れたのは、涙目になりながら顔を赤らめる一人の女の子だった。氷の様に透き通る蒼白い髪と蒼い瞳が印象的な、幼げな風貌のロングヘアーの女の子だった。
うん。お持ち帰りしたいです。
「……つかぬ事をお聞きしますが、彼女は、蒼眼の魔女ブルーアイスですか?」
アルトレイアは尋ねる。その筋では有名なのかしら。ブルーアイス? 氷?
「ええそうよ。もっとも、ここにいる以上はただの小娘冒険者でそれ以上でもそれ以下でもないけっどねぇ~」
おっさんはアイリシアちゃんを投げ捨てて私達の前に立った。
「そいじゃあ始めようかしら。王立ディハルマ学園第277回入学試験を」
※※※
「――――――!!」
スレイが大剣を振り回し、俺とリオンは取り逃した雑魚を魔法で駆逐する。
「みんな。お疲れ様」
そしてアスタの回復。まあスレイとコミュニケーションがもうちっと上手くいくんだろうけどなぁ現状はこんなもんか。
「しかしみんな中々強いね。これなら僕も音楽奏でる余裕あるかな?」
「どうだろうなそこまでの余裕はねーんじゃねえかな」
ポロロロン……と手にした竪琴を奏でるリオン。一応リオンは吟遊詩人であり、その曲を奏でることによってパーティに様々な恩恵をもたらす。が、その間は無防備になるし、行動も消費する。そもそもそこまでガチる必要も無くパッパとテンポ良く倒せる。
「シャァアアア!!」
横から飛び出て来たキラーバットを軽く初級炎魔法のファイヤーボールで消す。ここまで1秒もかからない。
「珍しい形態してるね。シオンくんの魔法」
うん? と炎のつぶてを手にかざしながらアスタに返事をする。
まあなぁ。詠唱とかやろうと思えば出来るしそっちの方が威力は高まるんだが雑魚にはそこまで必要も無い。そもそも今はパーティも四人しかいないしスレイも真の実力は発揮できないから、俺が後衛のリオンとアスタを守る必要があるため常に体を空けておく必要がある。
そこで編み出したのがこれ。詠唱を限りなく0にし、質より量で攻めるファイヤーボールである。配管工おじさんとか言わない。
さて急ぐか。この世界があれと同じように動いているのだとしたら、女子組がいつあいつと遭遇してしまうやも知れん。
※※※
「はぁ!」
アルトレイアの拳がゴブリンの腹をぶち抜いた。いや比喩ではなくマジで。
アルトレイアはリーダーで、指揮官も本当なら後衛の筈なんだけどまあおっさんはともかく前衛は防御に不安のあるミスティしかいないしね。
『大丈夫だ。私は格闘術も習得しているからな』
とのこと。たくましい……
「なるほど。前線で指揮するタイプでしたか。心配するだけ無駄でしたかね」
と、ミスティ。こういう戦い、に慣れているのか小柄な体格を活かして素早く敵を斬りつけ、回避する。
「もうちっとおっちゃんに任せてくれてもいいんだけど……ね!」
まあアルトレイア一人で私達三人を守ってもらうのはさすがに無理がある、とのことで不本意ながらおっちゃんも力を貸してくれている。
虚空から剣を取り出した……私と同じアイテムユーザー?
「~♪~~♪♪」
フィオレティシア姫の歌は聞いているだけで何かこうずうずしてくる。戦意高揚かな?
「うぉっしゃああああああああ!!!」
テンション上がってキタァアアア!! 私はアイテムボックスから道具を取り出す。
「おりょ? いや回復とかいらんわよ。その場でたい……」
「うぉりゃああああああああ!!!!」
取り出したのは……鉄球。軽く、固く、丸い優れもの。そして私はそれを、アルトレイアに攻撃しかけた、いやらしい顔したゴブリンに、投げた。
「……へ?」
おっさんは、あんぐりと口を開けていた。いや、みんな驚いてるし。
え? 何? 何かおかしかった?
「いやいやいや。えぇ? 何? 今何投げたの?」
「鉄球」
そして自動的にコロコロ転がり帰ってくる。やだぁかわいぃい!
「可愛い子ぶってんじゃないわよ!? え? 何? あーた戦闘スタイル鉄球て! そりゃアイテム使って戦わなきゃならんこともあるけど! 何その漢並感!」
「うわあ男女差別はんたーい」
何なのかしらね。大体こういう反応なのよねぇ。便利なのよ鉄球。
「……やれやれ。まあいい。攻撃力は……なるほど、申し分ない。後は後頭部向けてる味方に当てないことかしらねぇ」
「そんなヘマしないわよ。ほら見て見て! ジャイ○ボールぅ」
「止めて! もう止めて!」
失礼なリアクションだなぁ……一発だけなら誤射かも? まあ避けそうよねこのおっさんの場合。
「一番の問題児はやっぱりアイリシアかしらね。アイちゃーん! そろそろ実力見せないとまた落第させるわよー」
ハァ……と私達から少し離れた場所から、アイリシアは一つ溜息を吐く。その背後から、近づく影がちらりと見え、危ない、と声を掛けようとした。んだけど、
「これでいいですか?」
霜が、降りる。冷気はしかし、私達を守って敵を凍らせ、その凍えは見渡す限り届いた。
凄い。ただの威力だけじゃなく、私達を避けて敵だけを凍らせた。何て豪快な。何て繊細な。しかも、一瞬で。
「いやはや驚きましたね。なぜこのような所にあなたの様な方がいるのです?」
私達以外に生きているものはいない。そう思っていた直後、それは余りにも場違いに現れた。
「クロード……ヴァンダレイム……!」
おっさんは、絶望すらも帯びて、その名を呼んだ。
「おやエドヴァルドではないですか。お久しぶりですね」
それは、黒い執事服を着ていた。それは、黒い髪と紅い瞳を宿し、そしてその頭には捻じ曲がった巨大な角が生えていた。
悪魔。魔族。人間とはあまりにもかけ離れた力は、闇は、ずずずっと私達に向かってあまりにもゆっくりと歩んできた
「おいおい何であんたがいるんだい? こんな浅い階層にさ」
「故あって、ですね。色々あったのですよ。配置換えなどね。寧ろよく今まで会いませんでしたね。結構、ここらを。訪れたことはあるんですが」
「……何だい。やけに雰囲気が変わったじゃないか」
雰囲気が変わった、というのがどういう意味なのかは分かんないけど。でも、まずい、と。そう思った。
これは、ダメだ。逃げなきゃ、と動こうとするだけで、こちらを見つめてくるのではないか、と。それだけで、その想像だけで、こちらを殺す。
「まあ私もストレスが溜まるのですよ。あまり理解を示せなかったのですがね。ストレスの解消のために、関係のない誰かであれば、殺してしまっても構わないのではないか、今は……そんな心地なんですよ」
「ちっ!」
おっさんはすぐさまクロード・ヴァンダレイムに飛びかかる。それをつまらなさそうに、その刃を受け止め、へし折った。
「仕方ねえかこっちもとっておき出させてもらうぜ」
「どうぞご自由にせめて楽しませてくださいね」
おっさんは私達をちらりと見遣る。その目は、逃げろ、と。言外に訴えていた。
悔しさに震えながら、私達は……
「待ちやがれ! てめえ!」
その時、聞こえてきたのは……私の知り合いのバカの声だった。
※※※
何とか間に合った……のか? クロードの奴め。何か、危うい目をしてやがる。まあしゃあないっちゃあしゃあないけどな。
「おいおいシオン。こんな危ないとこにわざわざ飛び込むなんて馬鹿かな……と言いたいところだけれど、まあ仕方ないね。乙女を守る蛮勇歌、ちゃんと残してあげよう」
「な!? リオン!? 何故貴様がここに」
「アイリ! 無事だった!?」
「に、兄さん!? 何をしてるんですか! 早くどっかに行ってください」
それぞれ因縁のある相手、と再会できたようだな。いやめでたい。
「くぉらあ! シオン!」
やべ。
「あんた何してんの!? バカなの!? えぇ!? バカなの!?」
そう怒鳴るなよリリエット。
「リ・リ・エ・ッ・ト・お・ね・え・さ・ま! でしょ!?」
いやいやそんな場合じゃねえだろリリ姉。状況考えろよ……て、まあ心配する必要も無いんだけどな。
「……興が削がれました」
そう言い放って、クロードはあっさりと退場しようとする。ちらり、と。目が合う。そうか。やっぱり、そういうことなんだな。
何とか予想外のハプニングはあったものの、これにて入学試験は終了。
クロード・ヴァンダレイム。あれみたいな本物の化け物すらも蠢くこの地下迷宮を舞台に、俺達の学園生活は、幕を開けるのであった。
※※※
集団としてのプロローグは、まあこれで終わっただろう。
問題なのは個人的な話だ。何とか寮へとたどり着き、へとへと顔でベッドに着いたあいつらを尻目に、俺は再びダンジョンへと舞い戻った。立ち入り禁止されてないかって? それはまあ言いっこなしだよ。
そもそも、俺を差し置いてダンジョンの出入りを許可する権限など誰にもありはしない。
「誰ですか?」
そして先ほどの場所まで戻ってくる。ああ、まだいたか。よかった。
クロード・ヴァンダレイム。この迷宮に潜む悪魔と、俺は一人で対峙する。
「おや、あなたは先程の。何です? 自殺志願でも……」
「単刀直入に聞くぞ」
あえてクロードの言葉を遮る。
「お前は、俺の敵か」
「……何をおっしゃっているのか分かりかねますね。私はあなた方人間の敵。それ以外の何だというのです?」
「そうだな、そもそも俺が人間だ、というのが間違いだ」
クラスチェンジ。頭の中で唱え、俺の中の魔力が暴れ出し、俺の意識を塗りつぶそうとする。これより顕現するは、魔の王。迷宮の主。人類の敵。そして、俺の真の姿である。
「おぉ……おお……」
クロードは感嘆の涙声でもって、俺を迎える。そうか……お前は、俺の味方であってくれるのか。
「お待ちしておりました。迷宮の主。幻影の君ファントムロード」
仮面とマントに身を包み、闇よりもさらに深い幻影を纏い。俺は降臨した。
―――――――さあ始めよう。全てを取り戻す戦いを
幻影の君に何があったのかは次回!から!