楽しい一人旅のすすめ
完全な一人旅というのは、厳密に言えば初めてなのか。あの時はマリアが俺の中で見守っていてくれたらしいということを考えると、少しだけ胸が苦しい。
けれど、俺の中には皆との確かな繋がりがあるのだとそう思い起こせば辛くは無い。寧ろ今だけの解放感を味わいたいという趣すら湧いてくるのだから、現金なものだ。
「さあさあ皆さんご立会い」
とある町。とある噴水広場。そこに立って、お辞儀をし、手品を見せる。
まあ、幻影魔法なんだが。手品のタネも少しは覚えた方がいいかな。損はないだろうし。
どこかから取り出した(ように見える)花を目の前で観覧していたレディーに差し出して、にこりと微笑む。するとおひねりが飛んできた。これは、何人か俺に投げつけてきてるな。
さて、これで終わりでもいいのだろうが幻影魔法を使っておいてこれで終わりというのも申し訳ないというものだ。ここはひとつ。派手に行こうか。
パチン、と一つ指を鳴らしてファイヤーボールを上空に打ち上げ、人々の目線を集中させる。
次に、噴水の水を巻き上げ、上空に降らす。パラパラと降りしきる雨粒によって空に虹がかかる。その中でも炎は燃え、透明な水の中で虹の彩色と炎が揺らめく、本来ならば有り得ない幻影。
パチン、と再び指を鳴らして、魔法を解く。すると、そこにいた筈の芸人の姿は無く、束の間見た幻影に、人々はしばし呆然としているようだった。
※※※
先ほど稼いだ小遣いで露店の果物を買い、噛り付きながらさて、この後どうしたものだろうか、と考えながら歩く。
いや、リリエットもとい親父の家は知ってはいるしアスタの故郷の村の場所も王都の場所もちゃんと調べてはいる。問題なのは、マリア。つまり天使、ひいては天運の主ルーレエストの本拠地である。
どうするかな、最悪、無視しても構わんと思うのだが……
「先ほどの騒ぎはやはりあなたでしたか幻影の君」
幻影の君――その単語を耳にして振り返る。
すると、そこにいたのは……串焼きを頬張る金髪の美女だった。
「失礼……ごくん」
言葉を紡ごうとした俺を手で制し、最後の一口を呑み込む。
「……セレスさん。何でここに」
知り合いだったりするから困る。
「立ち話も何です。そうですね……この路地を少し歩いた先にいい味の料理屋があります。そこにしましょうか」
※※※
「おう、お嬢さん。久しぶりだねぇいつものでいいかい」
「お久しぶりです店主。ええ。この方にも同じものを」
「……何だいお嬢ちゃん。ひょっとして、逢引かい?」
「ええまあそんなところです」
淡々と答えたセレスさんに店主は苦笑いだった。
それに気付いているのかいないのか、セレスさんは適当な席の椅子を引いて、俺を促した。紳士か!
んー……言いたいことは色々あるが、まず店主は絶対、逢引だと思ってないぞ。ちょっと怪しまれてるぞ。客商売だから極力、分からないようにはしてるけどちょくちょく視線を感じる。
少し微笑ましくて笑いが漏れて、セレスさんはきょとんとこっちを見ていたが、運ばれてきた水差しと共に呑み込んだ。
「それで、何でセレスさんはここに?」
「隠しても仕方がありませんね。あの後、私は天運の主様の命を受け、幻影の迷宮での戦いの経過を見守る任務にあたっていたのです」
「俺とバスティア・バートランス。そのどちらが勝ってもいいように?」
「天運の主様が言うには、それ以外の可能性もあったという話でしたが、その場合、少なくともあの都市は巨大な特異点となるため、用心の為、あの都市から離れた方がいい、とは仰せられていたので、こうして近隣を見回るに留めていました」
否定はしない、か。まあそりゃあそうだろうな。吹雪く華は俺に協力すると言ってくれたが、直接話した時もケンカ腰でしかなかったしまあそんなもんだ。
「ですがよかった。あなたの勝利を私も嬉しく思います」
胸に手を当てて微笑む天使がいた。
この人、なんだかんだ言ってもものすごい美人だからな。言動がちょっとアレだが、そのギャップもあってちょっとドキッとした。
「さあ、料理が来ましたよ」
主食のパンはほんのりと温かくて表面はパリッと中はふわりと柔らかい。
スープは野菜たっぷりでじっくりと煮込みながらも程よい歯ごたえを残し、旨味が混然と溶け込んでいる。
中央に添えられたメインディッシュの鳥の丸焼きの表面はこんがりと焼け表面を走るタレ、香草の匂いが食欲を掻き立てる。
「美味い……」
「ふふ、そうでしょう」
ドヤ顔まではいかないが、嬉しそうにセレスさんは笑う。
「天使という生き物はですね。施しというのが半ば本能なのです。自らの行いにより、他者が少しでも慰められるのであれば。救われるのであれば。それはこの上ない喜びなのですよ」
屈託のない笑みを見せるセレスさんの言葉に、俺は思わず声を上げて笑ってしまった。
「どうかしたのですか?」
「いえ。知り合いをちょっと思い出しまして」
全然似てないし、その根源も違うのだが、他人のお節介を焼くヒロインを思い出した。
リリエットは……うん。とりあえず今は考えるのをやめておこう。キリがないし目の前の天使にあまりにも失礼だ。
「実はですね。僭越ながら、本を書いてみたのです。まだ途中ではあるのですが」
セレスさんが見せてきたそれをパラパラと眺めてみると、どうやら近隣に在るおすすめの料理屋を紹介する、いわゆるガイドブックの様だった。
「どうでしょうか。娯楽に明るい幻影の君としての意見を窺いたいのですが」
娯楽に明るいて……あえて否定はしないけど。
「んー……そうだな。人には天使みたいな羽根は無いし、そうそう気軽に旅なんて出来るものでもないからな」
魔物や野党なんかも出るし、道路自体の整備もそこまで進んではいない。町から町へ渡り歩くのは冒険者くらいなもんだが、大体において道楽にそこまで金は懸けない。需要が無いのだ。
「……なるほど人の世は未だそのような文化が成熟するには拙いということですね」
ある程度予想は付いていたのか、反論は無い。けれど思ったよりショックだったのか声に力がない。
そこまで壮大な話でもないのだが……そうだな。
「これ、貰っていってもいいか?」
「は? ええ。別にそれは構いませんが……」
「ありがとう。旅路の友として活用させてもらう」
幻影の君直々に、試させてもらうとしよう。この成果が上々なら、正式に頼むことも考えよう……この辺りの話も天運の主ときっちり話をつけないとな。
「……ぁ、その、ありがとうございます」
しかし、何だな。
セレスさんがこの地に来たのももう一人のファントムロードの所行から始まったわけだし、もし、今回の騒動丸ごとなかったらこうして食べ巡りをする天使はいなかったのだろうか。とんだ影響を与えていたもので、これがどう転んでいくのか、楽しみに見守っていこうか。
セレスさんの扱いは如何とも




