約束されたエンディングを
「……リリエット。お前の目的は一体何だ。何故、今、このタイミングでその正体を明かした」
「愚問だねアルトレイア。愚かな問いかけだ。私の正体がリリエット・イディムである以上、その答えは分かりきっていると思うが」
リリエットの目的。それは、幻影の君を取り戻すこと。それ以外には考えられない。
「それとも、まだ甘い幻影に浸っているかい? 私達は互いに許容し合えると。手を取り合えるとでも?」
だとすれば、こうして俺が生き残った以上、それは果たされたということか? いや、違う。それは甘い幻影だ。リリエットの目的は、きっと別にある。
「今まで私がその正体を明かさなかったのは、明かしてしまえばその矛盾が顕在するからだ。認識を伴わない幻影は、誤差の範囲の幻影に過ぎない。だが、こうして私の正体が知られること……つまり、幻影の君と幻影の君が並び立つことは世界がその矛盾を許さない。今は、幻影の君の形作る特異空間にいるからまだ何とかなっているが、もしどちらかでも、この迷宮から脱出すれば世界が崩壊する」
「なっ!?」
突拍子もない、が、その言葉には妙な説得力があった。
幻影の君であるイリューシオンと、幻影の君であるリリエットは同時に存在し得ない。
当たり前の矛盾、それはゲーム内のシナリオという全てが許される猶予期間を離れ、極大化している。
「アルトレイア。私を暴いた君が責任を感じる必要はないがね。どちらにせよ、私はこの正体を明かす気でいた。逃がさないためにだ。シオンを。決して」
「何を言っている」
「私がシオンの生き残る世界を模索したのがただの感傷だとでも思っていたのかい? 違うさ。全ては、私のシオンを私の世界に取り戻すためのステップだ。ねえ、もしも、今、この場で私がシオンを殺めたのならば、どうなると思う?」
リリエットは、延ばした手を握りつぶし、笑う。そこには、闇よりもなお深い、底知れない狂気が宿っている。
「正体を明かした今、エンディングの時を迎えた今、私とシオンの存在が相容れることは無い。ましてや、私がシオンを殺めるような出来事が起きれば、世界はその矛盾を許容しない。この世界も、私が生きていた世界も崩壊する。崩壊させた上で、その均衡を保つために自浄作用を働かせる。矛盾を解消するために、シオンが生きているという結末、シオンが死んで私が幻影の君として生きている結末、その両方を内包した新たな世界が生まれる」
「そんな都合よくいくのか!? 失敗したら、お前には、何も……そうしたら」
私は、異世界を渡り歩いたリリエットよりもその辺りの事情に明るくは無い。
だから、もしかしたら全てが上手く行く算段があるのかもしれない。もしも、もしもそうなら……
「その時はその時じゃないかな」
「なっ……!」
しかし、リリエットから返ってきた言葉は遠い。
どうでもいいことのように。真実、どう転んでも、きっとまた最初からやり直すだけなのだろう。そのことについて、惜しむ気持ちすらも既に磨り減っているのだろう。
「リリエット!」
アルトレイアが、我慢ならない気持ちを爆発させ、とリリエットの名前を呼ぶ。
「おや? まさか不当とは言わないだろう。この状況は言うなれば私の助力があってこそ。それを私はただ刈り取ろうとしているだけだ。それに文句を言われる筋合いなど」
「違う。そんなことじゃない。お前が言ったんだ、リリエット。リリエット・イディムがシオン・イディムを殺めるなど有り得ないことだと!」
一瞬、確かにリリエットはたじろいだ。動揺した。
「そんなお前が、シオンを殺すことで目的を達したとしても、それで……救われるわけがないだろう! そんなものを、背負って生きていけるはずが、無いだろう……」
アルトレイアの頬から涙が零れていた。
「ふ。ふふふ……アハハハハハハ」
リリエットは、呆然として、そして笑った。
「何が……何がおかしい!」
「いや、アルトレイア。済まない。君を侮辱したつもりはないんだ。そう、そうだった。うん。全てを知って、どんな風に君たちは私に許しを請うのだろう、どんな風に私を糾弾するのだろうなんて、そんな考えを働かせていたんだ。それは、仕方のないことだと思っていた……だが、違ったんだ。久々に、思い出した。そうだ、これが私の親友、アルトレイアだったのだと……」
垣間見た笑顔は、なおも遠く、しかし、リリエットの面影が覗いた。
「リリ、エット……」
アルトレイアが何かを言おうとして、けれど何も言えず、リリエットは不敵な笑みを向けて、宣言する。
「さあ幕を閉じよう。ヒロインがヒーローと結ばれる王道を、それを邪魔するのであれば、お約束通りに去るがいい」
幻影の君に愛の祝福を。
一人の乙女が一人の悪役と出会い、そして結ばれた物語。
それはお伽話のように結ばれている。囚われのお姫様を救う王子様のように。困難な果てに待っている幸せを信じて、長く苦しい戦いに突き進んだ一人の悲しき乙女がいた。そんな彼女には幸せになってほしいって、誰にだって望まれるだろう。
しかし私は悪役だ。万人が望ましいと思う結末を、しかし望まない人もいる。それを遠ざける役割を背負う代弁者。
これが、これがあるべき結末だなんてそんなわけはない。そう願う人間たちが、今、ここにいる。お約束になんて、従ってたまるか。




