プロローグ:幻影の君に愛の呪を
『リリエット。商人なんてのは実は至って単純なもんだ。自分が大切だと思うもんを他の誰かにも触れてもらいたい。そんだけだ。だから、お前にとって大切なモノを、いつか見つけるんだ。見落とさねえようにな』
お父さんは常々そんなことを言っていた。
だから、私は小さい頃、それを探しに探検に出かけていた。
大切なモノ。思えば、そんなものが道端に転がっていて、それを拾ってくればいいなんていうのは、まあ間違いとも言い切れないけれどお父さんはそんなつもりで言ったことではないだろう。例えば私が当たり前に食べていた温かな料理だとか、そんなものにだって商売のチャンスは転がっている。嗅覚を養うのだ、と言いたかったのだろう。
けれど、私は見つけた。
『イリュ……? めんどくさい。シオンでいいでしょシオンで』
私だけがつけた価値を。見つけた証をつけたくて。
『私はリリエット・イディム。よろしくね』
私が最初に見つけた宝物。それが、幻影の君だった。
※※※
『……ごめんな、リリエット』
最期になって、本当はボロボロのくせに。誤魔化して。強がっていた。
『ねえシオン。あんたは……あんたにとって私は、私達は、何だったの? ただ利用しようとしていただけだったっていうの?』
後悔することは分かっていても。こんなことを最期に残していいなんてはずがなくても、止まらなかった。
『幻影の君なんて、そんなもの捨てたってよかったじゃないの。どうでもいいじゃないの、そんなの!』
『ひっでえな』
シオンは力無く笑った。
『そんなに……そんなに大切だって言うの? 私達よりも。私よりも』
『ああ。俺は幻影の君であることを捨てられない』
その時になってようやく気付いた。
シオンは、私とはどこまでも違う生き物だったことに。ずっと孤独だったことに。
ずっと、気付いてあげられなくて。そして、それは最期まで。せめてこの時くらいは寄り添いたいってそう願っていても、残酷なまでに変わらない。
『頼みがあるんだ。リリエット』
『……何よ?』
『幻影の君を、貰ってほしい。守ってほしい。リリエットになら、俺は誇りを預けられる』
『……要らない……いらないいらないいらない! そんなの! 誇り? バカじゃないの! そんなもんでお腹が膨れるっていうの? そんなもので……幸せになれたっていうの……?』
『ああ。俺は幸せだったよ。後悔もない。幻影の君であることが、ずっと俺の誇りだった。誰にでもってわけじゃないんだぜ? 俺は、リリエットにならって。だから……』
シオンは、私に抱きついた。いや、違う。寄りかかっていた。
もう、立っている力すら無くて、私に頼るしかなくて。
『……わか、った……』
卑怯だ。どこまで卑怯なんだ、って。力無く笑った笑顔に、涙をこらえて睨みつけてやった。
『あぁ……忘れてたな。最期に……言おうと思ってたことがあったんだ。もしも、俺の最期に、リリ姉が立ち会うことがあったなら、言おうと思ってた』
幼い頃の名残が。こんな時に素直に出て。
『愛しているよ……リリエット』
最期は、幻影の君らしく。キザに。
――幻影の君に愛の祝福を。




