悪役令嬢の嗜み
一閃。元より長引かせる気など無く、一直線に斬り伏せようと駆ける。
その刃には肉を斬る感触。バスティア・バートランスの真紅の髪ごと、切り裂く感覚が確かに乗った。
ごとん、と首が落ちる音が木霊する。噴水の様に、首筋から血が噴き出す。しかし、
「く、ふふふふ」
笑い声が響いた。
「あぁ……よいですわ。躊躇いなく、残酷に。鋭く。あなた様が私を想い続けてきたことが伝わって来るようです」
首が笑う。そして次の瞬間、首は薔薇の花びらとなって消え失せた。
コツコツ。何事も無かったかのように、前方からヒールが地を叩く音が響いた。
バスティア・バートランスは、目を向けた私にドレスの裾を掴んで、にこりと微笑んだ。
「……幻影魔法、なのか」
後ろからアルトレイアが呟いた。
ぎろり、とバスティア・バートランスが睨みつける。一瞬だけひっと叫びかけたが、胆力で押しこめた。バスティア・バートランスは、怒りとも感心ともつかぬ笑みを浮かべ、まあいいでしょう、と断った。
「違いますわね。とはいえ、その本質を同じとするものではありますが。迷宮の主が迷宮の主たる所以はその迷宮と繋がり、己が身体と同様に操ることに他なりません。故に、その機構は必然、該当する旧き支配者の性質を併せ持ちます」
じゅるりじゅるりと、地中から触手が生え、バスティア・バートランスの足を捕え、引きずり込んでいく。否。逆だ。迷宮全体が、バスティア・バートランスという悪役令嬢に呑み込まれていく。
「これは世界に与えられた支配者たる特権。人にも扱えるような魔法とはまた違った概念の下に在りますので、これは吹雪く華様であっても止めようはありません」
アイリシアの方を見ると、深刻そうにうなずいている。
その様子だと、吹雪く華にも既に確認しているのか。
「イリューシオン様。迷宮の主、旧き支配者たちの戦いとはどういうことか。不肖ながらこの私がご教授してさしあげましょう……その代わりと言っては何ですが、あなたの全てを下さいませ」
「逆賊の分際で大した大言壮語だな。生憎だが、お前にくれてやるものなど無い」
水底に引きずり込まれる幻影に巻き込まれたかと思えば、灰の中にまで水が侵略してくる幻影を覚えた。
その後、一瞬で、灼熱の砂漠の中心に放り込まれる幻影を。
万華鏡の中の様にくらくらするくらいに光がきらめく幻影を。
見果てぬ草原で、気付けば仲間から離れ離れになっている幻影を。
それらすべて、バスティア・バートランスの気紛れに過ぎない。
まるでドレスを選ぶような淑女の嗜みで以て、バスティア・バートランスは戦いの舞台に臨んでいる。
これが、バスティア・バートランスなのだ。
「お待たせいたしました。イリューシオン様。私の……幻影の君」
飛び退く。その直後には、バスティア・バートランスの影が鎌となって空を切った。
そして次には、両脇から壁がゴゴゴゴと音を立てて迫る。
どこまでが幻影で、どこまでが真実なのかすら判別できないような、幻影の迷宮の奥底での戦い。その光景だった。




