最後の戦いの始まりへ
最後の迷宮探索。
迷宮の核心部分をバスティア・バートランスに握られている以上、ぐずぐずしていると支配権を持っていかれる。それは突き詰めれば幻影の君の力、切り札を封じられることに他ならない。
卒業試験で訪れた三百二十一階層。そこを起点として、最下層まで突き進む。帰りの余力は考えなくていい。いや、考えている余裕はきっとない。
『お久しぶりですわ。幻影の君。ファントムロード。イリューシオン様』
足を踏み出そうとしたその矢先で、響いた声があった。
「……すごい美人……」
アスタが呟いた。
真紅の髪に真紅の瞳。むせ返るほどに濃厚な女。しかしそこに下品さはなく、あくまで上品に。その身体のラインを余すことなく伝える赤いドレスに身を包む。
バスティア・バートランス。鮮血の悪役令嬢。俺の宿敵。
パチン、と指を一つ鳴らして無数の炎がバスティア・バートランスの像へと向かう。数瞬後、煙が晴れたところで、しかしその像は少し揺らぐだけだ。
分かっている。今、バスティア・バートランスは目の前にいるはずがない。今あるのはアレの飛ばした残像に過ぎない。
「それで何か用か? バスティア・バートランス。あいにく命乞いなんぞ聞く気はないぞ」
『く、ふふ。イイですわ、その冷たい声色。世界の誰への愛よりも、私への憎しみを取ってくださるのであれば、それは至上の喜びというもの』
相変わらずの色狂いだ。
『ねえそうでしょう? あなたは、私のことを忘れられなかった』
ああそうだな。お前のことなんて忘れて田舎で親父の手伝いをしながら過ごすってのもまあ悪くないんじゃないかって考えたことが無かったわけでもないさ。
それ以外の生き方だってあったかもな。
けれど、俺は……いや、俺達はそれを選ばない。
『幻影の君に愛の祝福を』幻影の君は仲間たちと育んだ絆も、語られなかった愛も、全てを犠牲にしてもお前に立ち向かうことを止めなかった。仲間たちよりも、お前を選んだ。ああそうだ。きっとその通りだよ。
けどな、俺達は運命に沿った動きなんてしちゃいない。俺達は負けない。
不確定要素を積み上げて、『幻影の君に愛の祝福を』とは違う結末を迎えて見せる。
『……予定と少々違いますわね。あなたは今、私だけを見ては下さっていない』
そりゃそうだ。
今さら俺がケツまくって逃げようって言って逃げられるようならこっちだって苦労はしない。
皆が、一人一人自分の意思で決断してくれた皆が後押ししてくれるから、今、こうして立ってられるんだよ。
『少々、気に入りませんわね』
不快そうに、周囲にバチバチと魔力が弾け飛んだ。
お前の心に少しでも傷をつけることが出来たのならば幸いだよ悪役令嬢。




