それぞれの未来予想図
死亡フラグだとかではない
卒業試験は終わり、何日か泥のように眠った後、時季外れで小さくはあったが式典も開かれた。
世話になった学園教師陣や、同級の冒険者たちに冷やかされ囲まれて、ようやっと実感が出てきた。
そしてその夜、小さな宴会が開かれた。
「僭越ながら私が音頭を取らせていただきましょう。それでは、皆様の学園卒業、およびこれからの門出を祝って」
「「「「かんぱーい!!!」」」」
クロードに合わせて各々がグラスを掲げ、それぞれ談笑と食事に興じる。
「リオンはこの後、どうすんの?」
リリエットのこの質問を皮切りに、話題はこれからのことに移る。
リリエット以外、しばらくは迷宮攻略にとりかかるために協力してもらうことになる。
それでもこれから話すことは嘘じゃない。人生なんてこれからだ。この戦いが終わってからの方が長い。
「一応、一人でどうにかこうにか誤魔化して生きていける術は身に着いたと思うから、旅に出ようと考えてたんだけどアルトレイアにもマクシミリアン将軍にも見つかっちゃったしね。一度、挨拶しに帰ろうとは思ってる……その後は、そうだね」
んー、とリオンが考えて、俺達はそれを静かに聞いていた。
「マクシミリアン将軍に迷惑かけない様にって考えていたつもりだけど、今にして思えば、僕は色々なものをおざなりにし過ぎてたと思うんだ。だからその辺りの決着も付けに、まずは僕の故郷であった場所に赴きたいと考えてる」
旧き支配者にでも会いに行くつもりだろうか。仮にそのつもりだったとしてもこの場で言うわけにもいかないから、口には出さないだろうが。
「そういうことならお前の父君と母君にもお前の考えをきっちりと話せ。話はそれからだ」
そこで我慢ならないと口を挟んだのはアルトレイアだった。
「えぇ、それはちょっと……んー……」
リオンは明らかに困って誤魔化した態度を取っていた。
「……男の子って厳しいよね。意気地だとかそういうの、向いてないってとっくにわかってるくせに求められたりする」
リオンの下した決断は、逃避の道にも見える。そうではないことを証明するためにも、リオン・アルフィレド――亡国の王子は、逃げ出してはならない。
そこに在るのは家族との決定的な決別でしかないとしても、石を投げられることになっても、少しでも理解者を得るべきだ。簡単なことでは無くとも。
「何かあったら俺が抱えて一緒に逃げてやるさ」
俺まで関わると俺を利用しようとする可能性もあるから面倒なことになりそうな気もするが、親友に協力するくらいやぶさかじゃない。
「アハハ、それはイイね」
リオンはハッと驚いて、そして笑った。
「それで、アルトレイアの方はどうするつもり?」
リオンが尋ね、アルトレイアは考え込み、呟く。
「……この学園での経験は確かに実りあるものだった。だが……いや、故にというべきだろう。父に学ばなければならないことがまだまだあるのだと感じた。だから、一度、父のもとでじっくりと学ぶ時間を作れればと思う」
「それで将来、マクシミリアン将軍の跡を継ぐ?」
「どうだろうな。それも見据えて色々とやってみるさ」
アルトレイアがちらりと俺の方を見た気がした。
「私は、王家のしきたりに倣い公務を少しずつこなしていくこと、になるでしょうか」
フィオレティシアは少し寂しそうに言った。
「でもま、心配しなさんな。寂しくなったんなら手紙の一つでも寄越してくれれば会いに行くからさ」
「なにバカ言ってんだか」
リリエットが拳骨かましてきた。いや、本気だけどな。平気平気と手のひらを振ると、フィオレティシアも満面の笑みで返してきた。憂いは、無くなったようだ。
「で、スレイは何かやりたいこととかあるか?」
いつもみたいに俺に借りが出来たーとかそんな返答じゃなく、卒業後の目標みたいなのがあればと思う。
「担当教官からは剣闘都市とかいうのを薦められたんだが」
剣闘都市? どっかで聞いたような気がしたな。
ああそうか『幻影の君に愛の祝福を』の中で、スレイルート。つまりリリエットとスレイが結ばれた際に、二人が目指すべき場所だったはずだ。
「あ~なるほどね剣闘都市か……確かにそれが一番かもしれんね」
おっちゃんがうんうんと頷く。というのも、
「あの都市は身分にうるさくないからね。その分、荒っぽい連中が多いんだけどまあスレイならむしろそっちの方が落ち着くってなあもんでしょうねぇ」
しかし、スレイがそこを目指すべき、といった理由は別にある。
スレイは奴隷、最下層の身分であり姓を持たない。この迷宮都市での学園生活ではそれほど気にすることもないが、外の世界ではそれなりに厳しい現実に直面することも多いのだという。
結婚してその身分を保証してもらうなんて手段もあるが、それ以外にも這い上がる方法はいくつかある。そのうちの一つが『二つ名を得ること』である。二つ名を名乗ることで通常の姓名を得る、あるいはそれ以上の存在としての証明を得るのである。二つ名が由来の姓名も存在する。
剣闘都市。そこで勝ち抜くことによって称号を得ることが出来ると言われており、それが今もなお衆目を集める要因ともなっている。
とはいえそれも並大抵ではない。
受け継いだ形になる俺やアイリシアの話はこの際、除くがおっちゃんの換装武芸師にしたって、実はこの二つ名に該当する人間はおっちゃん一人しか世界に存在しない。まあ俺達の場合はどれもこれも特殊すぎるケースに該当するから参考には出来ないが、それでも並大抵の所行ではないのである。
剣闘都市に行ったところで他の称号を得る方法に比べて難易度が低いということは決してありはしない。
「けれど難しいことを考えないでただ勝ちゃあいいわけだから向いてはいるでしょうね」
おっちゃんも頷き、スレイもそうか、と納得したようだった。
「なあスレイ、お前、今、好きな女っていたりするか?」
「あん? いや、別に。というかお前見てると色々面倒そうでゴメンだ」
「……そっかー」
何聞いてんだ? ってスレイが怪訝そうに見てる。そうだよなー俺もそう思うよ。ここで「……リリエットだな」とか答えられても色々気まずいし。
スレイ、お前さ。リリエットと一緒に生きたいからって、そのために自分が出来ることをしたいって言って剣闘都市目指してたんだぜ。そうして称号得て、人並みになったらいつかリリエットを迎えに行く……て旅立とうとした矢先にリリエットに見つかるっていうオチがついたが。
まあとにかくだ。俺が言っていいのか分からんが、そういう大切なもん見つけられればってさ、そう願ってやまない。
「僕に関してはまあ、田舎に戻ってのんびりできればなって思ってた。けど、ちょっとだけ、アイリの気持ちを知りたいって思うからもうちょっと頑張りたいって思うんだ。ここ以外のダンジョンに行ってみたり、さ」
アスタは語った。
本来であれば、自分で語ったように大きな夢を語ったりせず、のんびりと温かな人生を送るはずだったのだろう。けれど、アイリシアの……そして多分俺の、見ている光景を見て見たい、とそう願った。
「私はどうせエドヴァルドに無理矢理学園に入学させられただけなので今まで通り変わりありません……と言いたいところですけど、ちょっと北の方に在る学園都市に留学に行きたいと思っています。この学園を卒業した後なら、その手続きも容易でしょうし」
それってまさか、ブリジットの……?
「私は……しばらくは私のルーツを探す旅でしょうか。色々な人に話を聞いて、そうして、自分がどうやって生まれたのか、もう少し探してみたいと思ってます」
「まあおっちゃんはあれだね。皆が卒業したところでおっちゃんがこの学園の教官だって事実は変わらんわけで、これまで通りちゃらんぽらんに過ごすつもり……だったけど、ね。どうにも若者と接するとむず痒くて行けない。おっちゃんもちょいと自分探しの旅に出ようと思うわ」
「自分探しの旅って……おっさんそんな若くないんだから無理すんなっての」
「……リリエット?」
一瞬、リリエットの声が妙に感情が籠っていたような……気のせいか?
おっちゃんは呆気にとられたようだったが、やがて笑い出して、
「別にそんな無理はしないからダイジョブよ。ただ、おっちゃんの持ってるもんは、大体が借りもんでね。それで、一つくらいは、自分だけの武器ってのかね。そう言うのがあってもいいんでないかなってそんだけさ」
そこに気負いも何もない。ただ希望だけがあった。なら、きっと大丈夫だろう。リリエットも、上がっていた腰を下ろして、「そう」と納得したようだった。
さて、最後は……俺達か。
「私は田舎の家業を継ぐわ。それで、この学園での経験を活かしてもっと大きく盛り立ててやるの」
リリエットはそんなありふれた夢を語った。
「シオン、あんたも手伝いなさいよ。帰る途中で売れそうなもの仕入れたりとかいろいろ忙しいんだから、ね」
「……悪いな。ちょいばかり課題が残ってて、まだ帰れないんだわ。親父には、よろしく言っといてくれ」
「はぁ? たく、しょうがないわね」
リリエットはやれやれと溜息を吐いた。
悪いな、リリエット。でも、いつかきっと帰るさ。
けれど、リリエットと一緒の人生は歩めないと思う。けど、必ず帰る。そして、最後の別れを告げに行く。
俺は幻影の君として生きる、って絶対に告げに行く。
だから、それまで待っててほしい。




