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たまには意味のない話でもしましょう

「今日はここまでとしよう」


 アルトレイアは宣言した。


 俺だけではなく皆、体力が残っている状態であり、むしろ早く切り上げ過ぎなのではないかと少々、不安になるくらいだ。


「迷宮内では常に見張りを立てながらではないと休息もままならないし寝床の確保や設営にも体力はいる。だから体力に余裕のあるうちに休む」


 それは分かるが兵糧アイテムだって無限にあるわけでもないし、時間をかけ過ぎるのも悪手だろう。


「いや、ペースとしては問題ない。寧ろ予定していたよりも大分、進んだくらいだ」


 指揮官コマンダーの判断なら、それに従うほかないな。


「……地上であれば、そろそろ夕方の時間帯だな」


 アルトレイアが懐中時計を取り出し、言う。


 そんなに経ってたのか。まだまだ余裕だと思っていたが。


「日光に当たらないため体内時計が狂っているのだろうな。疲労を感じにくい・・・・・のもそれが一因だろう。横になれば分かるだろうが自らが思っているよりも疲れは蓄積しているはず。自分の身体のことは自分が一番分かっているなどとくれぐれも思わないことだ」


 それから、火を焚いて、テントを組み立てて飯を作る。


 男子はテントづくりで女子は飯作りが基本ではあるがリリエットが陣頭指揮


「あーもうまだるっこしー!」


 もとい、率先して手を出しまくっていた。


 先は長いしもうちっと格好がつくようにしていきたいところである。


 それから、シフトを組んで見張りと休息に勤しむ。敵地の真ん中である。いつ魔物に襲われてもおかしくないからだ。


 まあ、実は幻影魔法で覆ってるから必要ないんだけどな。とはいえ警戒は大事だ。不測の事態はいくらでも考えられる。たとえば……バスティア・バートランスの手がかかるとかな。


「……もう少し、なんだよな」


 もう少しで、きっと何もかもを取り戻せるはずだ。

大丈夫だ、イリューシオン。『幻影の君に愛の祝福を』では敗けたお前でもさ。今はお前だけじゃあなく、仲間がいるんだから。


 何でお前は、救われなかったんだろう。何でお前を救えなかったんだろう。


 理由がなんとなく分かっちまうのが、幻影の君の辛いところだ。なんてな。


「うひゃあ?!」


 などと考えが沈んできたところで思わず大声を出してしまった。


 後ろからひんやりとして細い腕がにゅっと伸びて、掴んだのである。しかし、それ以上の力は籠められない。敵意が無い。この気配には覚えがあった。


「なーにねむたそーな顔してんのこのバカ」


 リリエットだ。リリエットが呆れ顔で俺の頭を叩きながら、言う。そして同時に次の見張りの当番がリリエットだったのを思い出した。


「別に眠たそうな顔なんてしてねえ」


「じゃあどんな顔してるっての?」


「それは……」


 何故だろうか。それ以上を言うのは憚られた。


 打ち明けられるような内容でもないし、仮に言ってたとしても、リリエットの場合はさらに怒ることだろう。何バカなこと考えてるんだと。


 想像してちょっと笑った。


「ちょっと話でもしてかない?」


 休むのも大事な役割の一つである。二人で見張りをするのはただ単に非効率であると言うだけだ。


 であるというのに、抗いがたい提案だった。


 仄暗い迷宮の底、俺とリリエットは久しぶりに二人きりで話をする。


「……で、何の話だ?」


 何だろうか。身に覚えがあるわけでは無いのだが。身に覚えがあるわけでは無いのだが! 何故か、説教でもされるのではないかと少々身構えた。


「別に具体的な話があるってわけじゃないわよ」


「何だそりゃ」


 思わず肩の力が抜けた。


「別にいいの。意味ある話じゃなくたっていい。むしろ意味ある話なんかじゃないほうがいい……そんな風に思う時がさ、あるもんなのよ。特にあんたみたいな男に関してはさ」


「俺みたいなやつ?」


「ほっとくとすぐどっか行っちゃいそうなやつ」


「……お前、俺のことそんな風に思ってたのかよ?」


「事実でしょ? 子供の頃から、いつの間にかどっかいなくなってたのに気付いてないとでも思ってたの?」


 返す言葉もねえ。


「て言っても何だかんだであんた甘っちょろいしねぇ。こうして話してけばさ。ちょっとでもバカやらかさなくなるんじゃないかって、そう思うの」


「甘っちょろいってそれはな」


「……何?」


 リリエットが感染うつったんだろう、って。自爆しそうになったのを踏みとどまった。


「だからさ、まあ私はね。あんたが話したくないってんならいいわ。けどさ。他の子にはそういう態度取っちゃダメよ。あんたが遠くに行きそうで。あんたが遠くにいそうで。そういう不安をいつだって抱えてんの、あんたを好きになるやつは。だからその孤独を埋める義務があんたにはあんの」


「リリエットはどうなんだよ?」


 て、売り言葉に買い言葉で俺は何を買おうとしているのか。ついそんな言葉が出た。


「私? 私は別にどうだっていいわよ。あんたが遠くに行くんだったら追いかけてやるってだけだし。それに……どうあったって切れやしないじゃないの。あんたとの関係は。そうでしょ? シオン」


 リリエットは悪戯な笑みを浮かべた。


 シオン。俺はリリエットにそう名付けられ、もう一つの人生を与えられた。


 だがそれは、偽りの生だ。俺は俺として全てを取り戻さなくてはきっといられない。


 その結果がたとえ破滅であったとしても、俺は悪役イリューシオンを捨てられない。


「……なあ、リリエット」


「何?」


 それが、どうしようもない裏切りであったとしても。


 俺が真実の名を告げないことは、果たしてリリエットを守ることになるのか? いや、きっとどうしようもない傷を残すことにしかならないのだろう。弱さでしかないのだろう。


「……何でもない」


「あ、そ」


 けれど、今は意味など無くてもいいと言った。今はその戯れに興じよう。


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