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主と主

 話を聞いてほしい、というので俺はマリアの部屋に出向いた。


「マリアに迎えが?」


 そこに聞いた内容……まあ、発想の外だったと言うのは嘘だろう。


「はい。セレスちゃんというのですが」


「セレスチャン?」


「いえセレスちゃんです」


 すまん。話の腰を折ったな。


「それでそのセレスちゃんがですね、私のお友達だったのです。纏った雰囲気から察するに、ですが、多分、天界でもかなり出世してると思うんですよ。そんな子が迎えに来たって言ってるんですよ。天界は私のことを忘れてなんかいなかったな、てそんなこと考えちゃって、そうしたら、懐かしいなって思い出して」


「……そっか」


 少し迷った。その戸惑いを出さないように短くても答えた。


 今、マリアを送り出してやるべきじゃないのかなんてそんな答えが浮かんだ。けれどそんなものは却下だ。


 どうすべきかなんてものの答えがすぐに出るのであればマリアだってこんなに悩んじゃいない。だが、俺がどうしたいかなんてものの答えは直ぐに出る。


「イ、イリューシオン様!?」


 マリアの手を握って、そのままマリアを俺の胸の中に抱いた。俺の方が体は大きくなっているんだな、なんてそんなことが心底不思議に思った。


「俺は帰ってほしくない」


 想いを伝えた。我がままだ。幻影の君らしくもなく、嘘を織り交ぜずに欲望をぶつけてやる。ああ、きっとマリアは困るんだろうなって、甘えてる。


「イリューシオン、様……」


 そのまま、まるで自然のことのように二人で、ベッドに寄り添って、そして、そのままの姿勢で、押し倒した。


「……お願いします。私の羽根を折ってください。二度と羽ばたけなくても、それでもあなたの傍にいることを、許してくれるなら……」


 接近した二人の顔。その均衡を破ったのはマリアだった。マリアの唇が俺の唇に触れた。初めての接触で在った筈なのに、心臓の鼓動がやけに静かだった。まるで自然とそうなるかのように。イリューシオンの人生において、一番長い時間を共に過ごしたのが、このマリア・メルギタナスだった。それは、当たり前なのかもしれない。


 マリアの求めているモノは分かっていた。俺の求めているモノは分かっていた。


 けれど……俺は涙にぬれたその頬を思いっきり抓ってやる。


「い、いひゃい! いひゃいへふ!」


「ぷ……く、ハハハハハハ!」


 マリアの顔が想定以上に傑作で、思わず笑ってしまった。俺はベッドの端に腰掛けて、マリアはシーツを握り締めて身体を寄せながらこっちを睨んでくる。さっきまであった無駄に桃色な空気は霧散した。


「マリア、もう一度、そのセレスさんに会えないか?」


 マリアはその意図が掴めないのか、首を傾げて見つめてくる。


「まあ何ていうかだな。俺はさ、マリアのこと全然知らないからさ。知りたいんだ。マリアと俺の世界を繋げたい。マリアが友達に会いに行きたいんなら、それを『行ってきな』って送り出せるような関係でいたい。『夕飯までには帰って来いよ』もセットでな」


「……くすっ、そんな、気軽に行ける距離じゃないんですけど、ね」


 マリアは少し呆れながら、噴き出した。


「だから、マリアのしゅだったっけ。そいつと話して面と向かってマリアはうちの子だって言ってくる。逃げないし、負けない」


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