迎えが来ました
一方その頃、マリアはアンニュイな溜息を吐いていた。
「はぁ……クロード様、今日は満足に働けないからこのマリア、不肖ながらそのお手伝いをしようと思っていたのに」
しかし、シオンとスレイと一緒に出掛ける前までに仕事を徹底的に済ませていた。いやそれどころか本当にいつの間にか、マリアの領分であった男子寮の仕事まで出来る限りの分、全て済ませてあったのだ。
何かしら不測の事態が起きた場合はマリア一人で対応しなければならないため、マリアの負担もあらかじめ解消しておこうと考えたのである。マリアとてその辺りの理屈は把握している。クロードとて悪戯に仕事を奪ったりはしない。マリアに信頼を置いているからこその行動である。
いざとなればクロードは男子寮と女子寮の仕事両方をこなしてしまえるというのだ。執事。幻影の君に仕える召使いたちの主。マリアとクロードでは結局のところ年季が違うのである。
自分などいなくていいのではないか? とそんなことすら考えてしまう。なんともやるせない。
「ただいまー」
「あ、おかえりなさいま……せ」
アスタを出迎えたマリアは、その背後にいた人物の姿を見て、心底驚いていた。
「セレスちゃん!」
マリアは名乗られる前にその名を呼んで、思いきり抱きついた。
「お久しぶりです!」
「ええ。本当にお久しぶりです。マリア・メルギタナス」
二人はしばし、久方ぶりの感動を味わっていた。
アスタはそもそもマリアの知り合いであったことを知らず、何が何やら分からない内に蚊帳の外で混乱していたが、涙すら浮かべたマリアとセレスと呼ばれた天使の邂逅を眺めて、うん、と一人頷いて人知れず部屋に戻った。
※※※
そして二人はマリアの部屋に場所を移し、二人きりで話をすることにした
「少し痩せましたか」
「あははは……ちょっと太っちゃったんですよね」
「……そうですか」
相変わらずだなー何をとは言わないけれど相変わらずだなーとマリアは内心思っていた。
「お元気そうで何よりです。幻影の君に捕えられたと聞いて、内心、ずっと心配しておりました」
客人へのもてなしとして、マリアは自然の動作としてお茶を淹れていた。
「……マリアが、お茶を」
セレスはその一連に驚いていた。
「まさか私達の中でも粗忽ものであったあのマリアが」
天使が平然とメイドの仕事をしていることではなく、マリアがそれをしていることに対してである。
「むぅ! どういう意味ですか!」
もっとも、自然に習得できたものでもなくクロードの指導の賜物であったりもするのだが。
あはは、と二人で笑い合った。
ああ、懐かしい。本当に懐かしい空気だ。十年近くの時間が経とうと友情は変わらず、集った時に纏う空気は柔らかなままであった。
それから、会えなかった時間を埋めるように様々な話をした。
「ふぅ……」
セレスは一つ溜息を吐いた。話を聞いた。話をした。
「ねえマリア。あなたは、幻影の君のことが本当に好きなのですね」
その最中で、マリアの根底に、当たり前の様にそれがあることに気付いた。
イリューシオン、彼のことを語るマリアの表情はそれはもう明るい。
「っ! は! い、いえ。その、あれですよ? こんな小さい時から見守っているから愛着が湧いてるだけで、その……彼の行く末を、見守って、寄り添いたい。それだけですよ?」
分かっているのだろうか。それは、天使という生き物にとっての最上級の愛情表現に他ならないのだと。
主は、一体、何を考えてマリアを遣わせたのだろう。こうなることを承知の上であったのだろうか。
何故、今まで自分達がマリアを追うことを禁じていたのか。
そして何故、今になって……
(いえ。止めましょう。主の御言葉を疑うなどあってはならないこと)
セレスは首を振って、自らの疑念を否定した。そして、種の言葉を伝える天の御使いの一人、その使命を果たすことを誓う。
「マリア……喜びなさい」
その言葉は、何と空々しいのだろう、と思いながら、告げる。
「私はあなたを迎えに来ました」




