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エピローグ:いつかのための予行練習

「……あの、本当にやるんですか?」


 皆さんから提案されたのは、その……何というか。とても心の準備がいるもので、おいそれと出来るものでは無くて。怖気づいています。


「説明はしたと思うが、これは大切な意味を持つ儀式になると思う。ミスティにとっても、そして、エドヴァルド教官にとっても」


 アルトレイアさんは優しく微笑みながら諭してきます。こういう顔も出来たんだ、というのは失礼ですね。アルトレイアさんにも、シオンさんにも。


 まあそれはともかくです。確かに分かるんです。お父さんに対して、少しでも負担に感じることが少ないようにって。その為に出来ることがあるならって。ただ、


「こういうのって、本当にその時・・・が来る前にやっちゃうと時期が遅くなっていくって聞いたことありませんか?」


「ああ、何だそのことか」


 アルトレイアさんは溜息を吐いています。む、何ですか。私だって、そういうの気にするんですよ。


「だって今さら気にする必要はないだろう。それは」


「どういう意味ですか?」


わたくし達がその時を迎えるときは、皆さんで一緒の筈ですから。ですよね? アルトレイアさん」


 フィオレティシアさんが挟んだ言葉に、アルトレイアさんは、まあそういうことだと苦笑しながら応じました。


「……改めて考えると最低ですねシオンさん」


「まあな。だがまあ、惚れた弱みというやつだ。明日は精々あいつを驚かせてやろう。さあ、明日は早い。今日はもう眠ることにしよう」


「そういうことでしたら私が子守唄を歌いましょう」


 フィオレティシアさんは膝をぽんぽんと叩いていますが……え?


 アルトレイアさんとアイリシアさんを見ると、黙ってうなずきました。そういうこと、なんでしょうか。


 私は、フィオレティシアさんの膝元に頭を埋めて、そして、子守唄が始まります。


「……何か、いいですね……変な気分ではあるんですけど……」


 うつらうつらと私の意識は遠のいていって。


「……家族が出来るって、こんな感じなのかなって」


 幸せな気分のまま。ああ、きっといつもなら言えないような恥ずかしいことを言っているんだろうな、と言う自覚を伴って、私は、夢に赴きました。


※※※


「あらお久しぶりですわね」


 再び訪れた夢の舞台。真紅の薔薇園の中にぽつんと置かれたテーブルに、湯気の立った紅茶を用意して、彼女は佇んでいました。


「バスティア・バートランス」


 私の呟いた言葉に、あらあら、と相好を崩すこともありません。


「あなたが私の仇」


「辿り着いたのですわね。あなたの幻影の君に」


 真実、夢の中であるように、会話は成り立たない。彼女と私。私達はただ、お互いの感情をぶつけ、そして四散した。


「……嬉しいですわ。あなたがまだ私と話をする気でいてくれているようで。無粋ですものね」


 見破られている。夢の中であれば、彼女を拒否することなど簡単で、それをしないということは、私は彼女に聞きたいことがあるということ。


「あなたのお母様は私の妹分のような存在でありましたわ。けれど、私よりも大切なモノが出来た、と言って私の元から離れていきました。まあ、とはいっても同じ淫魔いきもの。私を本能で慕い、従うことには変わりはありませんでしたけれどね」


 大切なモノ、それは、パパのこと。


「ですわね。ええ。あの子が私の元を離れてより、その美しさは磨きを増していましたわ」


「そのママを殺したんですか」


「おかしなことを聞きますわね? 私に逆らったのですから、そんなことは当たり前でしょう?」


 分かってはいたはずなのに、それでも、崖から突き落とされるような絶望が。


「……そうですか。ママは、最期までパパと戦っていたんですね」


「ええ。一応、お声は掛けたのですよ? あなたの大事な人と縁を切って私の元に戻るのであれば、私はいつでも歓迎すると。ええ。それに嘘偽りなどありません。ただ、あの子も嘘偽りなく応えただけ」


「残念そうではないんですね」


「何を残念がる必要があるのです? あの子は愛のままに生きたのです。誇らしくこそあれ、失望など、在るわけがないでしょう? あぁ、あの子を殺す瞬間は、とても……とても気持ちがよかった」


 両手で身体を抱き締め、恍惚として顔を赤らめるその様は、狂気に満ちていて、けれど……とても美しい。


「だから、あなたも心のままに生きなさい。あなたの幻影の君に。ようやく、巡り会えたのですから」


 全く。その出会いを邪魔したのは一体どこの誰だというのか。けれど、


「何ででしょうね……私としては、あなたのこと、嫌いになれないんですよね」


「あらいいですわね。それもまた一興というものですわ。念のためにお聞きしますけれど、あなた、私の敵と成り得ますか? 私の首に、ナイフを突き立てられますか?」


 いつの間にか、彼女に右手首を掴まれて、その手の先にはナイフが握られていて、そして、彼女の首筋に突き付けられていた。


 愚問です。私は、シオンさんと……お父さんと、皆さんと一緒に、笑っていたいから。だから、


「……結構」


 痛みを感じない夢の中であるとはいえ、喉元から散りゆく花弁の様に血を噴出しながら、それでもなお彼女は笑い、言葉を紡ぐ。


「心からの憎しみなど高が知れています。愛するが故の憎しみというのも言い訳じみています。愛しても、それでもなお手に掛けねばならない葛藤というのは、中々味わえるものではありませんわ」


 それでは、現実めいきゅうでまた逢いましょう。


※※※


 起きた私は慌ただしく準備を始めていました。


 白粉を塗って、口紅を塗って、何だかいつもの自分とは違う、特別な日なんだってそう思わされて、ドキドキします。


「んあ? 何だ? 動きにく……て、え? 何だこの服」


 ようやく起きてきたシオンさんですが、アルトレイアさんに強制的に着替えさせられて、いいから大人しくしろ! と怒られて……何だか雑ですね。


「……いや、いいんだけどな。別に」


 事情を知ったシオンさんは直ぐにそう言って、シオンさんは、服装のせいか何だかいつもより格好よく見えて、


「……綺麗だぞ。ミスティ」


 そんな一言だけで、何もかもが許せるような。


※※※


 そうして慌ただしくしながらやってきたのは教会。


 マリアさんがいつもとは違う、鎧のある意味無骨な姿だと言うのにいつもより神聖な雰囲気が漂って来るのが不思議ですね。


「えーなんじー」


「チェンジで」


「何でですか!」


「えぇ、だってクロードがやった方がよくないか? 様にならないじゃんか」


 クロクロさんではなくクロード。まあ、契約の悪魔? という種族の方らしいですし、そういう契約に関しては確かに適任かと思いましたが……


「悪魔に見守られる結婚式とはぞっとしませんね」


 さすがのクロードさんも拒否しますか。まあ確かに、こういうのは教会で聖職者に見守られて、と言うのは相場が決まっていますからね。けれど、幻影の君と私であればそれが相応しいのではないかな、とちょっと残念に思ったり?


「ちょっと何なのよ? おっちゃんに正装して来いとかいきなりさ~?」


 そうして、皆さんに引っ張られて、ようやくお父さんがやって来たみたいです。


「……ぁ」


 正式なものではなくて、身内と呼ぶにも少なすぎる人数しかいませんが。


 けれど、一番見てほしい人がいる。


「お父さん、私、幸せになります」


 お父さんの目を見て、微笑んで。私は決意表明をします。


 せめて、お父さんが背負ったものを、少しずつでもいいから、軽くなるようにと。


「……お父さん?」


 お父さんはすぐに背中を振り返って、喜んでいるのか悲しんでいるのかよく分からなくて。近づいて、けど、離れていって。


「こういう時どういうリアクション取るのか今一つ読み切れなかったけど、なるほど、普通に泣くんだね」


「うっさいわ王子(笑)」


 リオンさん他、男子の皆さん方がお父さんをからかう声が響きながら、私は、私達は笑いました。


 そして、いつか本番のその時が来るように戦おう、と決意を新たにするのでした。



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