幕間:今度こそ守りたいと
深夜。シオンが眠りに就いている時、彼と戦ったエドヴァルド・W・サイファーは一人、
戦場となっていた多目的ホールに再び足を踏み入れていた。
「定期点検は欠かしたことはないけど、まあ、こういう機会もそうそうあるもんでもないしね」
独り言を漏らしながら、地面に刺さった剣を一本、抜き取りそのままどかりと座り込んで、刃を丁寧に研いでいく。
「あー……ここへこんでんね……て、元々か。雑な使い方すんなって何度言っても聞かんかったからね」
その作業を一本一本、まるで思い出話をするように独り言を漏らしながら、仕上げ、そして自らの中に仕舞いこんでいく。
そこに、一つ足音が混じった。
「……誰だい?」
振り向くことも無く声を掛け、足音もその場で止まる。声が届く程度の距離で、片手間で会話を始める。
「やあ久しぶり、と言っていいのかな?」
そこに現れたのは、もう一人のファントムロードだ。
「ああ、お前さんか。何か用かい?」
エドヴァルドは特に警戒することも無く、気軽に声を掛けた。その無関心な様子に少しばかりファントムロードは苦笑する。
「あなたの意思を確認しておこうと思ったんだ。エドヴァルド・W・サイファー。あなたはシオン……いや、イリューシオンと戦ってどのような真理に至ったのか」
「……」
一瞬、それを話す義理はあるのか? と問い返そうとしたが、何故か口をついて出ることは無かった。
まあいいか、と作業の手を止めずに、エドヴァルドは話をすることにした。答えはもう出ているし、考える必要のあることはもうない。
「おっちゃんはさ、とっとと死んで楽になりたいとかそんな風に思ってたわけさ」
驚くことも無く、ファントムロードは耳を傾ける。
「けどさ……普通に手が届きそうなんだもの。調子狂うったらないわ。そのくせおっちゃんの痛いとこばっか突いてくるしさ。それでまあ、何だっけ? おっちゃんがシオンを探していた本当の理由ってやつだったか。うん。大体なんとなく分かった」
自分と同じだと思っていた。誰かに庇われて、死を引きずって、自らを呪ってのうのうと生きていると。
『……何で、お前さんは戦えるんだ? 立っていられるんだ? 自分の罪深さが分からない程バカに生きられるわけじゃないだろ』
「だから、まあ、みっともなく尋ねちゃったわけだけど。それで、もう一度頑張れるかなって考えちゃったのさ」
「何を?」
ファントムロードが口を挟んできた。それに笑みを浮かべて、エドヴァルドは返答する。
「おっちゃんはさ。昔からの夢、みたいなもんなんだけど……誰かを一度くらいは守りたかったんだ」
「命に代えても?」
「それは怒られるから却下だね。多分だけど」
『そうかな。俺は……笑っていてほしいって思うけど。だって、おっちゃんだって、ミスティに笑っててほしいって思うだろ? そんなの当り前だ。その笑顔を守れなかったって言うんなら、それは、真に守ったってことにはならないんだから。無意味になってしまうんだから。守った奴らに報いるためにも、自分の為に戦い続けなくちゃきっとダメなんだ』
だから、彼に対して顔向けするための戦いに赴きたい。それが、戦いの後にエドヴァルドに残った感情だった。
「まあ、それを俺の仲間たちが許してくれるのかどうかってのは、また別問題だとは思うけど」
「許すさ」
またファントムロードの感情が聞こえた。強く断じる口調は、しかし子を見守る母の様に優しく、慈悲深い。
「……そっか」
手を止めて、息を吐いた。
永い。とても永い間の何かが、救われたような。今までずっと胸に抱えていたような重荷が取れて、疲れているのに軽い。不思議な心地を味わった。
「ところでお前さんは」
「おや、私の正体が知りたいのかな? ふふ、何なら、振り向けばいい。今、私は仮面を脱いで話をしている、と言ったら? 信じるかどうかは、あなた次第ではあるがね」
「……いいや。大して興味ないし」
肩をすくめるような気配がしたかと思えば、ファントムロードの気配はそれを機に完全に途絶えた。




