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やだ恥ずかしい///

「疲れたわー……アー疲れたわー」


 おっちゃんが呟いている声はこっちにまで聞こえている、が。こっちもこっちで限界である。


「ねえシオン。ちょいとおっちゃん腰がね。アレだから。担いでくんない?」


「何を今さら年寄りアピールしてんだこのおっちゃんは」


 でもどうすっかねえ実際。


 その時である。辺りを闇がぶわっと包み込んだ。


 コツン。そこに響き渡る靴音。威圧プレッシャー


 俺とおっちゃんは重い腰をあげてその方向を見つめ、武器を構えていると


「……何をやっているんですか全く」


 そんな、聞き覚えのある呆れた様な声が聞こえた。


「クロード・ヴァンダレイム!?」


 おっちゃんは警戒を解かない。が、ん? と顎に手を添えた。


「よくよく考えれば幻影の君のお仲間だったわねそういえば」


「そういうことですね」


 なーんだ、とおっちゃんはアイテムボックスに武器を仕舞ってその場に座り込んだ。


「ていうか何でその姿なんだ」


「……どういう意味?」


 おっちゃんが聞き返すが、そういえばおっちゃんはクロードが女子寮の管理人クロクロであることを知らないんだっけか。


 そして、今、現れ出でたクロードの姿はいつものクロクロとしての愛らしいぬいぐるみの姿ではなく、クロード・ヴァンダレイム。敗北イベントの番人そのままの姿であった。


「順を追って説明するのであれば、それほど距離が離れていないことが条件の一つにはなりますが、私の真の主となられましたイリューシオン様の危機に際し、瞬時に駆けつけることが出来るように、特別な契約パスが繋がっているのです」


「そうなのか? いや、それに関して不満とかはないけど」


 そう言われればそれと思しき出来事イベントがあったな。


 ただおっちゃんと戦ってた時も何度か死を覚悟したわけだが何で今頃になって?


「それはこちらが聞きたいところですがね。これは、イリューシオン様が望まないのであれば発動が制限されるのです」


 なるほど。つまり俺のせいですね。


「そういうことでしょうね。エドヴァルド・W・サイファーとの戦い。それに対して邪魔を許さないという意思が今までの私の介入を阻んでいた。つまりはそういうことかと」


「それでそれが終わった、と」


「ええ。そのようですね。全く」


 やれやれ、とこれ見よがしに溜息を吐いているクロード。


 何でもっと早く自分を呼ばないんだこの主人は、と内心憤っているに違いない。そして言ってもどうせ聞かねえと諦めの境地にいるにも違いない。


「さて、それでは帰りましょうか」


 そう言ってクロードは俺とおっちゃんを両脇に抱えた。うん。クロクロではこうはならんね。しかし男二人を抱え上げても平気そうでたくましいことだ。そしてこの状態で行くの? やだ、恥ずかしいスラッシュスラッシュスラッシュ。


 一応、ちゃんと幻影魔法で誤魔化すけどな。いや、俺のことはいいとしてクロードが出歩いていたら大騒ぎだろうし。


※※※


「お帰りなさいませシオン様」


 ただいまマリア……と、何だ。皆、揃ってたのか。夜も遅い時間の筈だがまあ女子寮の管理人クロードが一緒だから問題なしか。


 テーブルの上には御馳走が乗っていて、席に座る前にとりあえず唐揚げかな? を手で掴んで食べる。うむ。美味い。食べる気力がわいてきた。


「意地汚いぞ」


 アルトレイアは溜息を吐きながら窘めたがそれ以上は言わなかった。


 そして俺とおっちゃんが席に座った直後、クロードが「きゅう……」と小さく声を漏らして体が縮んでしまっていた! まあ、クロクロなんですがね。


「大丈夫かクロード」


「ははは、お恥ずかしい。どうにも体が鈍っているようですね」


 俺が何とも言えずにクロードを見ていると、倒れ伏して横倒しになった顔を振る。


「いえ。私としましても、今後の為にあの形態に慣れておきたいというのもありまして少々管理を怠った、というだけのことで。イリューシオン様のもとに馳せ参じた件がなくとも、きっと同じような無茶をしでかしていたでしょう。ですから、どうかお気になさらず」


「……また何かやろうとしてるのか?」


「そうですね。さすがに、表立って戦うのは無理があるでしょうから出来ることは限られていますが、それでも、修行の付き合い位は、と考えまして、色々と」


「そうか」


 頷いて、俺はクロードを拾い上げて、膝の上に乗せる。


「……あの?」


 クロードが小声で呟いた。


 全員が息をのむ音が聞こえるがそんなことは何のその、「え? 何だって?」と意地の悪い笑みを浮かべながら料理を取り分ける。


 そうだな。まずは肉を食おう肉を。男の子だからな。


「……いえ。何でもありません」


 そして全員がまた安堵の溜息を吐いていた。


 それから酒の入ったおっちゃんが、スレイに絡んでウザがられたり


「へいへいスレイ~ちゃんと食ってるぅ? ダメよぉ育ちざかりなんだからさ。体が資本でしょ。おっちゃんの若い頃なんか大食い王の名をほしいままにしていた……知り合いがいたりしたんだから」


「……メンドくせえ」


 けど、まあ、何だ。スレイも口の端で笑ってたりした。


「……悪かったあねぇ。色々とさ」


「?」


「まあスレイに限った話じゃあないんだけどさ。おっちゃんは、色々と、何だ。押し売りが酷かったと思う。おっちゃんは、何かをやってるって、そういう手応えみたいなのが欲しくってさ。誰彼かまわず余計なお節介焼いてたりしてた」


「それは何かが悪いのか?」


 スレイの純粋な質問に対し、おっちゃんは苦笑しながら、そうねぇと少し考えながら話を続けた。


「悪いさ。結局のところ、おっちゃんは自分が楽になりたかっただけだからね。得体のしれない善意らしきもの、なんて、一番、持て余すもんさ。裏に何があるのかとか勘繰ったりね」


「そうですかよく知りませんが。それは別に悪いことだとは思いませんよ。疑うというのは知ろうとすることです。考えなしに信じるのは私は苦手です。最初から胡散臭かったあなたは逆に付き合いやすいくらいでしたよ……」


 アイリシアが、横から口を出した。


「あはは、まあおっちゃんも別にアイちゃんの好感度ほしかったわけでもないから別にどうだっていいんだけどね」


 エドヴァルド・W・サイファー。その繋がりは偽善に満ちていた。


 けれど、その根底にあったのは泣き叫びたくなるくらいに拙い感傷で、周囲が考えていたよりも、本人が考えていたよりもずっと純真だった。彼と会う人間は、それをどこかで感じていたのだろう。


「……ミスティ、今までごめ……」


 謝罪の言葉を、ミスティは抱きついてとどめた。


「バカ……お父さんの、バカ」


 いつもの警戒していたような敬語はなりを潜めて、おっちゃんはその頭を、何度も躊躇って、撫でた。


「まあ、おっちゃんの役目は、守ってやったりする役目は、もう必要ないかもしんないけど。でもさ。いつでも使ってくれてもいいから……シオンに泣かされるようなことがあったら、いつでも言いなさいな」


「うん」


「俺かよ!」


 そうして、笑いながら、夜は更けていった。


※※※


 さて、腹も膨れて風呂にも入って、さあ寝ようかとそんな時。部屋の扉を開けると、そこに待っていたのは


「え? 何でいるの?」


 ミスティ、だけではなくて、アルトレイアにフィオレティシア、それにアイリシアまでいる。


 四人とも、既に寝間着に着替えている。


 え? 何? どういうこと。


「いや、何だ。聞けばミスティはここ数日、シオンのところに夜這いに来ていたというじゃないか。いや、別に咎めるつもりはないんだ。ただ、そういう格差というのは是正しておくべきだろう? 今後の為にも」


「……なる、ほど?」


「そういうわけでミスティさん、今日は存分に語り明かしましょう」


 と、フィオレティシアがミスティをぎゅっと抱きしめる。ぎゅうっと。それはもうぎゅうっと。同性すらも赤面するレベルで。


「……すまんがちょっと眠いんだ」


「大丈夫だ。というか少しばかり四人で話し合いたいことがあってな。シオンは寝ていていい」


 それはそれで疎外感が。


「……何で私まで」


 アイリシアの呟きが聞こえる。


「とか何とか言って別に悪い気分ではないんだろう?」


「……そんなことありません。私、明日までにまとめておきたいレポートが」


「ダメ、ですか? アイリシアさん」


 ミスティが湿った声で問いかける。上目遣いだ。う、とアイリシアが赤面して唸る。


「アイリシアさんも素直になりましょう」


 そうしてそんなアイリシアのツンデレもなんのその、フィオレティシアが見事に包み込んでいる。さすがの王女の包容力である。


 そんな様子を尻目にして、俺の瞼はゆっくり閉じていった。


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