乙女ゲーの悪役に転生した俺は生き残るためにハーレム&友情を築いた
タイトル回収回です決戦前夜的なあれ
色々場面が切り替わります
部屋の中は漏れた月の光だけが差しこんでいて、ミスティは静かにベッドの上で座り込んでいた。
何かを言うのは憚られて、そのままベッドに寝そべると、ミスティはそっと背中から俺にしがみついた。
ミスティは、どう考えているんだろうか。
俺は、ミスティを守ると、おっちゃんの前で胸を張って言えるんだろうか。言う資格があるんだろうか。無いんだろうな。
けど、今、ミスティが寄りかかろうとしているのなら、俺は、その罪を背負ってでも受け入れてやりたい。
「……シオンさん」
背中が濡れる。
「私は、イヤです」
それだけを言って、嗚咽が漏れる。
「そうだよな。おっちゃんと、俺が戦うってのは、イヤ、だよな……けど」
「そうじゃないんです」
しかし、ミスティは首をふるふると振って否定する。
「お父さんは……とっても辛そうな顔をしていたんです。シオンさんがシオンさんのままで、幻影の君を捨てることにしてもきっと……それは変わらないで、苦しいままなんです」
それは盲点だった。
それは最悪ではなくても最善ではない。そうだ。もし、俺が自分を偽ったところで、平穏無事な人生を歩んだって。それで、エドヴァルド・W・サイファーは救われない。
幻影の君に愛の祝福を。あの世界で、果たしておっちゃんは幸せになれたのか。過去を最後まで追求して……幻影の君を討ち果たすことが出来ても。あるいは、過去を振り払ってリリエットと新たな道を歩んでも。
俺が出来ることではないのかもしれない。けど
「私……お父さんとシオンさんと仲良くしてほしいんです。身勝手なお願いだって分かっていても、それでも……そんな夢を」
泣いている乙女を前にして、俺が逃げることなど有り得ない。
「……分かった」
振り向いて、その胸の中にミスティを抱き締める。
「俺は、戦う。おっちゃんと。自分の運命と」
幻影の君に愛の祝福を。その行く末に待っていた破滅と破綻。覆すための力は、多分、もう内にある。
ミスティだけじゃないんだ。俺だって、皆だって。おっちゃんと仲良くしたい。だらしなくて、胡散臭くて、けど、ずっと俺達のことを見守ってくれていたおっちゃんを。
まだおっちゃんとどうすればいいのか、分からないけどだからこそきっとぶつかり合うしかない。その先にきっと答えがあると。そう信じつづけて。
分の悪い賭けか? そうは思わない。だって、今までだってそうだったんだ。ぶつかって、乗り越えて、そんなことの繰り返しだった。なら、今回だって乗り越えられる。そう信じるに足る|絆(ハーレムと友情)がある。
「だから今はゆっくり眠ってくれ。不安は私が溶かしてあげるから」
幻影の君の仮面を少しだけ被って。包み込んで、ゆっくりとミスティの髪を梳いた。
ミスティは何も言わず、吐息だけを響かせて、やがて寝息を立てた。
※※※
朝起きて、飯を食って、とりあえず……うん。一人ずつ。決意を述べることにした。
「……というわけで、おっちゃんと戦うことになったから、さ」
「何がというわけ、なのか分からないんだが」
ははは、そうだよな。言ってないからな……えっと、アルトレイアさん、ちょっと怖いです。効果音で言うところのゴゴゴって感じで。
「……色々あってさ。おっちゃんに正体がバレて、で、何というかうん。実は、幻影の君を捨てんなら別にいいわって言われてはいたんだ」
アルトレイアは無言で耳を傾けている。
「けどそれじゃおっちゃんにとってもよくないなって思ってさ。だから、まあ」
「それで、何だ? 私が行かないでと縋りつけば止めてくれるのか?」
「そうだな。正直、それやられるとクラっと来るかもしれない」
軽口でもない。それ位に大切な存在だからこそ、こうして会いに来ているのだ。
「……どうにも。お前といると、私の中の女としての厭らしい部分が刺激されるような気がする」
アルトレイアは一つ、拳を俺の胸元にこつんと叩きつけた。
「帰って来なかったら私は一生独り身だな。なに、気にするな。元々色恋など大して興味はなかったしそういう人生の歩き方というのもあるだろう」
いや、気にするなと言われてもですね。絶対気にしろって意味で言ってますよね?
「だから、必ず帰って来てくれ。シオン」
アルトレイアは不意打ちで俺に口づけた。
※※※
「ねえ、シオン。僕と一緒に吟遊詩人やってみない? 夢か現か、聞いた者を幻影の虜にする演奏ってのも、中々にシャレが効いてると思うんだ」
リオンは何を言い出すまでも無く、そう切り出した。こいつめ。どこまで知っているのやら。
「それは無理だな。俺は、嫁たちの相手で手一杯だ。今日もこれから不始末で怒り狂った舅に挨拶回りして来なくちゃならなくてな」
「そっか。それは残念だね」
リオンは竪琴を一つ鳴らして、
「……死ぬなよ。イリューシオン」
軽快なメロディの中に隠して、告げた。
※※※
「……そうですか。エドヴァルドさんとシオンさんが」
「悪いな。折角、救い出したってのにこんなんばっかりでさ」
「いえ。幻影の君であれば、皆さんを笑顔にするために見えないところでずっと頑張っている。私は、お母様から……災厄の歌姫さまから。そう、伝え聞いていますから」
フィオレティシアは俺の手を握る。非力な手でも、それでも強く。強く。
「あなた様の無事を祈って。私は歌い続けます。どうか……この旋律を。悲しいものにしないよう、御慈悲を下さいませ」
※※※
「はーん……そうか。じゃあ行って来いよ」
スレイはあっさりとそう言ってのけた。
「お前さ……もうちょっと、いや、俺から要求すんのもあれだけど」
「殺しても死なねえようなのが何言ってやがんだ……どうせあの男のことも連れて帰ってくんだろ。その後のことを考えるだけで億劫だ。面倒が増えそうだしな」
おっちゃんに救われて、それでどうにかこうにか生きてきたスレイ。その恩義に報いてとかそういう面倒なことがあるんじゃないかって。下手すれば敵になるんじゃないかってそんな風にすら思っていた。
ところが、こいつの中では俺とおっちゃんはすっかり仲間であったらしい。
まあ、いいだろう。それを嘘にはしてやらない。
※※※
「いいですか? 確かに私が教えてきた魔法でシオンさんは格段に強くなりつつあると思いますけど。それでもまだまだです。くれぐれも油断してはなりません。何ですか。何でもうあの人と戦うことになっているんですか。このバカ弟子」
アイリシア師匠はいつもよりもいっそう厳しく、正座のままで俺はその言葉をありがたく拝聴する。
「……あ、れむ、もついて……く!」
アレムはたどたどしくも決意を表明する。しかし、
『止めておけアレム。今はお主も不安定な時期であるし、それがなくともまともに戦えばお主の正体も割れてしまう可能性もある。それは避けたい』
「……ゴーレム……」
おっちゃんの背後にある派閥がアイリシアの背後に控えている旧き支配者、吹雪く華のことを知った時どういう心づもりなのかは分からないが、場合によってはアレムが人質に取られてしまう可能性すらある。ブリジットの危険の可能性を少しでも上げてしまう行動は、その防衛を第一とするアレムとしてはどうあっても本能的に許容できない。
「……心配しなさんなって。俺は幻影の君だぜ」
「大概ボロボロな癖に説得力ありませんよ」
ごもっともだ。
「……必ず帰って来るんですよ。まだまだやることは、山積みなんですからね」
※※※
「そっか……エドヴァルド先生とシオンが」
むむむ、とアスタは難しい顔をしている。
「でもそうだよね。男同士、ケンカをして分かり合うことってあるよね。『お前中々やるじゃねえか』『お前もな!』みたいな」
「どうだろうな……お互いそういうタイプでもなさそうだけど」
「まあいっか。でも、うん。きっと仲良く出来るって信じてるから」
屈託のない笑みでアスタは背中を押した。
「頑張ってね、シオン」
※※※
「ただいま、マリア」
「……イリューシオン、様」
一人、寮の仕事をしていたマリアに話しかけると、マリアは襟を正して見つめ、腰を屈めて挨拶をしてくる。
その様は、クロードの部下で。俺のメイドで……何だか。既に記憶におぼろげな昔の仄暗い迷宮の底を思い出した。
「なんて、堅苦しくしなくたっていいけどさ」
「……イリューシオン様」
「……帰ったらさ。すげえ腹減ってると思うんだ。だから、うん。ちょっとしたご馳走とかさ。作って待っててほしい。頼めるかな?」
「…………はい! 私の腕によりをかけて作っちゃいます。えへへ。お腹が破裂してしまうお覚悟を」
「うん。それじゃ、頼んだ」
※※※
最後に。俺はクロードの部屋を訪れていた。
「もし仮に、貴方様が破れることがあっても御心配には及びません。万事滞りなく、彼女たちの、彼らの行く末に不安なきよう取り計らいます」
クロードは書類の角を揃えながら、そう冷淡に言った。
「そっか」
負ける気はないけどな。
けど、そうやって、いざという時の備えをこなしてくれているのなら、安心できる。誰もやりたがらないだろうそんな仕事を。だから、安心して、戦いに赴ける。
「……まあ、もし、イリューシオン様に危機が訪れた場合、乱入する準備も万全なのですがね? その時は、身勝手ながら助太刀させていただきます」
どこまで本気なのか。ぬいぐるみ姿のつぶらな瞳を光らせる。
コンコン。
そんな時、誰かがクロードの部屋を訪れてきた。俺が応対するとそこにいたのは、ミスティだった。
「……シオンさん」
「何だ? 一体どうして」
「……パパのことを、クロードさんに聞きたいと思いまして。知って、いるんですよね」
ミスティはクロードの方を見遣り、クロードも首肯する。
「ええ。そうですね。それもいいかもしれません。ゆっくりとお話ししましょう。そうして、あなたも幻影の君の戦いを、共有するのがいいでしょう」
「……行くんですね」
「ああ」
俺とミスティの影は交わる。
ミスティは、クロードから、実の両親の話を聞く決意をした。それは過ぎ去った過去でしかなく、嬉しかった思い出も、微笑ましい足跡も今では手に入らない嘆きにしかならないのかもしれない。それでも、ミスティは触れたいと願った。
ならば俺も、同じように。おっちゃんから全てを尋ねよう。




