幻影の君に愛の祝福を!
説明回です言い訳がましいですね
「なるほど。そのようなことが」
俺がクロードと別れた後の出来事。俺がファントムロードを失い、そしてファントムロードを取り戻すまでを語る。
「ご無事で何よりです。イリューシオン様」
イリューシオン・ハイディアルケンド。何だかんだでシオンって名前も愛着が出来ちまった。しかし、この名を呼んでくれる者がいること。それが何よりの喜びだ。
いや、マリアのことを忘れちゃいないぞ? 本当だぞ。
「それでクロード。聞きたいことがある」
「何でしょうか」
「……お前、俺のことに気付いていたんだよな。最初に。エドヴァルドのおっちゃんと戦ってた時に乱入した時からだ」
だからその手を止めた。
「エドヴァルド・W・サイファー……ですか」
「クロードの目からエドヴァルド・W・サイファーという男、どう見る?」
「そうですね。ステータスとしてはそれ程でもないのですが、彼の力で最も恐ろしいのは対応力の広さですね。加えて言えば、彼の戦力を推し量ることは出来ないので、予想外の反撃を食らう可能性もあります」
俺と同じように未知、というのがおっちゃんの強み、か……。
まあその辺りの考察は後にしようか。差し迫って脅威にはならないだろうし。
問題なのは、だ。クロードにとってもしてやられる可能性があるおっちゃんと戦闘を行うことを決めたってことだ。つまり、自棄になっちゃあいなかったか。
「それにだ。もう一度、クロードを訪ねた時、知らない振りをしただろう? それは一体、どういう了見だったんだ?」
「……もし」
クロードは溜息を吐き、続ける。
「もしも、イリューシオン様がこの幻影の迷宮のことを忘れているのであれば、それでいいと愚考しました。冒険者でなくとも、どこかで健やかに暮らしておられるのであればそれはそれでいいと……ただ、一目見ることが出来たのならそれに勝る幸福はなく、もはやいつ果てても構わない、と。そう思ってしまいました」
「クロード……」
主を失って、それでも戦い続け、しかしそれも限界で死んでしまいたいとすら思っていた。
全く……困った奴だ。
「クロードさまぁああああああ!!!!!」
「マリア・メルギタナス……」
俺の中からマリアが出て来た。
マリアとクロードの関係というのは色々と複雑で。照れているだとかそういう単純な感情だけでなく何となく顔を合わせづらく引きこもっていたが、でも我慢ならない、と現れ出て来た。
「マリア・メルギタナス……申し訳ありません。正直に言うと、あなたは逃げたのかと思っていました。そうであったとしても咎めるつもりはありませんでしたが、疑ってしまったのは事実。お詫びしましょう。そして、ありがとう。イリューシオン様を支えて下さって」
クロードは惜しむことも無く頭を下げる。
「そんな! 頭を上げてくださいクロード様! 私などまだまだ若輩者で至らぬことばかりで! ですから、その……えっと、これからもご指導ご鞭撻のほどを。お願いいたします」
「マリア……」
「クロード。呆けているところ悪いが、これからは忙しくしてもらうよ。ファントムロードを、その覇道を支えてもらうことになる。拒否は許さない。その身命を賭して尽くしてもらう」
「お二人とも…………分かりました。それではこれからも厳しく行きますから覚悟しておいてくださいね」
にやりと実にいい笑顔でクロードは微笑んでいた。
やべえ早まったか……何てちょっと思ったがまあ、何だ。俺達は誰からともなく笑い合った。
「さてそれじゃあ行くか」
言うまでもない。
俺がここまで来た目的。俺から全てを奪った者への復讐。全てを取り戻すために。
マリアはこくりと頷いた。クロードは……何かを考え込んでいるようだった。
まあいい。ついてきてくれるのであればそれで。さあとっとと終わらせてしまおうか。
戦いが終わったその後は……どうすればいいだろうな。あいつらと、気のいい攻略対象たちといっちょまえに青春でも送ってみるか。
そんな未来に思いを馳せながら、足を踏み出したその時である。
「……あれ?」
急激に力が抜けていくのを感じた。両手を見る。そこには無骨な魔法剣士の掌。
顔にも触れるが、ファントムロードの仮面はなく、ステータスを確認すると魔法剣士の状態に戻っていた。
再びクラスチェンジを試みる。
※支配領域外の為、ファントムロードを維持できません
何だと……?
「やはりそうなりましたか……」
クロードは溜息を吐きながら呟いた。
「どういうことだ?」
「ファントムロードへのクラスチェンジに成功したのであれば、そのクラスチェンジの条件も知っていますね?」
「……一つ以上の職業を取得すること、か」
そうなのだ。ファントムロードのクラスを取得した後で分かったことだがファントムロードのクラス取得条件が『幻影魔法を習得している』『一つ以上の職業を取得している』なのである。
「ファントムロードというのは実体のないクラスであり、ダンジョンの支配領域を広げることは出来ないのです」
ダンジョンマスターと戦うということはつまり、ダンジョンという一つの世界を相手取るということ。ダンジョンというのはダンジョンマスターの掌の上であり、身体の中のようなもので、異物を排除するための様々な障害が発生する。
「だが、ファントムロードへのクラスチェンジが出来ない、なんてそこまで制限できるものなのか?」
「そうですね。通常ならばそこまでの力はありません。ですが、ファントムロードというのはこの幻影の迷宮から発生した力であるが故に抵抗できないのです」
加えて、ファントムロードは実体のない幽霊のようなもので例えばファントムロードが踏破しようとマッピングが出来ない。これはファントムロードの居場所を悟られないメリットにもなり得るが、同時に足を踏み入れた実績が存在しないため支配領域を広げることも出来ないというデメリットにもなる。
「その為の複数のクラス、なのか」
「そうです。ダンジョンに対する支配領域というのはクラスを越えて蓄積されていくものですからファントムロード以外のクラスで支配領域を確保し、支配領域内でファントムロードは存在を確立できるのです」
ややこしいな。と言いたいところだがことは単純だ。
「つまり、俺は未だに真の迷宮の主足り得ない、ってことか」
「……そういうことになりますね。本来であれば成長と共にこの迷宮を踏み馴らしていくのが習わしなのですが」
それは叶わなかった。
「……なあ、クロード」
プレイヤ・デスは言った。ファントムロードは一人しか存在し得ない。
それはつまり、あの日。幻影魔法とHの二つ名の継承。ファントムロードを俺に譲り、そして……父さんはその力を失ったのではないか。
あまりにも、早過ぎたのではないか。
「……あの時はあれが最善手だったのです。準備万端と軍勢を整えていたバスティアに対し、我々の敗北は必至でした。もしも、あの時イリューシオン様にファントムロードを継承していなければ事態はもっと深刻なものとなっていたでしょう」
ファントムロードはこの世界に一人しか存在し得ない。
その言葉に嘘はなく、また逆に言えば世界に一人は存在してしまう。もしも、継承することなくファントムロードが息絶えた場合、その近くにいる者が幻影魔法を手中にすることが出来る。
それだけは避けねばならない事態だった。裏切り者に、バスティア・バートランスに誇りまでもを奪われるわけにはいかなかった。
「そう、か……」
そして、それで分かってしまった。父さんは、もういないのだと。
何だかんだで、どこかで。希望があったのかもしれない。クロードだって生きていたのだから父さんもどこかでひょっこりと顔を出すのではないか、と。
「なあ、クロード。バスティアが俺に気付いて出てくると思うか?」
「それは無いでしょうね」
自棄になってはいない。そんなことは許されない。前に進むために自らの状況を把握するのに努める。
「何故だ?」
「私がいるからです。私は古の誓約によりこのダンジョンへの攻撃が出来ません。業腹ではありますがそれは今、偽りの玉座に居座るバスティア・バートランスとて同様」
そうか。やはり今この幻影の迷宮のダンジョンマスターはあいつか。
「ですが私やイリューシオン様を攻撃したとあっては別。私は自衛のため、その攻撃者に対し自由に動くことが出来る様になります」
なるほど。バスティアにとってもクロードという存在は脅威であり、ようやく無力化できたのだからわざわざ藪を突いて起こすような迂闊な真似はしない、と。
「まああの女自身、幻影の迷宮を自分色に染め上げるために色々とバカな真似をしているようで迷宮の奥から身動きが出来ない、といった事情もあります」
ということは、それが完了してしまえばクロードの身も危うい、ということか?
「私のことはどうでもよろしいですが、それが済んでしまえば支配領域を取り戻すのも容易ではなくなるかと」
「……時間は限られている、か」
「お話は済んだ? 革命の時間は? ありぇ?」
「……何であなたがここにいるのですかプレイヤ・デス」
突然話に割り込んできたのは、そう。道化師の格好をした迷宮の主。プレイヤ・デスだった。
「うん? 何でと言われてもさぁボクは神出鬼没が売りだからねぇ。それにどうしてもって契約延長してきたのはシオンの方だよぉ?」
ぎろりとクロードは俺の方を睨む。
仕方がないんだ。親父たちに手を出させるわけにもいかなかったしそれにこいつの無駄に器用な空間魔法で出向いてきてくれるからそんな手間かからんし何より修行相手には好都合だった。
とはいえこいつの相手にも少々疲れていたところだった。
「なあプレイヤ・デス。一つ提案があるんだ。ここにはな。野心溢れた若い魂たちが集まってる。どいつも身の丈に合わねえ大望を抱き、死を恐れねえ奴らばっかりだ」
「へえ……それで?」
おっと、プレイヤ・デスが一気に身を乗り出してきた。
「そこでだよ。お前、この学園で訓練に付き合ってみる気はないか?」
「な! 何を言っているのですかイリューシオン様」
「あはは! そっかぁ! そいつはいいねぇ面白そう!」
「……プレイヤ・デス。あなた、暇も何ももてあましているのならご自分のダンジョンで学園でも何でも築けばいいのではないですか?」
「残念ながらそいつはノーサンキューだね。そういうひと手間ひと手間とかめんどくさいじゃん?」
クロードははぁ……と一つ溜息を吐いて、諦めた。
「クロード……お前はこれからどうする?」
「そうですね。私も地上に出ましょう」
「いいのか?」
「ええ。正直に言うとここに留まるよりも地上の方が色々と出来ることも多いですし、安全です」
ならば何故……と問おうとして、気付いた。
クロードにとって、もはや形だけであってもこのダンジョンは寄る辺だった。頼るべきものも頼られる者もいなくても、それでも傍にいる。
けれど、少しは俺はクロードの居場所になれたんだろか、とそう自惚れる。
「それでは行きましょうか」
そして、地上に出た瞬間のことであった。
もこもこ。もこもこ。
「さあ行きましょう」
「ちょっとまてぇえええええええええええええいいい!!!」
前方を歩くクロード……? に声を掛ける。
そこにいたのは申し訳程度の執事服を着たぬいぐるみチックな羊であった。もこもこだった。もう一度言います。もこもこだった。
「実を言うとこれも誓約の一つでして、ダンジョンを出るとこの姿に変わってしまうのです。まあ私の姿は知れ渡っているのでカモフラージュにはちょうどいいのですがね」
「えぇ……」
体を触ってみる。もこもこだ。やばいな。癖になりそう。 そしてさっきからマリアはうずうずしていた。撫でたい。けれど相手はクロード! という葛藤に苛まれているに違いない。
「でも、大丈夫なのか? 万が一正体が知られたら」
「ふっふっふ。大丈夫です。こう見えても戦闘力にそれほど変化はないのですよ!」
衝撃吸収の事実であった。
「さて、コネは生きていますかね。私はこれからとある場所に潜入してサポートさせていただきます」
「女子寮の管理人だろ?」
「よく知っていますね」
コイツ見たことあるなー……て思ったら『幻影の君に愛の祝福を』に出てくる女子寮の管理人なのである。どこから来たのか謎だったが正体はクロードだったのかよ。
「それではマリア。あなたは男子寮の管理人となってくれますか? イリューシオン様を間近で支えてほしいのです。私が出来ればいいのですがそれは規則上できないので」
「わ、分かりました。誠心誠意、お世話させていただきます」
そしてマリア・メルギタナスが男子寮の管理人であった。
舞台は整う。今すぐバスティア・バートランスのやつをぶっ倒せればよかったのだが今の俺では色々と足りない。
そう、バスティア・バートランス。血と華に彩られる悪役令嬢。あいつこそが、『幻影の君に愛の祝福を』における真のラスボスだった。
この世界が、どの程度までその運命に沿っているのかは不明だ。だが、俺は戦う。それがファントムロードの使命だ。
※※※
「そういえばクロード……何かファントムロードにクラスチェンジすると微妙に話し言葉とかおかしくなるんだが」
「あぁ……それは精神汚染ですね。ファントムロードに相応しい人格へと矯正されているのです。まあ歴代のファントムロードが通る道です。すぐに馴染みますよ」
へぇそうか……て精神汚染!? 馴染むっておい!
最後、この会話をいれる暇がなかったので強引に捻じ込んでみました(てへ)




