遠い忠義
「おっちゃんに正体がバレた」
夜が明けないうちに、クロードの元を訪れて、告げた。
「……怒んない?」
あれ? お叱りを受けるのではないかと内心戦々恐々としていたんだが。
「まあ、相手はあのエドヴァルド・W・サイファーですからね。いずれ、そのような時が来るのではないか、とは、予想していました」
「それで、何故イリューシオン様は五体満足でいるのですか?」
何だその質問文は。
何てね。おっちゃんが本気で俺を狙っていたのなら無傷でいられるわけがない。そもそも戦ってもいないしな。最初の銃弾はただの威嚇だ。
「……幻影の君を捨てれば見逃してくれるってさ」
悪い冗談だろう? なんて。軽口を叩くように言う。
呑めない条件をわざわざ突き付けて挑発しているのとは違う。おっちゃんは本気で、幻影の君でない俺を見逃す気でいるし、その時は寧ろ守ってくれる気でいるのだろう。おっちゃんとしてもギリギリの妥協点だ。しかしそれは俺にとって許し難い逆鱗だった。それだけの話だ。どうしようもない。
「別に構いませんよ」
だというのに、幻影の君の忠実なる臣下、クロード・ヴァンダレイムは言う。
「もしも、イリューシオン様がその気であるのならば。市井に紛れるのもいいでしょう。ちょうど、リオン・アルフィレド氏の様に。その時は、私とマリアも付き従います」
「……本気か? それとも試してるのか? クロード」
「いえ。滅相もございません」
クロードは目を逸らさず言いのけた。同時に、少し微笑んだ。
クロードもまた本気だった。幻影の君としての俺を望むのではない。一人の人として付き従うとそう言ってくれたのだ……まあ、人ではないんだが。
得難い忠臣を得ているありがたさを感じる。同時に
「……やっぱり試してるだろ」
「本当にそんなつもりはないのですがね」
クロードには幻影の君、旧き支配者の権威というものにあまり執着はなく、故に主の行く末を縛らない。期待されているからという言い訳を潰され、梯子を外されたような心地になった。
まあ、クロードの考えは最初から微塵も変わっていないんだろうけど。
「……クロード、俺は」
「今すぐ答えを出す必要はないでしょう……そう時間があるわけでもありませんが焦りは禁物です。答えを出すために考えるのではなく、考えていくうちに答えが導き出される。そういった答えの方が、健全です」
「……よく分からないな」
「そうですね……取り急ぎましては、もう報告も結構ですので、ミスティさんの傍にいてあげてください。既にミスティさんがイリューシオン様の傍から離れたというのであれば、話は別ですが」
ミスティは今、俺の部屋にいる。暫く一人にしてほしい、と言って、俺もクロードに相談すると言って部屋を出た。
逃げるようにして。お互いにそういう感情が無いと言えば嘘になるだろう。
「クロード……お前は、ミスティがユリウスの娘だってこと、知ってたのか?」
「いえ。直接会ったことはありませんので、さすがにそこまでは。ただ、ある程度の推察はしていましたがね」
「……そっか。ミスティが俺と結婚するかもしれなかった、とかいう話は?」
「……ハハハ。そうですね。あの時は、冗談交じりで本気で取り合ってもいなかったのですが。まあ、出会って、お互いに気に入ったのならばよいのではないか? などと。ディオクレス様とお話していました。それに……イリューシオン様を守り抜いてくれた部下を、私は誇りに思います」
「……そっか」
語るクロードの口調からはどこか温かみを感じて。遠い、在るかもしれなかった未来が垣間見えた様な気がして。
温かな滴が音もなく落ちた。




