悪戯心と夜の闇
ミスティが部屋の窓を器用に切り取っているのが見えた。
そしてそのまま鍵を開け、物音ひとつ立てずに俺の部屋に侵入しようとしている。
「はいこんばんは」
それに対して、背中から声をかけてやると、ビクリと可愛らしく震える。そしてそのままぎこちなくこちらを振り返る。
「……起きていたんですね」
指を鳴らして幻影魔法を止める。
またミスティがやって来るんじゃないかと思って、待ち構えていたのだ。サプライズだな。
「そんなに私と寝るのがいやでしたか」
「いや。そういうわけじゃないさ。もしもそうならわざわざこんな手間かけてたりしないし声も掛けないだろう? 単なる悪戯心さ。ミスティと一緒でな」
ミスティだって一緒に寝たいというだけなら声を掛ければいいのだ。
にもかかわらずこうして侵入しているのは、そう。驚かせてやろうという子供っぽい功名心があったからだ。
ミスティはいじけるようにして、そして顔を赤らめて恥じらっていた。さて、こっちの意地悪もこの辺りにしておこう。
「それと……一緒に夜空を眺めるのも悪くはないんじゃないかって。ただ、そんだけさ」
手を伸ばして、俺のいる屋根の上まで引っ張り上げる。
空の上を見上げると満天の星空。しかし、その煌きよりも、空を包む夜の闇。そちらの方が落ち着くような気がする、というのは性だろうか。
「ほら。クロードが淹れてくれた紅茶に焼き菓子もあるんだ」
「随分と準備がいいんですね。私が来なかったらどうするつもりだったんですか?」
「その時はまあ、寂しがっている乙女がいないってことだからな。幻影の君冥利に尽きるってもんだろう」
「なるほど……アルトレイアさん達にも言っておきますね」
「それはちょっと待ってほしいかな!」
いや、色々苦労かけてるのは分かってるからさ。
ミスティはしてやったりと笑顔を浮かべていた。やれやれこの悪戯っ子め。
「……まあなんていうか、あれだ。色々話したいこともあってさ。何だかんだで時間合わなかったし」
「話したいこと?」
俺はおっちゃんから聞いた話を聞かせた。とはいえ、聞きだせたことはそう多くはないんだが。
「……そうですか」
分からないことだらけだ。しかし、ミスティは捨てられたわけじゃない。きちんと両親から愛されていたし、だからこそおっちゃんの元に預けられた。おっちゃんのことも信じていたのだ。ミスティの親は。それだけは、伝えなければならないのではないかと思った。
「やっぱり、シオンさんは私のお父さんじゃないんですね」
そりゃあそうだ。おっちゃんと親しい仲であったみたいだし、それはあり得ない。ミスティも分かってはいたのだろうが、直にその可能性が潰れるというのはさすがに思うところがあるのだろう。声は、掛けないでおいた。
「しかし、何でお父さんはファントムロードを探しているんでしょう?」
「そこなんだよな」
父さんが無駄に恨みを買うとも思えないし、それにファントムロードを追いかけはじめた時期からして、ミスティとファントムロードには何かしらの繋がりがあったのは間違いない筈なんだが。
「……それにしても婚約者、ですか」
思考に沈んでいるとミスティの呟きが聞こえた。
まあ実際に会う前にご破算になったみたいだから、相手方もミスティのことを知らん、と、思うけど……。
「……シオンさん。もし、その……私が、それはイヤです。って言ったら、守ってくれますか?」
「ん? ああ、それはそうだ」
幻影の君は乙女の涙を見逃しはしない。もしもそれを乙女が望むのなら、きっと世界だって敵に回せるだろう。
「それは……娘として、ですか? 乙女としてですか?」
「ミスティ……?」
気付くと、ミスティの顔は間近に。胸に手を置いて、吐息がかかる。
「シオンさん、私は……」
俺は、その顔を見つめながら……まだミスティに話していないことを思い出していた。
『おっちゃんはさ。ミスティを利用して生きてんのさ。それは変わんない。だから、まあミスティが離れるってのは別にいいんだ。それが当然の成り行きってえ奴だろうさ』
言えなかったというのが正しい。話さない方がきっといいんだって。
けど、おっちゃんのことを忘れたままでいいのか? このまま、ミスティを、奪ってしまって。
その時だった。
「離れろ」
聞いたこともないほどに冷たい声が響いた。
「……っ!」
それと同時に飛び退いた。その瞬間、バン! と銃声が響き、紅茶の入っていたカップが割れた。
「……初めましてって、言うべきなのかね。幻影の君」
最後の攻略対象エドヴァルド・W・サイファーが、幻影の君を断罪した。




