ちょっとズルいと思う
ミスティとのイチャイチャ回
ミスティの母親が淫魔であるという情報を元に、俺達は独自に調査を進めていた。
そもそも人間と魔族が世帯を持つということ自体、常識に照らし合わせれば考えられないことである。そもそも闇属性に対する風当たりは強い。闇属性の魔法の習得条件を満たすと取得できない職業も存在する。これは俺の前世での価値観で一見すると差別的だと思いがちだが、調べていくうちに上手く解消できない側面も理解できてきた。
闇属性の魔法を習得可能と言うことは、魔族、迷宮の主たちと何らかの関係があるということだからだ。それは血縁に限った話ではない。例えば――力と引き換えに従属することを条件に。こういった繋がりでも習得条件に合致する。むしろこちらの方が厄介だ。
そのような風潮が広まった一つの逸話がある。昔、あるところに、とても厚い忠義を持った一人の騎士がいたという。その騎士は、ある日、絶望的とも言える魔族の襲撃を受け、しかし、部下のすべてを失いながらも帰還する。王は騎士を労い、姿を見せる。その時である。騎士は突然、王を斬り殺した。
騎士は呪いを受けていた。
――生きたい。生きねばならない。未だ自らの忠義の剣は折れていないと。
悪魔は言った。
――ほう。ならば生かしてやろう。ただし我と契約を交わせ。
その契約とは、隙あらば自らの仕える君主の命を奪うようにする狂化の呪い。その契約は交わされた時点で騎士の記憶から消し去られ、回避することも出来なかった。
悪魔は嗤い、男は絶望した。何故、甘言に耳を貸したのかと。
魔に身を堕とした者を重用してはならない。
それが騎士の最期の言葉であり、その場で自らの首を斬り落とした。
なんというか凄まじい。高潔……というのは悪魔に命乞いした時点でかけていい言葉であるのか。
これを見習えと言うのも酷な話ではあるが、理屈が存在する以上、安易に否定することは出来ない。
話が逸れた。とにかく、ミスティの両親も例外ではなく、そういった人目を避けた生活を送ってきた可能性が高く、それらしい手がかりが出てこない。とっかかりがあるとすれば……幻影の迷宮だ。
この学園には、卒業を待たず退学、というだけでなく、少なくない数が行方不明扱いで籍を消している。その中には、もちろん迷宮の中で人知れず息絶えた数も含まれているだろうが、幻影の迷宮に身を寄せて鞍替えをしたという人間もいるのだ。
恐らくミスティの両親のように。魔と人が結ばれる禁断を、しかし悪役は祝福したのだろう。父さんは、そういう人だった。
というわけで俺は、俺達は手分けしてこの学園に過去に在籍していた人間の足跡を辿っている。目に見えた行方不明者のリストだけでなく、その人物が辿っていた足跡に不審なものはないか……例えば何かを隠しているような報告であったり、不可解な行動であったりいわば歴史の検証だ。
ミスティの出生も鑑みて二十年ほど前、と見切りをつけてはいるが、疑いだすならばキリが無く、難航している。
「あ~……」
学園の事務局から借りた名簿を放りだして、目を擦りながら机に倒れ込み、バタバタする。
「大丈夫ですか、シオンさん」
隣に座っていたミスティも同じように見ていた名簿を下ろし、こっちを見る。
「ちょっと休憩しようぜ」
「そうですね」
んーっとミスティも肘を伸ばす。
リオンは町に聞きこみに行ったり、フィオレティシアには入手の難しい資料を回してもらえないか手を回してもらったり、アルトレイアは集まった情報を精査したり、俺達はそれぞれ手分けしてその手がかりを探していた。
俺達は寮で名簿や何やらの一次資料から必要そうな情報のピックアップだ。これは比較的単純な作業でもあるし、二人きりでやるような仕事でもないんだが……気を遣われているんだろうか。遣われてるんだろうなぁ。明言はさすがにしてないけど皆、妙に生温かいような気がした。
「シオンさん、肩凝ってますか」
「ん? ん、ちょっとな……と言いたいところだけど俺もまだまだ若いからな。そんな年取ったみたいな……」
「凝ってるんですよね」
おっと、食い気味で割り込まれた。
「仕方ありませんね。可愛い娘が肩を揉んであげましょう」
娘て。いい加減諦めてほしいんだけどな……口には出さないけどな。甘いかな。
「どうですか?」
「あぁ~……気持ちいい……」
人に肩揉まれるって初めてか? 何だこれ。溶ける。溶けるねこれは……
「……なあミスティ」
「何ですか。もっと強くした方がいいですか」
「んーいやいや初めてとは思えないくらい上手だからさ。それはいいんだ」
「失礼ですね。シオンさんが初めてです…………パパ」
最後は凄く小さくて、多分、伝えようとして言ったんじゃないんだろうって、そう思ったから聞こえないふりをすることにした。
て、そうじゃないんだ。うん。
「なあミスティ……エナジードレインしてない?」
「あれ? バレてしまいましたか」
「分からいでか」
「くす、すみません」
ぺろっと紅い舌を出して、悪戯がバレた子供みたいに無邪気な表情を見せた。
「……怒りましたか?」
そして今度は心底不安そうな表情を見せるのだ。
「……シオンさん?」
「なんていうか……ズルいと思う」
「えぇ?」
ちょっと力み失くしてハハハ、て苦笑した。
「シオンさんと一緒にいると、安心するんです」
ミスティは静かに語り始めて、暫し、周囲から音が消えて、ミスティの言葉だけが響く。
「欠けてしまった何かが……私自身が、欠けていたと今まで知らなかった何かが、埋まっていくような。これは、親子だからですか?」
そんなわけはない、と言いたくなかった。
俺も感じている。欠けていた何かが埋まっていく感覚が。多分、ミスティが今、感じているものが。俺は……
「やっほー」
その時、能天気な声が響いて、身体をびくりと震わせる。
「……ありゃ、邪魔しちゃったかしら?」
エドヴァルドのおっちゃんだった。
「ええ、邪魔でした」
「たはは、相変わらず手厳しいわねうちの娘は」
(シオンさん、資料は私が持って行きますから)
ミスティが耳打ちして、机の上に置いていた資料を抱えて、おっちゃんを横切る。
おっちゃんは特に勘付いた様子もなく、んーと頭を掻いて、溜息を吐いた。
「おっちゃん今日は早いな。何かあったか?」
「んーそうね。ちょいと面倒な仕事抱えててね……で、いい機会だから聞いときたいんだけどさ」
おっちゃんは酒瓶を物色して、ゴトンと俺とおっちゃんの中央に置いた。
「シオン……お前さん、ファントムロードだったりしない?」




