サーカスとマジック
次回説明と言ったなあれは嘘だ!
すみません
そして、迷宮から出て来た魔物を叩くために準備を進めていた親父たちの元へ、出て行く前に何とか間に合った。
「リリエット! 無事だったか」
「お父さん、シオンが、シオンが」
「シオンか? あいつはもう家だよ。お前の方が迷子だ……たく」
よかった、と二人の様子を俺を含めた周囲は安堵しながら見ていた。
「……それで、あんたは?」
ぎろり、と親父は剣を片手に俺を見つめてきた。
その目は本気だった。本気の、敵対者に向ける父親の顔だった。
「私は……あなた達の味方ですよ?」
少し考えた末に言う。
「それを信用しろってか? 俺たちゃあんたのことなんざ何も知らんわけだぜ」
「さて、私が何者かというのはそれほど重要な問題でしょうか? そんなことに拘うよりも手を携える方が賢明だと、そうは思いませんか?」
「……ここで言い合ってても埒が明かねえ、か」
親父は盛大に、これ見よがしに溜息を吐きながら、くるりと背中を向ける。
「それじゃあリリエット。戦場に向かう私に勝利の祈りを捧げてくれるかな? 私はそれだけで万の軍勢すら退ける勇気を得ることが出来るだろう」
「ばーか! ばーか!」
「おうこら人の娘口説いてんじゃねえぞこら」
そんなつもりはなかったんだが……流石に罵倒されるとモチベーションが下がるな。
照れているのかな? 顔が紅いし。そういうことにして、精神の調子を保つことにしよう。
さて、村を出て半刻ほどだろうか。少し遠くの地平線に、派手な色彩の軍勢が見えてきた。
とりあえず……おい! 象がいるぞ象が。それだけでなくライオンや先程見たピエロ。なるほど。サーカス団、か。
「あいっかわらずふざけてやがるな。あの迷宮の住人どもは……」
親父がそう呟くと集まった男たちもうんうん、と頷く。
道化の迷宮。ふざけた命知らずの連中が集まるその迷宮は、見かけはまるでサーカスの天幕で。万華鏡の様に広がる捻じ曲がった異次元へと冒険者を誘い、まるでアトラクションのように性質の悪い罠と、一階層目からラスボスが現れるような狂ったエンカウントでもって襲う。
そこにいる魔物たちは、命のやり取りを遊びの様に誘い、狂気に満ちた戦いを冒険者に仕掛ける。
身も蓋もなく言ってしまえば割に合わないため、知識のある冒険者ならば立ち入らないそんな迷宮。
とはいえ、そんなもんに付き合ってやる義理はないな。
準備は万全に。勝負というのは須らく、始まる前から決まっている。
(バレないもんだな……)
先程から口数少なく、詠唱という詠唱を繰り返し、俺の周囲にファイヤーボールを展開する。俺の合図を待ち、ふわりふわりと浮かぶその様はまるでオープニングセレモニーの様だと苦笑する。
勿論、周囲にこんなものを展開していることを俺以外の者は知らない。
火の玉の揺らぎは幻影魔法のスイッチ。それを目撃したものは幻影魔法の虜となり、その炎を目撃したことすらも忘れる。
とはいえ一発一発の威力がしょぼいのがどうにかならないかな。
ま、一万発もあれば十分だろう。
周囲の男たちは物陰に隠れていく。好都合だな。俺は、臆することなく全身を続ける。
「おい!」
親父は流石に俺を引き留めた。とはいえ、それ以上の言葉が続く前に、全ては終わった。
爆音が轟き、全てを燃やし尽くさんと動くのを、水属性と風属性の魔力玉で止める。
衝撃まで誤魔化すと寧ろ危ないかな、と。全てが終わった後の爆風で、全てが終わったことを物語る。
「……お前、何者だ」
乾いた声で親父は問いかける。
「ふむ、乙女に名乗るのであれば、躊躇はしないのだが」
困った、実に困った、と顎に手を添えながら、笑う。マスクから覗く口元で、俺が笑っているのは分かったようで、親父はこの野郎、と漏らすのに留めた。
パチパチパチ。
そこで、場違いな音がした。爆ぜる音ではなく、弾く音。拍手だった。
「いやぁ流石だねぇ」
そこには、傷一つなく現れた一人の男がいた。ピエロの装束に身を包み、濃紫色の髪に黒い瞳。派手なメイクが施された、面長の色男だった。
(どこから現れた……?)
さっきまで気配を全く感じなかった。気配を消す、などと。そんな器用なことをこの異様な雰囲気な男が出来るとは思えない。
突然。不条理に。理不尽に。現れたのだとそうとしか思えない。
「……」
男は黙ったまま、俺をじろじろと見た。
「……いいのかい?」
男の方がむしろ解せぬ、と声を掛けてくる。
「話をしたいんだよボクは。キミと。で、いいのかい?」
指を鳴らす。周囲には、最早この目の前の男の姿は認識されていない。
男は、俺を満足そうに見つめる。
(こいつは……俺の正体を知っている……?)
その上で、会話をしようとそう提案してきた。これから話すのは、それを前提とし、つまりは人に知られてはならない会話だと。
「久しぶりだねファントムロード」
そして、いとも簡単に俺の正体を口にした。
「……お前は、一体、何者だ」
「うー……んー……? 例えば、だよ。ファントムロード。たとえボクのことを知らないとしても、その正体を勘付いてもいいんじゃないか、と。ボクはそう考えるんだけど。どうかな?」
「……道化の迷宮の、ダンジョンマスター……!」
ご明察、とぺこりと腰を曲げ、頭を下げる。
「いやはや。しかし驚いたよファントムロード。君がここにいるということは、幻影の迷宮に何かあったのかな?」
「答える義理はないな」
「これは単なる好奇心の質問だよ。計算とかそういうのは苦手だからねぇ例えばこれを好機と幻影の迷宮に攻め入るとか、そんな気は毛頭ない」
「ならばなおさらだ」
そんなもんで、俺の事情に土足で足を踏み入れるんじゃねえ。
「ま、いっか。それより楽しかったよ久しぶりに」
まるで世間話の様に言う。ダンジョンから出て来た魔物どもに、死んでいったやつらに向かって。楽しかったと。敵に向かって言うことか。
「んー……? ヤだなぁ。勝つか負けるか分からないっていうのは、いつ死ぬか一寸先は闇。不条理と理不尽に満ちているのが世の常ってやつだよ。こんなところでダンジョンマスターの一角に出くわす、なんて超レアイベントを体験できるなんて、運が良すぎて羨ましいくらいさ」
「……理解できないな」
「だろうねぇ。ま、ファントムロードも人のこと言えないと思うけどね」
ダンジョンってのは定期的にダンジョン外から生命を取り込まねばならない。その為に必要に迫られて出て来たのかと思ってたが、何のことはない。道化の迷宮ってのは最初から狂っていたらしい。
「改めまして幻影の君ファントムロード。ボクは王冠の道化プレイヤ・デス。ま、正直なところを言っちゃえばだーれもボクのことを迷宮の主、なんて認めてはいないけどね。ミンナ好き勝手やってる。ボクはそんなミンナがダーイ好きだ」
こいつを倒しても何も変わらねえってことか。とはいえ、叩いておかなきゃまたいつ悪さをしでかすかもしれん。
しかし、さっきから何だ? この異様な雰囲気は。『幻影の君に愛の祝福を』に登場はしなかったものの、ダンジョンマスターってのはそれぞれファントムロードに匹敵するレベルのチートぞろいの筈。なのに
「強さを感じない、かな?」
笑いだしそうな笑顔で、プレイヤ・デスは言う。
「どうしてもっていうならステータスを見て見なよ。それではっきりするはずさ。使えるんだろう? 戦況分析」
名前:プレイヤ・デス
年齢:???
職業:クラウンクラウン
レベル0
成長傾向
STR:- VIT:- AGL:- DEX:- INT:- MEN:- LUC:-
ステータス
HP:0
MP:0
腕力:0
耐力:0
素早さ:0
器用さ:0
魔法威力:0
魔法耐性:0
幸運値:0
習得魔法
空間魔法S 道化魔法:-
習得スキル
戦理眼:? 道化の栄光:-
レベル……0!? 何だ、こいつ……。
「まあそうだねえ。敵に回すと厄介で。味方に回すと何の役にも立たないってのがボク達の評価さ」
いやな評価だな。
「ま、ボクとしてもディオクレスよりも長生きするとはさすがに思わなかったよ」
さらっと言い放ったその言葉に、俺は思わず憤る。
「……何故……!」
「知っているのかって? ファントムロードっていうのは世界に一人しか存在できないんだよ。君がファントムロードとして存在しているってことは、つまりはそういうことさ」
そんなことも知らなかったのか? と殴られた様な心地だった。
無論、目の前の道化師はそんなことはしない。そんなことはしないからこそ、この目の前の道化師はどこまでも癪に障る。
「それで? ファントムロード。キミは何故ボクたちの前に立ちはだかるのかな?」
「何故って……」
「例えばボクを倒したところで得るものはないよ? キミがどうしてここにいるのかってのは知らないけど。キミの居場所は間違いなく幻影の迷宮さ。なら、例えばそこにいる人間たちがどうなったところで、どうでもいいことじゃないかい?」
「……お前には分からないだろうな」
俺の心のどこかで、道化師の言葉に頷きかけた部分があった。
だが、それに屈するわけにはいかない。俺は、今度こそ守りたい。その為には、こんなところで妥協などするわけにはいかないのだ。
「へぇ……なるほどねぇ。つまり、キミはこれから何もかもを変えるための戦いを始めるんだね。飽くことなく、貪欲に。世界を無茶苦茶にして」
「それがどうかしたか」
「興味湧いてきた。提案なんだけどさ。もしも、キミがボクの相手をしてくれるってんなら、人間たちには手を出さない。これでどうかな?」
「……今すぐ君を倒したっていいんだけれど?」
「それ本気で言ってるのかい?」
黙る。こいつの能力は未知数だが、仮にもダンジョンマスターと生死を懸けて戦って無事で済むとは思えない。
なら、俺の修行にもなる上に村を守ることにもなるこの提案に乗ることはこちらとしても一石二鳥だ。
「ならこちらも条件をつけよう。人間というのは想像力が豊かでね。安全だということを示さねばならないと疑心暗鬼のまま、突かなくていい蜂の巣まで突きに行ってしまう」
「へぇ幻影の君が言うと説得力があるね」
「そこで、芝居に付き合ってもらおう。何、やられる必要は無い。ただ、突如現れた私の前に敗走し、暫くはダンジョンに引きこもる。そういう筋書きだ」
「ハハハ! なるほど! 芝居か。いいだろう。魔術と道化の共演を。人間たちに精一杯披露してあげよう」
それから。突如現れた謎の勇者。彼によって撃退されたプレイア・デス。
脚色を加えながらも、伝えられるその物語が、口伝えられるようになるのはまた別の話。
そして、また別の話だ。
「これが、書類、か」
「俺のサインが必要な所は俺が書いておいたが、後はお前が書いとけよ」
眺める。そうだ。ここが俺のスタート地点だ。
「……リリ姉……」
そしてそこにリリエットが現れる。
何を言えばいいのか、口を開く前に
「ふふん! 私もその学園に入ることにしたから!」
「は? いや、ちょっとまて俺を追うってんなら危険だからやめ……」
「は? そんなわけないじゃない。ふふん。私は空間魔法の才能があるらしくてね。もう推薦入学よ。とはいえ実技試験は受けなきゃならないみたいだけどね」
えぇー……
「と、いうわけで頑張りなさいよこっから。バカ弟」
「……わあったよ。リリ姉」
全く、いつの間に。
どうやら、俺はリリエットの背中を追いかけなきゃならないらしい。
※※※
「リリエット……こんなことお前に頼める義理じゃないかもしれんが。頼む。あいつのこと、ちゃんと見てやってくれ」
「ふん、分かってるわよ。あいつ、何かどっか行っちゃいそうだもん。どっか行くとしても、私に何の断りも無く、なんてそんなの絶対許さないから」
これにて過去編は終了
プレイア・デスはまあ本編に関わらないどうでもいい人なので大した出番はもうありません
次回、クロードとシオンの止まっていた時が動き出し、物語も本格始動です(予定)




