夢と幻影
翌朝、目が覚めた俺は妙な寝苦しさをまず覚えていた。胸元を抑えられ、首元に何かが突っ込んできていて、呼吸が上手く出来ない。
目線を下に向けると、そこには俺に抱きついているミスティの姿が!
いや、待ってほしい。ここまで密着はさすがにしてなかったじゃないか、なあ?
「ん、えへへ」
などというまもなくミスティは何故か俺の顎に頬ずりし出した。なにゆえ?
「じょりじょり~」
楽しげに頬を寄せる。そうか、髭か。髭のちくちくするのが楽しいのか。
(ミスティの本当の父さんは、寝る時いっつもこうして抱き寄せて、無精髭の肌を擦り合わせたりしたん、だろうか)
そういう小さい頃の|幻影(思い出)の中に、今、ミスティは身を沈めているのだろうか。
ギュッと背中に手を回した。これくらいは大丈夫だろう。
何が大丈夫なのだろうな。果たして俺はミスティを夢に沈めたままでいたいのか、あるいはその幻影に俺の幻影を紛れ込ませようとしているのか、今一つ分からない。
「……ん~……?」
ミスティが瞼を擦り合わせる。普段の一歩引いて大人びた様な印象は今遠く、どこまでもあどけない仕草だった。
「おはよう、ミスティ」
「……パパ」
すぅっとまた寝息を立てる。朝ですよ~。
「おーい、起きようか。ほら、朝飯食ってさ」
「んーんー」
寝ぼけてるのか億劫そうにいやいやと首を振る。何て聞き分けのない子だ…………可愛いじゃないか! 父性ってこういうモノなのかって思っちゃうだろうが!
「ん…………ハッ!?」
しかし、次の瞬間、がばっと跳ね起きた。そのまますごい勢いでベッドから後ろ手に飛び退き、腰を思いっきりぶつけて完璧に眠りから覚めた様だった。
「……あーえっとな。ミスティ」
「…………け、今朝のことは忘れてください」
「いや、忘れて下さいと言われても」
「わ、私は、一人で起きれますから。今日は、その、たまたまで。別に、その」
最後まで言い終わらず、ミスティは窓ガラスを派手に割り脱出をする。
「ミスティ!?」
動揺している中で怪我などしていないか心配で様子を見たが、しかし、問題なく壁を伝い屋根に上り、女子寮へと帰って行った。
「……まあ、ひとまずよかったか。そこは」
さて、窓ガラスの掃除でもしますかね。
※※※
そして昼、アイリシアに呼び出しを喰らった俺は研究室に向かう。
「あれ、いない?」
研究室の扉は開いていた。不用心だな、と一瞬思ったが、中を覗いてそれは杞憂と知った。
アレム。ダンジョンマスターの守護者がついているのであれば並大抵の侵入者では体を為さないだろう。
「アレム、久しぶり……て言うのも変な話だけどな」
出迎えたアレムの頭のあたりを撫でてみる。その身体には傷一つなく修復され、内部の光が滞りなく反射され、煌いている。大きさも元通りになっているから、背伸びするようになってしまっているのは少々アレだな。
「不自由な思いさせて悪かったな」
「ゴーレム?」
「アレムがブリジットの元でどういう風に過ごしてたのかは分からないが、多分、アレムは聞き分けのいい、いい子なんだろうなのは分かる。けどさ。親……って言っていいんだろうな、ブリジットから離れて、色々やってみるってのはいい経験なんじゃないかって思うんだ。何て……アレムを返してやれない言い訳みたいなもんだけど」
「ゴーレム……」
アレムが俺の方をポンポンと叩く。
ドスンドスンと圧が物凄かったり、グキリと変な音がした気がするのは多分気のせい。
「ゴーレム!?」
言葉は通じなくても、アレムが戸惑って、申し訳なさそうに縮こまってるのが分かる。
そしてそれは、幻影の君として見過ごしておくことは出来ないのだ。
「少しずつでいい。アレムにやりたいことが出来たら、俺はそれを受け止めるし力を貸す。
余計なおせっかいで空回りでしかないかもしれんが、まあそれならそれでいいさ。泣いている乙女がいなかったってことだろうし……しかし、アレムの声を聴いてやることが出来ないって不便だな。ブリジットを伝ってじゃなくて、直接、その声を聞いてやりたいってそう思う。そのことに意味があるんだってことを、アレムにも感じてほしい」
「ゴーレム……?」
そういえばブリジットが声をかけてこないな。聞き耳をたてられているのであればあまりいい気分でもないが、口出ししないのならそれでいいか。
「おや、シオンさん。来ていたんですね」
と、入り口からアイリシア師匠の声が聞こえてきた。
「て、ミスティ?」
「こんにちは。シオンさん」
今朝のことを少しは気にしているのか多少顔を赤らめながらも、凛とした声で挨拶をした。
うん。ミスティがそういう態度であるのなら、こちらもきっぱりと忘れるとしよう。そして、ミスティが態度を改めたら思い出して迎え入れよう。
「で、どうしたんだ二人して」
「今日の修行はミスティさんにも協力してもらおうと思いまして、一緒にご飯を食べに行ったりしていたんです」
ほう。それはまた仲のいいことで何よりだ。
「と、いうわけで訓練場も予約しておいたので早く向かいましょう……アレムさん。留守番、よろしくお願いしますね」
アイリシア師匠とミスティに連れられ、俺も研究室を後にするのだった。
ゴー……リェ………m




