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蒼い魔法が融けるとき

アイリシア視点です

気紛れに設定を語るお時間

「静寂にして清浄な氷の世界の住人よ。我が意に従いてその身を分かち、再び咲き誇れ」


 研究室に籠った私は、さっそくアレムさんの身体の再構築の準備に入りました。


 しかし、これが私の想定以上に困難を極めました。アレムさんの身体を構築する氷魔法、これを元の身体と一体化するように定着させなければなりません。


 それを為すためには、アレムさんの身体全ての構築を網羅するように、そして、同時に、アレムさんの核、言うなれば魂に触れるように。それを細胞一つ一つを紡ぐかのように途方もない体感時間こなさなければなりません。


「ふぅ……」


 そしてようやく、終わります。月明かりに照らされた氷の結晶は、きらりとその内部に反射します。


 私の力に自信が無いわけではありませんが、アレムさんの身体と、それに魂を構築した魔法術式、その完成度には脱帽するほかありません。果たして、これで修復できたのか、といささか疑問すら残るほどに。


『いや、お主はよくやっておるとも。普通であればこれがどれだけ困難であることかも気付かんでも無理はない。というかその身で触れたのであれば分かるであろうが、もう少し大雑把な対処でも問題はなかったぞ? アレムが自らの力で消化して直すだけじゃ』


「それではつまらないですしね。私の力を試してみたいとも少し思いました」


『言いよるわ』


 けらけらと笑い声が聞こえます。実際、それはアレムさんに負担の大きい方法だというのも分かっていますしね。


「大丈夫ですか? アレムさん、何か違和感があれば遠慮なく言ってください」


「ゴーレム」


 とは言っても何を言っているのか言葉で理解することも出来ませんが。


 ただ……不思議な感覚ですね。言葉と言うか概念で、何を言いたいのか伝わってくるような。


 アレムさんは、本当に大丈夫である、と。頷いているのが分かります。


『アレムは妾の作った実の娘のような存在じゃ。であるから、アレムを形作る魂の動きというものは妾には手に取るようにわかる。妾の蒼眼を引き継いだお主にもそれが完璧では無くともある程度は分かるようになっておるのであろう。いわば姉妹、のようなものじゃの』


「母親気取りですか」


 ブリジット・B・B・バリアリス。吹雪く華。旧き支配者。彼女に聞かなければならないこと。それは山のようでした。


 しかし、全てを問うわけにもいかないのでしょう。それは、直接顔を合わせて尋ねなければならないことでしょうから。私は未だその地点には届いていない。


『旧き支配者。我らがどうやって生まれ、その起源とはどこにあるのか妾とて知らぬ。知っている者はおらぬだろう。


 で、あるが何故か最初からあったのじゃ。『人を導かねばならぬ』という感情、いや、本能がな』


「……本能?」


『そうじゃな。この世界に創造主と呼ぶべき存在がいるのであれば、恐らく我らをそう形作ったのであろうよ。とにかく、我らは世界をいくつかの領分に分けて支配した。

 その中途で、人に近いがそれよりも力が強く異質な存在……今では魔族や亜人などと呼ばれる存在がいることも知った。この国にもいるであろう? アイルーン王家もそれに当たる。

 我らは当然の理として、力あるそれらを手厚く迎え入れた。今でいう貴族階級といえるかの。その頃の名残とも言えるが、彼らは往々にしてクロード・ヴァンダレイムやバスティア・バートランスのようにプライドは高い傾向にある。

 そしてある程度、世界がそれぞれの国として成熟し、発展を遂げていったときに……我らの中に在った筈の本能が消え失せていることに気付いた。そうとなれば、まあそれぞれ自由に動くのは必定であった』


「それも、存在するかもしれない創造主の思惑のうちであったのかもしれない、と考えなかったのですか?」


『む? ふふ、そうかもしれんな。だからといって人にとっての良き支配者であり続けることなどやはり出来なかったであろうしな。ついでに言ってしまえば『旧き支配者の打倒』を掲げる冒険者の指向……これも何かの思惑に乗せられているようにも思えるが、これを人に警告してやる気もまた無い。あぁ、そういえば、『やはり飼い馴らされた家畜に俺を倒すことなど出来んか。野生に帰れば少しはマシになるか?』などと言った奴もいたな』


 少しだけその声に微笑みの感情を、遠い過去を懐かしむようにその声は響きます。


『幻影の君は我らの中ではマシであったよ。人の可能性と言うのを本気で信じていた。その口ぶりや仕草はさながら詐欺師の様であったが、愉快で、どこか気持ちのいい者だった。それぞれバラバラに迷宮に籠る我らに頻繁に会いに来たりなどして、繋がりを絶やさなかったのはアレのいたお蔭であろう。妾にも社交辞令か本気かは分からんが口説き文句を並べたりしてのう。誰も口にはせなんだが……もし、我らの中で盟主を担ぎ上げるのであれば、きっとアレが選ばれたことだろう』


 気付いたのは、彼女がこのように語ったのは私に知識を授けようとしたのではなかったのだということ。


 これは、思い出。ただ、昔のことを誰かに話したいというそんな他愛もない感傷。その相手に私が選ばれたというだけ。親と言うか祖母というか、子ども扱いとまではいかないまでも対等でないからこそ漏れた施し。シオンさんにはまだ語るべくでないと判断したその代わり。


「私が初めてではないのですよね? 『蒼眼の魔女』の力を分け与えたのは」


『む? そうじゃな』


「……どうして蒼眼の魔女はいなくなったのですか?」


 まだ昔話をする気があるのなら、私はそれに乗りましょう。


 蒼眼の魔女――歴史に幾度となく突然と姿を現した『吹雪く華』の代行者。彼女たちがブリジットの元に辿り着くことなくその生を終えたのは、何も寿命の問題と言うだけではないと調べていくうちに至りました。


 というのもどうやら歴代の蒼眼の魔女は全員ではありませんが、突然行方不明になって消息を絶っているケースが多く、またその前後には髪と瞳の色が元に戻っているという証言がありました。


 蒼眼の魔女の末路……一番に思い当たるのは、ブリジットが彼女たちに与えた力を取り上げた可能性。しかし、腑に落ちないのはブリジットが自分に辿り着く彼女たちを恐れて脅威を排除したなどと言うのは想像が出来ない点です。では、何の為に?


『なるほど。そこまで調べていたのは褒めてもよい。が、少しばかり視野が狭いのう。例えばじゃ、その時期に前後して、一緒にパーティを組んでいた戦士も共に行方不明になっておらなかったか? どこぞの王子が突然どこの誰とも知れぬ娘を妃に取ったりはしなかったか?』


「……何が言いたいんです?」


 困惑した私に対して、ブリジットは堪えきれないという風にクスクスと笑います。何なんですかこの人。ちょっとイライラします。


『つまりじゃのう。妾が彼女たちから蒼き瞳を取り上げたのは至極簡単。それが、『女』として生きるのに不要であったからに過ぎん』


 女として生き……はっ!


「でも、それを彼女たちは望んだのですか?」


『それはお主とて分かっておるのではないか?』


 魔法使いとは、神秘の探求者。それは人の営みとは真逆の暗く冷たい世界。人としての幸せと、それはどうしても矛盾する。だから、私は兄さんとの接触を絶った。そうしなければ、私は蒼眼の魔女でいられないと思ったから。


 その直感は正しいと。吹雪く華は述べたのです。


「では……」


 私は、今、その資格はあるのでしょうか?


 私は、シオンさんを好きだと思ってしまっています。兄さんの偽りの愛情の先にあって、いつの間にか芽生えてしまった想いが。それは……でも、だからといって、もう捨てられなくて。


『……泣くでない、アイリシア』


 泣いている? 私は。俯いた目線の先にあったのは水滴。目尻に触れると確かに、水滴が、ボロボロと。私は、泣いている? シオンさんと離れたくないって。そんな風に


『あー……言っておくがの。妾は別に、それで蒼眼の魔女の資格を失ったとは思ってはおらぬぞ?』


「は? いえ、だって、蒼眼の魔女たちはそうやって……」


『確かにの。じゃがそれは、人として人と共に生きる為。お主は違うであろう? 妾と同じ旧き支配者の宿命を背負った者と共に生きる為に、蒼眼の魔女の力を、苦しみを、栄誉を捨てられるわけもない。寧ろそれらを利用してでも、その隣に立ちたい。違うか?』


「……」


 そう、だったのですね。私にとってシオンさんは……


『……もし、お主が兄のアスタを選び、アスタもそれを受け入れたのであれば妾は、お主の蒼き瞳を取り上げていたよ。それをしないでいいように、シオン、いや、イリューシオンの肩を持ったりしてしまったがの』


 蒼眼の魔女わたしを受け入れてくれる、唯一の相手だった。


『まあ正直お主のことは気に入っておったしのう……そうじゃのう。兄との間に子供をもうけるような機会でもあったなら、その子供にも蒼眼の魔女の加護を与えておったやも知れぬな』


「何ですかそれは」


 そんな、今はもう有り得ない未来を、私達は笑ったのでした。


まだまだ夜は続きます

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