換装武芸師は救われない
おっちゃんとの微妙に肝が冷える会話もほどほどに、自室へと踵を返す。
「ただいまー」
最近のくせで思わず言ってしまった。
(アレムはいないんだよな……)
アレムは俺の部屋から既に姿を消している。というのも不穏な事情があったわけでもなく、ある意味当然の成り行きである。
※※※
『アレムさんをこのままシオンさんの部屋に置いていくわけにはいきません。妊娠してしまいます』
そうアイリシアが言い放ったのだ。俺の部屋は育て屋か何かか。
『まあ冗談はさておくとしてアレムさんにとっても療養の為にいい環境とはとても言えないでしょう。ですから、私の寮の部屋……よりも研究室に寝泊まりしてもらった方がいいでしょう。身分も私の使い魔として保証した方がいいでしょうしね』
アレムは氷魔法で形作られた存在だ。性質を同じくするアイリシアであれば、確かに幻影の君よりも出来ることは多いだろう。
さらに言えばアレムが置かれている状況と言うのもあまりよくない。
アレムは現在、その存在ごと幻影魔法で隠蔽している状態にある。その隠蔽が容易にバレるとは思わないが、在るものを無いと言い張るのはやはり無理が大きい。
ゴーレムであるアレムが一番違和感のない方法で取り計らうとすれば、高名な魔法使いであるアイリシアがその身分を保証する、というのが確かに最良なのだろう。
それは分かる。分かるが……成り行きとはいえアレムの面倒を見ていた身としては少々悔しいな。
『ゴーレム……』
『アレムさんも乗り気でないみたいですね』
『とはいってもシオンだって一人の時間は欲しいだろうしね。色々と』
ほっとけ。
『ゴーレム?』
リオンの軽口にアレムは本気で疑問の声をあげた。
『まあでもさ、一人の時間っていうのは大切なんだよ。人前に出るときっていうのは大体、緊張が伴うものだからね。要するに見栄を張るんだ。けど、それは別に悪いことじゃない。例えば好きな人には綺麗な自分を見てもらいたいだとかそういう感情の延長にあるものだからね』
芝居じみたウィンクをしながらリオンは言う。それほど豪奢な格好をしているわけでもないが最低限の身だしなみはいつも整えているし、元王族としてそのあたりの育ちがいいのだろう。
『ゴーレム』
アレムはアイリシアを見る。
『……私が綺麗にアレムさんの身体を再構築して見せますから、一緒にシオンさんを驚かせましょう』
ものすごいいい笑みをしていた。
※※※
何だかんだでアイリシアとアレムも打ち解けそうで何よりだ。後がこわ……いや、楽しみだ。
「しかしおっちゃんから何も引き出せなかったなぁ……」
こっちも藪蛇は避けたかったから無難なことしか言えなかったものの、おっちゃんものらりくらりと躱すし。まあ、付き合の長いミスティをして無理なんだから大して期待もしてはいなかったが。
「エドヴァルド・W・サイファー、か……」
『幻影の君に愛の祝福を』における最後の攻略対象。しかしその過去は謎に包まれている。
おっちゃんの運命は、リリエットはミスティとひょんなことから親密になることから始まり、それに連なっておっちゃんもリリエットに対して次第に打ち解けて、そうして、いつしか過去を振り返らずに生きていけるようになる、というものだ。そうしていつしか幻影の君を追いかけることを止め、過去を忘れて生きていくというのが一つのエンディングだ。
リリエットの存在は確かに大きかった。しかしおっちゃんは最終的に、自分の中で勝手に自己解決したのだ。
プレイしていた当時はミスティの『ひょんなこと』のインパクトがデカすぎたせいで、冷静に考えられなかったがよくよく考えれば何も解決はしていない。ただ解決したことにされただけ。割り切っただけだ。
けど今なら、俺……いや、俺達なら、その先に手を伸ばすことが出来はしないのだろうか。
胸が締め付けられそうになりながら、俺の頭の中は次第にぼんやりしてきて、いつしか眠りに就いていた。
ミスティとリリエットの間にあったひょんなことの詳細は次回




