ファントムロード復活
あれ以降、リリエットとは冷戦状態だった。
いつもは店頭で店番していたリリエットではあるが、実は村の子供たちから密かに情報を集めて、俺がいつもどこかへ消えていたのは知っていたという。
そして、暇を見つけて俺を探し回っていたらしい。らしい、というのはマリアに伝聞として聞いたに過ぎないからだ。
訓練も兼ねて幻影魔法を使って撒いているので、見つかる可能性は皆無だ。その辺りのことに気を配ることを俺はやめていたのだ。
正体がばれるとかそういう心配はない。というのは余りにも利己的に過ぎるだろう。リリエットは、リリ姉は、そう言う人物なのだと知っているくせに、放っておいてしまったのだ。
「……リリ姉が帰ってない……?」
「そうだ。たく……」
親父たち大人はやけに物々しかった。深刻に顔を突き合わせて、話し合いをしていた。
家出でもあるまいし、そのうち帰って来るのではないか……? そう思っていたのだが、親父たちの話を聞いて青ざめる。
どうやらこの村の近くにも迷宮が存在するらしく、ここ最近、その活動が活発化しているらしい。村の中に引きこもっていれば被害もないかと思われたが、むしろ被害が無いことによって、その活動範囲が徐々に広がりつつあるらしい。
「もうそろそろ本腰入れて叩かにゃならんと思っていたんだが……」
村の男たちは武装し、村の外を見遣る。
『イリューシオン様。遠方に魔物の影が』
俺の中にいるマリアがそう告げてくる。
「俺も一緒に!」
「バカ野郎! 母さんと一緒に家に籠ってろ」
拳骨を食らった。
迷宮の魔物と言っても所詮は先遣隊だ。親父もなんだかんだ言ってもそれなりの実力者なんだろうし、任せていても事足りるだろう。
ましてや、俺は幻影の迷宮を追い出された身だ。この近くの迷宮の主がどういう輩なのかは分からないが、バスティアと繋がっていないとも限らない。幻影の迷宮の現状を知られるリスクも高い。
だが、
『……行くのですね』
ああ。まあ、魔法剣士のクラスを取得したばかりの試運転にはちょうどいいだろ。
出来る限りボロを出さないでいたいところだが……幻影魔法を使わないと親父たちを出し抜けないし。仕方ねえな。
その時だった。それに気付いたのは
※※※
「たく……どこにいんのよあいつは」
私は村の辺りを探し回っていた。シオンったら。あんな頼りなさそうだったくせに、いつの間にかどっか行っちゃって。大丈夫なわけないじゃない。今度は、倒れちゃったりしちゃうんだから。
「おや、元気な女の子がいたね」
声が掛けられた。きょろきょろと辺りを見回して、声の方向を探す
「あはは! コッチコッチ!」
後ろから、ほっぺに指を差される。
さっと離れようとして、腰が抜けた。
そこにいたのは、道化師だった。身長は子供の私と大差ない、でっぷりとした体型の派手な赤い髪のピエロ。顔は白いメイクで覆われて、唇は滑稽な位に紅い。
「うーん……? 妙なケハイがスるねぇ……ま、どうだっていいか? 知ってるカい? 人生ってのは人生ゲーム。サイコロの赴くままに死んだり生きたりするんだってサぁ」
キャハハハハハハと、ピエロは笑う。
「君ノ死因はタったヒトつ。たっタひとツのシンプルな答えさ。ただ……運が悪かった」
じゃあね、とピエロはボールを投げ回す。そのボールには刃が付いていて、ああ、ここで死ぬのかな、なんてむしろ頭が冷めてきた。
その時だった。
「そうか。それは運が悪かったな」
ぶつかる、と思った瞬間に目を瞑って……斬撃が来ない、と目を開けて確かめると、その目の前に在ったのは、マントの影。
闇よりも深い幻影で、周囲は揺らぐ。
「怪我はないかなお嬢さん」
まるで場違いに、舞踏会でダンスを誘うかのように、彼は私に手を差し伸べた。
そして、すっと自然な動作で私の手の甲にキスをした。
「あ、あなたは……?」
まるで幻影の中の心地で、私は尋ねる。
「私は幻影の君ファントムロード。乙女の味方さ」
揺らぐ影。それは一体どんな人なのか分からなかった。声を聞いて、見ているはずなのに、そこにまるで誰もいないみたいに幽かで。
優しい人のようでいて、しかし心も何もかもを奪っていくような暴君の様で。私にその正体を掴ませてくれなかった。
ただ、分かることは。私はこの幻影の君に囚われてしまったということだけだろう。




