幻影の君VS蒼眼の魔女
「くっ!?」
辛うじてアスタを抱え上げ、アイリシアの攻撃を躱す。
冷静さを欠いているのか、アイリシアの攻撃はどうにもアスタのことを考慮していないような気がする。彼のことを抱えていてはいつまでたっても彼女の猛攻は止まらないだろうけれども、やむを得ないだろう。
なんてね。気持ちに嘘を吐くのはやめにしよう。
今の私の気持ちは、確かに彼女を傷付けたくはないだとかそう言う感情もあるが、それ以上に、高揚している。
先日の一戦、負け惜しみなどするわけもないが、悔いはあったのだ。シオンとしてはともかくイリューシオンとして。全力を彼女に対して示してはいない。そして、彼女とて全力ではなかっただろう。
「アレム、彼のことを頼む」
マントを翻す。さあ、今こそ幻影の君として彼女とまみえよう。
パチン、と指を鳴らす。背後には一瞬にして、無数の魔力の塊が浮上する。
まずは小手調べといこう。炎に、風、水、光、闇、重力、聖……攻撃特化にするなら炎一択にしたほうが簡単ではあるものの、彼女がどう捌くのかを見たい。
光は速く、風は何割かはバラして補助に回した方がいいか……アイリシアから学んだ術
(すべ)を自己流に発展させる。なるほど、ステータスとしてはそれほど変わっていないが効率が段違いだ。どれだけ自分が力任せであったのか分かる。
「……先程とは違う戦法ですね」
アイリシアは恐ろしいほどに冷徹に、冷静に戦況を把握している。先程、というのはもう一人のファントムロードのことだろう。その調子で状況整理もしてほしいものだが、まあそれ以上は酷か。彼女からすればどちらも不逞の輩には違いない。
ふわりとアイリシアの身体が宙に浮く。
「ほぅ……」
見事、というほかない。一発一発、器用に同属性の魔力をぶつけて届く前に打ち消している。
思わず見惚れていると、こちらに余剰分の魔法が飛んできた。おっと、危ない。試されているのはこちらも同じか。なるほど。この程度では彼女を釘付けにするには足りないと見える。
では、そろそろ本気でかかるとしよう。
パチン、と指を鳴らし、再び魔力を展開する。
「二番煎じですか。芸が無いままではそのうち出涸らしになるだけですよ」
アイリシアは溜息を吐いている。はて、油断するにはまだ早いと思うが、傲慢ともいえないだろう。無謀、蛮勇、そういった輩を彼女は飽きるほど見てきたのだろう。故に見切りが早いのも仕方がないことと見える。
しかし、相手が悪い。目に見えるもの耳に聞こえるもの肌に感じるもの、そんなものだけを信じていては、この幻影の君には立ち向かえない。
「!?」
アイリシアの顔に驚愕が浮かぶ。アイリシアが放った魔法は、確かに俺の魔法に対して迎撃に向かった。確かに撃ち落とした。はずだった。
しかし実際は違う。幻影魔法でそう見せたに過ぎず、躱し、アイリシアに命中している。
アイリシアの肩がガタンと下がり、足を地に着け杖で何とか立っている。
重力魔法。その身にはずしりと重圧が加わっていることだろう。しかし、魔法使い相手にはそれほど致命的にはならない。
好機、とみた俺はすぐさま足をアイリシアの方に向けるが、しかし、アイリシアはぶわりと周囲に風を撒き散らし、強引にこちらの攻撃を断ち、俺もすんでのところで何とか後ずさる
「……この感覚……まさか」
アイリシアが呟きながらも、首を振る。
「まあいいでしょう。なるほど。さすがはファントムロードと言ったところです。退屈させてはくれませんね」
ふふ、とアイリシアが笑う。俺はその笑顔に、ぞくりと寒気が走り、鳥肌が立つ。
(風が、消えた?)
ぶつりと風で形作っていた壁が消える。どういうつもりかは知らないが、好機。アイリシア相手に遠慮はいらないだろう。
先程から待機させていた魔力を一気に解放させる。
(……? 重い……?)
ふと感じた違和感。いや、重いというより、魔力が動かし辛くなっているようなしんどさだ。しかし、無理があるほどの負荷でもない。そのまま力押しをする。
「このまま付き合ってもいいですが、面倒です。故に……私も本気を出しましょう」
まずい、やりすぎたか。一瞬そう思ってしまう程の攻撃が、アイリシアに迫る。
『くれぐれも油断するでないぞ。幻影の君』
吹雪く華が囁く。
『幻影の君と並ぶ旧き支配者の力。恐らくお主が考えるほど生半可ではないぞ』
「凍ざせ、絶対氷結!」
アイリシアの声と共に、全ての魔力はその力を失う。
爆炎は上がらず、凄まじさすら感じる沈黙と澄んだ空気。その中心で、アイリシア・B・ココレットは佇む。
「さあ始めましょう幻影の君。ここからが私の本領です」




