表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
104/239

魔の手が迫る

アイリシア視点

そして久々のあの御方の登場

 薬草と古書の匂いが馴染んだ私の研究室。今日はその中に、バターのほんのり柔らかくて暖かい匂いが混じっています。


 兄さんは持ってきた鉄板の上でホットケーキをひっくり返し、バターと蜂蜜をたっぷりと乗せて、振る舞います。


「やっぱり出来たてが一番だからね」


 と、兄さんは言いますが、しかしここは食事をする環境としては不適切と言えるでしょう。じめじめとして鬱屈で。妖しげな匂いでせっかくの風味も損なわれそうな。


「そうかな? こうしていつもと違う場所で食べるのってなんだかワクワクするよ。イケないことしてるみたい……?」


「何で疑問形なんですか」


 くすっと笑ってしまいます。あぁ、本当にこの人は。私がいつも考えていることなんて飛び越えて、直感で、感じたままに生きている。それは、とても眩しい。


「それでその時、シオンがね」


 気が付くと、いつの間にか私たちが話をしているのは、あの人のことでした。


「仕方ない人ですねシオンさんは」


 認めましょう。今、こうしている時間は確かにシオンさんがもたらしたもので、それは、確かに私に喜びを運んでいる。


 けど不思議です。こうして、焦がれていた兄さんとの逢瀬に胸が高鳴っているのに、どこか、夢中でない。こうして再び兄さんと巡り合ったなら、話したいことがたくさんあって、それで……想いは暴走してしまうと予想していたのに。どこか冷静に私は今、ここに座っています。


 兄さんのことは好きなはずなのに、けれど、どこか冷静な自分がいる。それが、どこか不思議でなりません。そこで思い浮かぶのが……シオンさんの顔でした。


 シオンさんは表面上はともかくとして、どこか冷たくて暗い……私と似たような何かを感じていました。それが、私の頭を冷やすのです。兄さんと会って、温かくて燃え上がるはずの私の心を。


「シオンはあれで結構、嘘吐きだからね……いや、意味のない変なウソとか言わないけど強がったり誰かを庇ったりさ。その辺り心配」


「兄さんもその辺りは人のことを言えないと思います」


「ぅ……そうだね。それはそうかも……ああそうだ、嘘だったわけじゃあないんだけどね。こういうホットケーキは今風なオシャレな言い方をするとパンケーキっていうんだ」


「知りません」


「ん……? いや、だから」


「私はそんなの知りません。私が好きなのはホットケーキです」


「……えぇー……」


 まあ兄さんとしては、黒歴史の様ですしそれ以上は言いませんけどこっちとしてもそれ以上は言わせません。


「まあでもよかったよ……そういえば、シオンとは一体、何を話してこうなったの?」


「それは……言えません」


 それは今もまだ途中であるからです。


 兄さんと私が交流することによって生まれる弊害があるのであれば、それはむしろこれからの話でしょう。例えそうで無くとも、兄さんにそれを話すことも、まあ必要ないと思います。


「アイリもボクに秘密が出来る年頃なんだねぇ……」


 不機嫌な様子も無く、笑顔を見せながら呟きます。もう少し、気にしてくれてもいいと思うのですが。


「まあ、でも、それを打ち明けることが出来るシオンがいるなら……て」


 兄さんは慌てたように口を閉じます。


「ゴメン。これは、話しちゃいけないことだった」


「何ですか一体」


「いや、シオンがね。何でか分からないんだけど言っちゃダメだって……ぁ」


「シオンさん? 何を吹き込んだんですか兄さんに」


「いやいやいや! 大丈夫だよ。シオンのことだから、そんな。多分、悪意あってのことじゃないし。だから安心して」


 兄さんはこういう時素直だから困ります。裏とか読まずにそういうこと信じてしまうんですから。


 それにシオンさんも、一体兄さんに何を吹き込んだのやら。兄さんが私に隠し事なんて、こうなったら次に会った時にでも……


 コンコン!


 その時でした。ノックの音が聞こえました。その音は、何故か私達の話し声を一瞬にして掻き消して、沈黙が走ります。


「邪魔をするよ」


 間近で聞こえる声。


 バッと振り返り、混乱している兄さんを背に構えて、そこに現れ立つ人影と対峙します。


「おや、アスタも一緒にいたのか。これはちょうどいい」


「あなたは一体、何者なんですか」


「ん? あぁ、そうだね、世間に疎い君であれば知らなくとも無理はないか」


 人影は、大仰に芝居がかった仕草でマントを翻し、仮面はきらりと妖しく煌きます。


「私は幻影の君、ファントムロード。初めましてというのは相応しくない、かな?」


 ファントムロード。この都市の迷宮の奥深くにいるという、迷宮の主。近頃の私達のパーティの間に起こっている揉め事の背景に必ずその影がある、と聞いてはいましたが。


「そのファントムロードが一体何の用ですか?」


「んー……少しね。私がわざわざ動くこともないと思って静観していたのだけれど、そうも言っていられないようでね。まさかこれが原因でフラグが折れるとは思わなった。まあミスティの仕掛けは大丈夫だとは思うが、彼女の方も少しばかり暗雲が立ち込めているしねぇ、ま、あっちに関しては私に出来ることは何もないが」


「……何の話ですか」


「分かっているんじゃないかな? アイリシア・B・ココレット。今の君の感情は鳴かず、凪いでいる。それでは、進まない。君たち・・・はあるべき関係に収束できない」


「君たち……? 兄さんと私ですか? あなたは一体、何を望んでいるのですか」


「君の願いを叶えることさ。その為には、君の望みを是正しなくてはならないだろう? これはそのためのステップさ。ま、これは私の自己満足であることは決して否定しないけれどね…………君たちは私の大切なコマだ」


 ふっと、その姿が掻き消える。


「!?」


 いつの間にか、背中に庇っていたはずの兄さんの姿が


「待っ……!」


 扉に目を向けた瞬間、突然、大きな爆発が。


 私は瞬時に、氷魔法を展開して、緊急の防御を展開します。


『おや、ひょっとしたら避けきれないかと思ったのだが杞憂だったね。さすがだ』


 分厚い氷に阻まれて、その攻撃は確かに私には届きません。恐らく、本気でもなかったのでしょう。しかし、不可解なのは


(氷魔法が効かない!?)


 かろうじて防御できたのは、氷の盾の防御があったからで、それは本来の用途のついでのようなもの。念のため、という用心が効いた、ということでしょうか。しかし、不可解なのは、どうして、先程の爆発に氷魔法の性質を発揮できなかったのか?


 ドクン……!


 胸が高鳴るのを、確かに感じました。


『さあ来るといい。アイリシア。兄を取り戻すために』


 その挑戦に対し、私は口の端を歪んでいるのを確かに感じていました。その感情は、怒りか、または……


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ