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八話 暴走する本能

◆◆◆ 



「――――――――。エ、――テル――――――――――」


 温かい微睡の中、知っているような、でもよくは知らないような誰かに名前を呼ばれた気がした。

 ぼんやりとはっきりしない頭に入って来る自身の名前に多少違和感のようなものを感じるけど、とりあえず呼ばれたのなら起きないと……と、重い瞼をゆっくりと持ち上げる。

 初めに見えたのは見慣れない所々崩れてボロボロになっている天井。どうやら仰向けに寝転がっている状態みたい。

 こんなところで何をしてたんだっけ? 

 眠ってしまう前に何をしていたのか思い出そうとするけど、いまいち考えが纏まらず、上手く思い出せない。

 徐に上体を起こす。

 霞みのかかったような意識の中、前方に視線を彷徨わせていると、醜悪な顔をした小人のような生き物が視界に入る。

 あぁ、あの小人の頭をぷちーっと潰したら(・・・・)愉しいだろうなぁ~。生きたまま手足をぶちぶちと千切っていっても(・・・・・・・・)いい声で鳴いてくれて面白いかもしれない。

 想像しただけで身体が歓喜に震えてしまう。

 胸が高鳴り、その紅く染まる瞳(・・・・・・)に喜色を宿し、口の間から二本の短い牙(・・・・・・)ちらりと覗かせながら、まるで子供のような笑みを浮かべる。

 いい! いい! 凄くいい!! そうしよう! そうしちゃおう!!

 おもちゃ達(・・・・・)を使って遊ぶことを決めた私は、すぐに立ち上がる。善は急げ! もしかしたらあのおもちゃ達を誰かに取られてしまうかもしれない。


 ステップを踏むような軽い足取りでおもちゃ達の元へ近づいていく。

 一番近くにいたおもちゃの真後ろまで来たけど、おもちゃは全く気付く様子はない。

 そして、両手をゆっくりと即頭部に持っていき、がっしりと掴む。それに驚いたおもちゃがビクっと身体を震わせた後、激しく暴れ出すけど手を放すことは無い。

 「焦っちゃだめよ私! ゆっくり愉しむの!」と自分に言い聞かせながら、ゆっくりゆっくりと力を込めていく。それと同時に口端が吊り上がっていく。

 みしみしと頭蓋骨が軋む音を上げる。それに合わせておもちゃが「ギャッギャッ!」と声を出しながら更に暴れだす。


「あぁ、ダメっ! もう我慢できないぃぃぃ!?」


 おもちゃが「ギャァァ!!!」と一際大きな声を上げたのを皮切りに、私は両手に力を籠めて頭を一気に押し潰す。

 すると、おもちゃの頭はまるで果物を潰したようなぐしゃりと水気を含んだ鈍い音を立てて潰れ、中の真っ赤な液体をぶちまけた。

 おもちゃの真後ろにいた私の全身に真っ赤な液体や何かよくわからないものがべっとりと付いたけど全く気にしない。


「あっははははははは!! 愉しい! 面白い! もう最高の気分!! 今までこんな気持ち味わったこと無いくらい最高!!」 


 高らかに叫ぶ私を残ったおもちゃ達が戦慄の眼差しで見つめてくる。だけどその眼差しも私の気持ちを愉快にしてくれるスパイスでしかない。

 弱くてちっぽけで誰にも相手にされなかった私に向ける、その恐怖を孕んだ眼差しが新鮮で斬新で新奇でとてもとても気持ちがいい!!

 それを恍惚とした表情を浮かべてながら味わっていると、おもちゃの一つが何やらギャアギャアと喚き散らして駆け寄って来る。


「次はあなたが遊び相手ね?」


 そう言って瞳をきっと細め、舌なめずりをしながら一瞥すると、おもちゃはその動きをピタリと止めてぶるぶると震えだし、後退りし始めてしまう。


「折角きてくれたのに何で帰っちゃうの? 私と一緒に遊ぼうよ?」


 優しい声色でそう問いかけてもおもちゃは後退りを辞めない


「そう、残念。………………なら、罰を与えないとね」

 

 ニヤリと愉悦に満ちた笑みを浮かべてそう言い放つ私に、到頭おもちゃは私に背を向けて逃げ出す。


「ダメ、ダメ。逃げちゃダメだよ?」


 ぐっと足に力を籠めて床を蹴り出す。不揃いな石畳の床が大きく砕け、私の身体は五メートル以上離れていたおもちゃに瞬時に近づき、そっと右手でおもちゃの頭を鷲掴みにして口を耳元に近づける。


「つ・か・ま・え・た」

「ギギャッ!」

 

 耳元でそっと呟いた後、勢い余って頭を潰さないように鷲掴みにした頭を優しく床に叩き付ける。

 そして、うつ伏せになったおもちゃの背中を右足で踏みつけて逃げられないようにしてから、右手を離す。

 おもちゃが私の手を振りほどこうと暴れる中、ゆっくりと品定めするように両手両足を眺めた私は、徐におもちゃの左手に手を伸ばす。

 がっしりと掴んだその左手を、思いっきり力任せに引っ張る。


「ギャアアアアアァァァァァァァァ!!!!」


 ぶちぶちど肉が千切れる音と共に傷口から赤い液体が噴出し、おもちゃの絶叫が響き渡り、私の鼓膜を震わせる。


「あぁ! 楽しい! 楽しい愉しいたのしいたのしいタノシイタノシイ!!! もっと聞かせて! もっと、もっと、もっと、もっと!!」


 絶叫を聞いた私は、箍が外れたように続けざまに左足を掴み引きちぎる。

 またも絶叫が響き私を愉しませてくれる。楽しくて愉しくて堪らない!! もっと、もっと愉しませて!


「あっははははははははははははは! ははははははひぃっははははは!?!?」


 狂ったような笑い声を上げながら、右手、右足と続けて引きちぎる。周囲はまさに血の海。燃える王都に照らし出されたローズマリーのような光景が広がっていた。 

 

 ビクビクと痙攣しながらその動きに合わせてぐちゃぐちゃな傷口から血を噴き出すだけになってしまったおもちゃに、昂っていた気持ちが沈静化していく。


「あれ? もう死んじゃったの? つまんないなぁ~」


 小人の身体を蹴り飛ばし、落胆しつつもまだ次の小人がいるからいいかと気持ちを切り替える。

 次ぎはどの小人で遊ぼうかな~? 一番背の高い小人にしようかな? それとも一番肉付きがいい小人にしようかな~?

 顎先に人差し指を当てて、次のおもちゃを選んでいると、急に鼻に付く悪臭が漂ってきて顔を顰める。

 

「な、なにこの臭い……何かが発酵してるみたいな……」


 嫌々ながらも、スンスンと臭いを嗅いで、どこから臭いが漂っているかを探る。すると、おもちゃの血が大量にこびり付いた私の着ている服や、おもちゃの残骸から漂ってきていることがわかった。

 その臭いは次第に増しているようで、鼻に付く悪臭は更に不快感を増していく。


「私が愉しい思いをしている時に水を差してくるなんておもちゃ失格じゃない?」


 ニコニコと絵に描いたような笑みを浮かべながら投げかけた問いに、おもちゃ達はガクガクと震えるだけで答える――答えても言葉がわからないから意味は無い――ことが出来ない。

 さっきまでの私ならそれで持ち直しただろうけど、今は逆に気持ちを逆撫でする。


「もういいや、死んじゃえ」


 張り付けた笑みが一瞬で消え、何の感情も感じさせないような冷たい真顔でそう言い放つ。でも、その言葉には明確な怒気と殺意が感じられ、おもちゃ達――小人鬼(ゴブリン)達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出し始めた。

 一番足の遅い小人鬼(ゴブリン)の背に向けて手を翳し、私の知らない未知の魔法陣が翳した掌に描かれていく。瞬く間に完成した魔法陣は一度強く輝き、その幾何学模様や言語が所狭しと描かれた円の中心点から小人鬼(ゴブリン)目掛けて一筋の光が伸びる。

 まさに光の速度で伸びるそれは小人鬼(ゴブリン)の背を貫き、その貫かれた部分を中心に周囲を原型を留めない程に弾け飛ばす。小人鬼(ゴブリン)だったものの上半身はもはや唯の肉塊になり果てていた。

 同じ私自身よくわからない魔法で、更に二体の小人鬼(ゴブリン)を処分し、四体目に向けて魔法を放とうとするけど、上手く魔法陣が描け無い。

 理由がわからずに小首を傾げる。

 まぁ別の魔法で処分すればいいか、と別の魔法を使うことにする。

 両手の掌を前に突き出し翳すと、そこに魔法陣が展開されていく。そして、描き終えたその魔法陣から何かの持ち手がすっと姿を現すと、それを掴みぞんざいに抜き放つ。


 右手には刀身が細長く柄の部分には、手を守るためのナックルガードが取り付けられているレイピアと呼ばれる刺剣が握られている。その細長い刀身は銀色に輝き、ナックルガードはまるで茨が絡みついているような装飾が施されている。

 左手には刃先の向いている方向に両端が湾曲している鍔が特徴の短剣が握られている。これといった装飾はなく、唯機能性を求めた無骨な造りになっている。


 その二振りの剣を生み出した魔法。それは第五階層無属性魔法「想像されし魔武器クリエイト・マナウェポン」。想像したものを体内の魔力を使って形作り生み出す魔法だ。身体の一部が触れていなければ形を維持できないという制限付きだが、圧倒的な強度を誇りその強度は世界一硬いと言われるアダマンタイトに迫る程。

 剣を想像すれば最高の切れ味を持つ剣が、盾を想像すれば生半可な武器など逆に壊れてしまう程の防御力の盾が生み出される。

 この魔法はエルトナ王国が生み出し王族と魔法騎士団のものにしか魔法の仕組みが伝えられていない秘伝の魔法。


 エルトナ王国独特の二剣一対の剣術は、相手の攻撃を往なしてその隙を突くもの。左の短剣で相手の武器を受け流し、右の刺剣で鎧ごと相手の急所を貫く攻防一体の剣術だ。私が習っていたのもこの剣術だった。

 けど、今はそんな剣術なんて使う必要は無い。乱雑に、力任せに剣を振るう。

 床を蹴り出して跳躍、小人鬼(ゴブリン)に瞬時に近づき、力任せに横に薙ぐ。下半身と上半身が分かたれた小人鬼(ゴブリン)は何をされたのかもわからず絶命する。

 その結果を一瞥すること無く、次の小人鬼(ゴブリン)に向かい今度は袈裟切りに、その次は頭を一突きにとさっさと処分していく。

 途中で蹲ってる大きな何かがあったが、とりあえず縦に両断しておいた。

 後ろの通路の方から小人鬼(ゴブリン)の何倍もある妖魔巨人(トロール)が二体現れたけど、それもとりあえず切っておいた。でも、一回じゃ死ななかったみたいで何度も切る羽目になって少しいらついたけど、六等分ぐらいに切ったら大人しくなったから小人鬼(ゴブリン)の処分を続ける。


 

 どらくらい時間が掛かったかわからないけど、そんなに長い時間じゃなかったと思う。逃げてる奴と向かってくる奴は全部処分し終えた。

 後は…………座り込んでいる奴とその側でしゃがみ込んでこちらを窺っている奴の二体だけだ。

 この二体をさっさと処分してお風呂にでも入りたいなぁ……。

 腕をだらりと下げてゆっくり近づいていく。すると、しゃがみ込んでいる方が立ち上がり両手で持った大きな剣を自身の身体の前に構える。


「エステル! もう――――るんだ! 俺達が――――――――!?」

「――――戻って! エステルッ!」


 なんでおもちゃが私の名前を知ってるの? 急に湧いた疑問に足を止めて眉根を寄せる。

 何か、何か大切なことを忘れているような気がする……? でも、それが何なのかわからない。わからない?

 視界が明滅し、焦点が合わない。動悸が激しくなり呼吸が乱れる。ズキリ、ズキリと頭が痛む。


「なん、なの……これ。気持ち、悪い………………」


 ふらつく私に、前にいる二体が頻りに私の名前を呼んでくる。

 その度にズキリと頭の中に針が刺さったような痛みが走る。

 そうか、あいつらが……! あの元おもちゃがこの痛みの元凶なんだ……! なら早く処分しないと。私の頭がどうにかなっちゃう……!?


 走る痛みを歯を食いしばって我慢し、痛いを叩き付けるように床を蹴って跳躍する。

 瞬時に距離を詰めた私の後ろから照らす太陽の光によって出来た細長い影が、大剣を構える男性(・・)の足元にかかる。

 急な私の行動に反応出来ていない男性に向かって、右手に深く握り込んだ刺剣を叩き付けるように、頭上から振り下ろす。

 男性は慌てて大剣を私の刺剣の軌道に滑り込ませようとするが、さっきの反応の遅れのせいであと少し届かず、私の刺剣が大剣をすり抜けて男性の眼前に迫る。

 もう避けることは出来ない。瞬きをする間もなく目の前の男性を刺剣が両断する――――はずだった。


「えっ!?」


 でも、刺剣の刃は男性の鼻先でピタリと止まって全く動かない。どんなに力を籠めてもピクリとも動かない。

 何故か心に湧く安心感と共に、ゆっくりと視線を刺剣の刃から下に下ろしていくと、伸びた私の影から上半身を出し、伸ばした左手で私の刺剣を持つ手をがっしりと掴んでいる姿が目に入る。

 それは闇夜が凝縮したような美しい漆黒の鎧を身に纏い、直線が多用された攻撃的な鎧にヘルムの額の辺りから剣先のような鋭い角が一本突き出ており、その少し下にある横に伸びる細いスリットから怪しく光る双眸を覗かせている。

 私をローズマリーから助けてくれたであろう黒騎士さん。私を見るその怪しく光る双眸はどこか悲しさを感じさせる。

 あぁ、そうか、今の私を見て悲しんでるんだ。

 何故そう思ったのかはわからないけど、胸の中にすとんと落ちるような収まりのよさを感じた。


 程なくして両の手に持っていた二振りの剣は宙に溶けるように霧散し、全身の力が抜けて黒騎士さんの胸辺りに目掛けて倒れこむ。黒騎士さんは倒れこむ私を優しく受け止めてくれた。

 夢現(ゆめうつつ)の時のようにひんやりとしていて気持ちがいい。

 自然と瞼が下がる。抗うことを許さない睡魔が私を眠りの縁へと(いざな)う。


「……ごめん…………なさい…………」


 薄れる意識の中で無意識に呟いた謝罪の言葉。それは迷惑を掛けたダンさんとエリスさんへの謝罪だったのかもしれないし、悲しい思いをさせてしまった目の前の黒騎士さんへの謝罪だったのかもしれない。それともその両方だったのか。

 

 私は金属の揺り籠の中で眠りについた……。

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