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五話 天井ぶち抜き作戦

 私とエリスさんは歩いてきた道を逆走し、妖魔巨人(トロール)と遭遇したところからかなり離れた分かれ道まで戻ってきていた


「ここまでくれば大丈夫でしょ」

「はぁ……はぁ……はいぃ……はぁ……はぁ……」


 息も上がらず涼し気なエリスさんとは対照的に、私は額に汗の粒を浮かべ肩で息をしている。思わず膝に手をついてしまう。

 魔術師は身体を鍛える時間があるなら魔術の勉強をするというのが常識で体力が無い人が多い。でも、その魔術師のエリスさんは一切息が上がってはいない。

 王城で剣術や体術の稽古をしていたから体力には割と自身があったのに……と、実戦に出ている魔術師との差と自身の甘さを痛感する。


 妖魔巨人(トロール)に邪魔されて返事が出来なかったダンさんの話は今は保留することにした。話すとしたらやっぱり初めからになるからそれなりに時間が掛かってしまう。今の状況的にそんな時間を取れるとは思えないし、それに私自身、未だに心の整理がついていない…………マリア…………。


 エリスさんは周囲をきょろきょろと見回すと「結構速めに走ったからかなり距離を離せたと思うし、ここでダンを待ちましょう」と、ごつごつとした岩肌のような床に腰を下ろした。

 私もエリスさんに続いて手頃な大きさのでっぱりに腰を下ろした。ひんやりと冷たくて火照った身体に気持ちいい。深呼吸をして乱れた息を整えてから、私は気になっていたダンさんのことをエリスさんに尋ねた。


「ダンさんは大丈夫なんですか? あんなに大きな魔物と1人で戦って……」

「ダンなら大丈夫よ。妖魔巨人(トロール)は有効な攻撃は少ないけど、足止めする方法ならいくらでもあるわ。それにあんなのとは何回も戦ってきてるから、撒くだけならそろそろ……」

「――そろそろ、何だ?」

「ひぁっ!?」


 驚きで反射的に身体がビクンと跳ね上がり、慌てて声のした方へ視線を向けると、私とエリスさんが通ってきた通路からダンさんの顔がひょっこりと出ていた。

 その顔はしてやったりという感情が感じ取れる笑みを浮かべている。

 あんな大きな剣を背負っているのに足音一つ立てずに近づいてくる脚運びは凄いと思うけど、状況的にもうやってほしくない。心臓に悪すぎる。


「何するんですか、ダンさん! 心臓が飛び出るかと思いましたよ!!」

「悪かったな、エステル。つい癖でな」


 頭を掻きながら通路から姿を現したダンさんはどこにも怪我らしい怪我が無くて安心して胸を撫で下ろす。


「はぁー。何時も何時も気配を消して近づいてこないでよね、全く……」

「すまんすまん」


 慣れたようすで「はいはい」とぶらぶらと手を振ると、話はさっきのトロールについてに移った。


「で、あの後妖魔巨人(トロール)はどうしたの、ダン? まさかこの短時間で倒したってことは無いでしょ?」

「流石に魔法も使えない俺じゃあ倒すのは無理だ。あの後――お前らが逃げるのを確認した後にトロールと打ち合いになったんだが、奴の攻撃を数回往なした頃に崩れた天井から音を聞きつけたのか、更に二体のトロールが現れてな。流石に俺もまずいと思ったんだが、その直後に床が重さに耐え切れなくて崩れたんだ。それで、最初の一体諸共下の階に真っ逆さまさ」


 肩を竦めるダンさんの話をエリスさんは真剣な表情で聞いている。私は出る幕が無いので静かに耳を傾けるだけだ。


「そう、トロールが三体も……ということは私達が遭遇したトロールの群れがそのまま追ってきてるってことかしら?」

「そういうことになるんだろうな。俺達が遭遇したのが五体だったからあと二体は上にいる可能性があるな。そうなると、もたもたしていると下に落ちた奴らと挟み撃ちだ」

「さっきのルートは使えない……今からルートを一から探すとなるとかなり時間がかかるしギリギリかもね」


 確かに妖魔巨人(トロール)が現れた場所まで行くのにかなり時間が掛かった。それに上へ上への道を選んできたから他の道が上に繋がっていたとしても回り道になるかもしれないから、前よりも多く時間が掛かってしまう。


 それにしても、この遺跡とかいうものの床は妖魔巨人(トロール)の体重だけで崩れる程脆いなんて大丈夫なのだろうか? もし妖魔巨人(トロール)が床を思いっきり叩き付けたら崩れちゃうんじゃ…………ん? それってつまり……。


「あのー、ダンさん」

「ん? どうした、エステル?」

「ここら辺の床は妖魔巨人(トロール)の重さで崩れるってことは脆いってことですよね?」

「まぁ、脆いのもあるがどうやら厚さが無くて強度が下がっているみたいだな」

「だったら、天井を崩してそこを登って行くなんてこと出来るんじゃないですか?」


 と、思いついたままのことを口に出すと、二人とも目が点になって固まってしまった。

 余りにも突拍子のないことを言っちゃったかな? 天井が崩れやすいってことはそのまま連鎖的に崩れて行ってしまう可能性がある。もし、そんなことになったら生き埋め状態になりかねない。脱出以前の問題だ。


「エステル、あなた結構過激なこと言うのね……」

「確かに……だが、これなら一直線とはいかないが、道をほぼ無視して進むことが出来るから大な時間短縮になる」


 ダンさんがエリスさんにいたずらを思いついた子どものような笑みを向けると、エリスさんも同じような笑みを返す。互いに一度頷くと、あれやこれやと段取りを決めていき…………。


「よし、これで決まりだな」

「ええ、これで行きましょう」


 あっという間に脱出案がまとまってしまった。

 こんなにさっさと決めちゃって大丈夫なのかな……? ダンさんもエリスさんも冒険者っていう専門家みたいな人だから大丈夫なんだろうけど、さっきのニヤッとした悪い笑みを見た後だと言いえぬ不安を感じてしまう…………。


「ど、どんな感じにまとまったんですか?」

「概ねエステルの言った通りの作戦だ。天井を崩してそこから上の階に登る」

「……………………」

「おいおい、そんな心配そうな目で見るな。しっかり考えてるから大丈夫だ。ただ天井をぶち抜くだけじゃないから安心してくれ」

「そ、そうよ。私たちこれでも専門家なんだからね」


 落ち着いた態度で話すダンさんとは違い、何か思い当たる節でもあるのかエリスさんの目は明後日の方向へ向いている。

 何か隠し事でもしているのかな……怪しい。でも、こういう現場の経験は私には無いからあまり口を挟まない方がいいだろう。


 ダンさんが、さてと一泊置くと説明を始めた。


「まずエリスが『探査魔力壁(サーチ)』で天井の上がどうなっているか調べる。上の安全が確認できたら次に『強制次元転送(ディメンション・ボム)』で天井を抉り取るんだ。威力の高い魔法だと他の天井も崩落するからな。それにこの魔法なら更に上の――俺とエリスが調べてた階の床も抉れる」


 でぃめんしょん・ぼむ? そんな魔法は聞いたことは無いし、本で読んだことも無い。一体どんな魔法なんだろう?


「ディメンション・ボムってどんな魔法なんですか?」

「『強制次元転送(ディメンション・ボム)』って言うのは……まぁなんだ、俺も詳しいことは説明できないんだが、爆発みたいに物を吹き飛ばすんじゃなくて抉り取る――クリームをスプーンですくい取るみたいな感じの魔法だ」

「んー……いまいちピンとこないです」

「まぁ、百聞は一見にしかずって言うしな。ほら――」


 と、ダンさんが指差す方へ視線を向けると、「探査魔力壁(サーチ)」で上の階を調べ終えたエリスさんが魔方陣の構築を始めていた。

 エリスさんの足元に直径二メートル程の魔方陣が魔力を注がれ仄かに光を帯びながら徐々に描かれていく。その魔力に周囲の魔素が反応し、まるで風が吹いているかのようにエリスさんの長い髪をたなびかせる。金色の髪が魔法陣の光に照らされキラキラと輝き棚引く光景はどこか幻想的な雰囲気を感じさせる。

 

 まるでお伽噺に出てきたエルフの女王様みたい…………。

 私はその姿にしばらく見惚れていた。今この場に絵描きがいたなら一心不乱にこの光景を絵に収めようとしたと思う。


 程なくして、描き終えた魔方陣が一度強く光を放つと、込められた魔力を元に魔法が発動する。

 天井にぽつりと小さな黒い球体が出現すると、その球体が魔方陣と同じ直径二メートル程まで急激に広がる。

 そして次の瞬間、その球体が最初の小さい状態に戻り、蝋燭の火を吹き消したかのようにぽっと消え去る。後には天井にぽっかりと空いた穴だけが残っていた。

 魔法を使い終わったエリスさんは手に持っている長杖に体重を掛け、少しぐったりとした雰囲気をしている。そんなエリスさんにダンさんが近づき声を掛ける。

 それもそうだ。あんな瓦礫の一欠けらも残さず消し去る程の威力がある魔法の消費魔力はかなりのものになる。それに範囲を正確に設定する必要がある魔法は高レベルの魔力操作が要求される。大量の魔力にそれを操作する魔力操作に裂いた精神力……寧ろ少しぐったりする程度で済んでいるのが信じられないくらい。

 私の隣にいたダンさんは魔法を使い終えたエリスさんに素早く近づくと、その両肩を手で支えようすを窺う。


「ご苦労さん。終わって直ぐですまないが、あと二回は最低でも使わないといけない……いけるか?」

「ギリギリってところね。無理をすればあと三回――いやあと四回はいけそうだけど、魔物と遭遇した時に戦う余力が残っているかどうか……」


 辛そうなエリスさんを支えながら二人で天井に空いた穴を見上げながら小声で話している。

 エリスさんが隠していたことはこれだったんだ! 魔力消費の高い深い階層の魔法を何回も使えば魔力が枯渇して命に関わる。

 私の出した提案で誰かが命を張ることになるという重責を私に感じさせないために、隠し事が得意じゃないエリスさんが必死に隠そうとしてくれていたんだ……。

 私はそれを信じるどころか疑ってしまった……。


(ごめんなさい、エリスさん。エリスさんの優しさを疑うようなことをして……)


 心の中で一度エリスさんに謝罪をする。何時までもこのことを引きずってはいられないと、一度両頬を手で軽く叩いて気持ちを切り替える。


 それにしても、ダンさんとエリスさんの話で出て来た『あと二回』なんてどうしてわかるんだろう? そんな疑問と共に私も二人が見ている穴の方へ視線を向ける。すると穴の先の――上の階の天井が私達のいる階の天井と同じものだった。

 なるほど、上の階の天井が今壊した天井と同じって事は、少なくとももう一階分は同じような通路があるってことか。

 一人で納得していると、いつの間にかエリスさんと話していたダンさんが武器や防具を外し、ロープを斜めに肩にかけて遠くに離れていた。


「どうかしたんですか、ダンさん?」


 と、声を掛けると「まぁ見てろ」と、ニヤリと笑い返し穴の近くの壁目掛けて全力疾走し始めた。

 そして壁から少し手前のところで踏み切り飛び上がると、壁を蹴り上がりあっという間に上の階に行ってしまう。

 ざっと見た感じ天井まで四メートル以上はあると思うんだけど……。


「ダンは筋肉お化けだからあまり気にしないほうがいいわよ」


 唖然としていた私にエリスさんが肩を竦めて呆れた表情で言う。私はそれに苦笑いで返した。


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