二十三話 馳せる思い
かなり短いですが、今回はアルベルトの“思い”に関するお話です。
エステルがピティアとリースを助け、北区へ向かっている頃。
アルベルトは一軒目の挨拶回りが終わり、馬車に揺られながら次の屋敷に向かっている最中だった。
ミューゼル領にいた時は、社交界や人脈作りよりも武術と魔法の稽古を優先していたから、こういうことは慣れないな、と早くも疲れが見えるアルベルトは、窓から見える似たり寄ったりの屋敷が並ぶ光景に思わず、はぁ、とため息が漏れる。
「まだ一軒目です、アルベルト様。そんなことでは今日中に終わりませんよ?」
向かい合わせに反対の席に座るアーレスが、やれやれといった表情で小言を言う。
普段の鎧姿とは異なり、今は燕尾服を身に纏い、まるで執事のような恰好をしている。実際にアーレスは騎士以外の仕事――それこそ執事や教師、庭の手入れから料理まで――を熟すことが出来るので、今は執事と言っても過言では無い。
アルベルトも、普段は緩めのシャツにズボンといった格好をしているが、今はしっかりとアイロンがけされたシャツとズボンの上からフロック・コートを着ている。
アルベルトは「大丈夫。心配しなくていいよ」と、視線は窓の外に向けたまま、本当はアルベルトの体調を気遣ってくれているアーレスに、言葉を返す。
「この次は誰だったかな?」
「次はハーダル様のお屋敷です。一昨年のパーティーでご挨拶したと記憶してますが」
「あぁ、あの人か……」
一昨年のカプス王国の王都ネーロで開かれた国王主催のパーティーの出来事を呼び起こし、何とか顔だけは思い出すことが出来たアルベルトは、恐らくこのカナンハンで唯一面識がある貴族であるハーダルとは良好な関係を築いておきたいと、なけなしの気力を奮い立たせる。
「時にアルベルト様。こんな時に話すのは不躾だとは思いますが……」
「ん? 何?」
先程までとは明らかに声音が違うアーレスに、外に向けていた視線を向けて先を促す。
「あのエステルという素性がわからぬ娘。本当に学院に連れて行く御積もりで? もし、あの娘がアイリア教の密偵だとしたら、アルベルト様が危険です」
エステルが従者としてアルベルトについて学院に行くことを聞かされているアーレスは、例え命の恩人だとしてもアルベルトに危害が及ぶ可能性があるエステルに警戒感を滲ませ、眉間に出来た深い皺をより一層深くする。
「心配しなくても大丈夫さ。エステルには僕じゃあ無い、別の目的がある。そう感じるんだ……」
髪で“意図的”に隠している右目をそっと撫でるアルベルトにアーレスは更に皺を深くし、そうですか、と短く返す。その後は口を固く結び、もうこれ以上は何も言いますまい、と態度で伝えてくる。
そんなアーレスに苦笑するアルベルトは再び視線を外に向け、今話題に上がった謎多き少女のことに思いを馳せる。
(大赤鬼に襲われた時に見せたあの驚異的な身体能力。魔技の強化とは違う別の何かに感じた……。それに、あの獣人でも無いのに生えている鋭く尖った短い牙に、獣のような瞳。もしかしたら『半獣人』かもしれないけど、耳や尻尾は生えてないし……)
短い牙――少し長めの八重歯に見えなくもない――を覗かせ微笑む、可憐な少女の姿を思い起こすアルベルトは、本人が目の前にいないにも関わらず、一人赤面してしまう。
そんなアルベルトの横顔を見やるアーレスは訝し気な表情を浮かべるが、やがてアルベルトが何を思っているのか薄々勘付き、深いため息をつき、目頭を押さえる。
そんなアーレスのようすに全く気が付かないアルベルトはというと、
(だ、誰だってあんなに綺麗な女の子を前にしたら赤くなるさ!?)
と内心、誰に聞かせる訳でも無い言い訳を呟いていた。熱を帯びた顔を冷ますように、ふぅー、と息を吐き出す。
(でも、本当に何ものなんだろうか? エステルは詮索されるのを嫌がって――怖がっているようにも見える。そんな彼女に無理やり問い質す訳にもいかないし、何より僕がそんなことしたくない。何時か…………何時か、わかる日が来るんだろうか…………)
視線を上げて空を眺めながら、冒険者組合へ歩いていくと言っていたエステルのことを心の片隅で心配しつつ、本人の伝えることが憚れる望みを、彼女のことをもっと知りたいという思いを、雲一つ無く澄み渡る青空へ投げかける。
(…………きっと、まだその時じゃあ無いんだろう。その時が訪れるまで僕は、僕の思いに従おう。彼女を――エステルを助けたいという、この“思い”に)
アルベルト自身も何故その“思い”が起こるのかわかっていないが、確かな決意を赤茶の瞳に宿し、空を見つめる横顔はお伽噺に出てくる騎士のそれを彷彿とさせた。
「アルベルト様。もうすぐハーダル様のお屋敷に到着致します。何時までも思いを馳せていないで、お心のご準備を」
「なっ!? わ、わかってるよ!?」
まさか全てお見通し!? と驚愕し、再び別の意味で赤面するアルベルトを余所に、馬車はハーダル邸の前で停止する。
コホンッと態とらしい咳払いをして、今は目の前のことに集中だ、と気持ちを切り替え。
先に馬車を降りて主人が降りるのを待つアーレスの手を借りて、アルベルトは馬車から降りハーダル邸に足を向けるのだった。
本当は従者云々、アイリア教云々のすぐ後に入れたかった内容だったのですが、どう切り出せばいいかわからず、こんな中途半端なところになってしまいました(汗




