二十二話 冒険者組合に辿り――――着けず
「あぅ!?」
「――気を付けろ!」
「ひゃっ!?」
「――危なねぇだろうがっ! しっかり前見ろ!」
「ちょっ、ちょっと通し――ぐふっ!?」
「――あら、ごめんなさい」
四方の大通りと繋がるカナンハンの中央広場から、北区に向かう最中。
私は人込みに――人の波に攫われていた。
西の大通りも行き交う人は多かったけど、中央広場に近づくにつれてその数は多くなり、気が付けばこうして人という名の荒波に見事に攫われてしまい遭難してしまった。
前も後ろの左右も、どこを見ても人、人、人。まだ十四歳の私の身長だと、多種多様な人の壁を乗り越えて今自分がどこにいるのか、どこに流されているのか全く分からない。
人々が進む方向へと文字通り流されてしまう。
こ、これが真の城下町の姿なの……!? と、町の猛威に晒され、一人戦慄している間にも、まるで川に落ちた木の葉のように、あれよあれよと流されていく。
「ふぅ。や、やっと抜け出せた……」
人の流れに流されながらも、何とか脱出した私は逃げるように人波から遠ざかり、壁に手を着いてほっと一息ついた。
周囲を見ると、大通りとはまるで違い、人が一人通れるくらいの道幅しか無く、お世辞にも綺麗とは言えない道が石造りの建物に左右を囲まれながらずっと先に続いている。
後ろを振り返ると、何本もの枝分かれした道が続いている。
大通りの喧騒は遠く、人通りは皆無だ。
何時の間にこんな人気の無いところに迷い込んでしまったのだろうか、と首を傾げるも、引き返して再びあの人込みに突入する気は起きず、引き返すのを早々に諦める。
「今の私なら、そこら辺のゴロツキくらいは余裕で撃退出来るし、先に進むかな」
乱立する建物に囲まれ、一本道の様相を呈している正面の通路を見やり、アルに言われた通り馬車で送ってもらえばよかった、とため息をつき、とぼとぼと歩き出す。
ごつごつと乱雑に敷かれた石畳を進むこと、しばらく。一本道だった通路は少しずつ道幅と横道が増え始め、ちらほらと浮浪者のような薄汚い人間や獣人が視界を掠め出した。
道幅は一人通るのがやっとだったものが、今や三人程が並んで歩けるくらいに広がっている。
冷や汗が頬に流れる。
正直に言って、もうさっきの場所に戻れない程に自分がどこにいるのかさっぱりわからない。
非常にまずい……。もう冒険者組合に向かうどころの話じゃない!? 屋敷に帰れるかも怪しい!?
それに、さっきから視界を掠める人影。本に出てくるゴロツキのように直接絡んでくる訳じゃないけど、時々獲物を値踏みするような視線を感じて不快だ。
アルから借りているお金が入った、斜め掛けをした小さなポーチを脇に抱える。
「やめ――――――とおし――――」
「――るせぇ――――この――――どうし――――」
「?」
進行方向、通路の先。誰かが口論でもしているような声が微かに聞こえてくる。
こんな路地裏で口論なんて厄介ごとに違いない。ここは進路を変えるべきかな。
そう結論付けるも、ついつい会話の内容に耳を傾けてしまう。
「そそそそそんなのいいいいい言いがかりですっ!?」
「言いがかりだぁあぁ!? そっちのお嬢ちゃんが俺の連れにぶつかって怪我させたんじゃねぇか!? なぁ!」
「いててて。ああ、こりゃ骨折れてますわぁ。いててて」
「骨が折れてるぅ!? こりゃ治療費貰わないとなぁぁ!? なぁ?」
「おおおおおお金なんてああああありませんんんん!?!?」
「金が無いぃぃ!? なら、そっちのお嬢ちゃんが、身体で支払ってもらってもいいんだぜ? へっへっへ」
「い、いや、来ないで……」
まるで本にでも出てきそうなセリフに唖然とする中、ピコンッと妙案が浮かぶ。
本に書いてあった“カツアゲ”というものにあっている人達を助けてれば、この迷路のような裏道から脱出するための道を尋ねることが出来る。
聞こえて来た状況的に時間が無さそうなので、行動は迅速に。
声のした方へ駆け足で向かう。
幸いにも、目的地へは迷うことなく真っ直ぐに辿り着くことが出来た。
視界にガラの悪い二人の男と、それに囲まれ壁際に追い詰められている二人の少年少女が、ビクビクと震えあがっている姿が入る。
二人の少年少女は共に紺色と白を基調とした同じような服を着ており、違いは少年が長ズボンで少女が膝上丈のスカートを穿いている点くらい。
少年は鈍色の髪に橙色の瞳で、顔立ちは中性的。スカートを穿いていたら女性と見まがう程だ。
少女の方は、ショートのとの茶色の髪に茜色の円らな瞳に、濃赤色の枠の眼鏡を掛けている。よく見ると町で見かけたエルフ程じゃ無いけど、普通の人よりも耳が長く先が尖っている。
恐らくは、英雄譚でも時折出てくる『半妖精族』と呼ばれる、妖精族と多種族の親を持つ子供なのだろう。その中でも、エルフの特徴が見えるということは、エルフとの子供、つまりハーフエルフ――ドワーフとの子供ならハーフドワーフとなる――だ。
容姿端麗の二人の顔からは恐怖が滲み出ている。
「怖がるこたぁねぇって。愉しい思いさせてやっからよぉ」
「は、離してっ!? 話してくださいっ!?」
「かかかかか彼女を離せください!?」
「お前はすっこんでろぉ!」
「――ごっふっ!?!?」
一人の男――お金を要求していた方――は少女の手を掴み、強引に引き寄せようとし、少女は必死に抵抗をしている。
少年はそんな少女の姿を見て、なけなしの勇気を振り絞り、男の手を引きはがそうとするけどもう一人の男――骨が折れたとか宣っていた方――にお腹を殴られ、地面に崩れ落ちて蹲ってしまっている。
下卑た笑みを浮かべるゴロツキ達に対して、恐怖が限界点を超えた少女は到頭泣き出してしまった。
その癪に障る光景に顔を顰めつつ、脚に軽く力を籠めて石畳を蹴り出し、跳躍。
「っ!?」
「なっ!? なんだてめぇ!? 何処から湧いて出やがったぁ!?!?」
丁度、少女とゴロツキの間に着地した私は、ゴロツキの言葉を無視して、少女に伸ばされた腕の手首辺りを右手で掴む。
「何しやがんだ、てめぇ!! 邪魔しようって……」
「――少し、道をお尋ねしたいのですが」
凄い剣幕で怒鳴り散らしてくるゴロツキを務めて無視し、少女の方へ顔を向けて何事も無いような顔をし、自然な口調で尋ねる。
「…………………………」
「道を、お尋ねしたいのですが」
「っ!? お、お教えします! お教えしますからお助けて下さい!?」
何が起きたのかわからずに放心していた少女に、再度、ゆっくりと声を掛ける。
ハッと我に返った少女は、口早に助けを求めてくる。
それに頷きで返すと、掴んでいる手に思いっきり力を籠める。
ボキッ。
通路に響き渡る生々しい破砕音に暫し訪れる静寂。
そして、
「ぎゃあああああああああああああああ!?!?!?!」
思い出したように痛みに絶叫するゴロツキは、握っていた腕を離してやると、折れてぷらぷらと垂れ下がる腕をどう扱っていいのかわからなず、「腕が……腕が」とブツブツと呟きながら後退りする。
もう一人の男をキッと蜥蜴を思わせる縦に割れた光彩の瞳で睨み付けると、「ひっ!?」と怯えた声を上げて、腕を折られた男の肩を支えながら慌てて逃げ出した。
「「…………………………………………」」
蹲っていた少年が顔を上げて、怯えていた少女が呆然とした表情で、逃げていくゴロツキ達を眺める中。
ちょっとやりすぎちゃったかな、と内心反省しつつ、二人の方へ振り向き、
「大通りの方へ出たいのですけど、道を教えてもらえますか?」
と、怖がらせないように微笑を浮かべながら尋ねた。
「ささ先程は助けて頂きありがとうございました!!」
「ありがとうございました」
少年は勢いよく頭を下げ、少女は優雅にという言葉が似あうようなお辞儀をし、それぞれ感謝を伝えてくる二人に、こういった時にどう対応すればいいのかわからず、オロオロしてしまう。
アルの時もそうだったけど、あまりこうして真正面からお礼を言われる経験が無いから、どんな顔してどんな言葉を返せばいいか困ってしまう。
そんな私の心情を知ってか知らずか、顔を上げた二人は軽い自己紹介を始めた。
「僕の名前はピティア。ピティア・アレウスって言います」
「私はリース・ボタンと申します」
私も気持ちを切り替えて自己紹介をし、二人について行く形で大通りまでの道案内をしてもらう。
「本当に助かりました、エステルさん! 近道しようとこの道を歩いていたら、角から出て来たあの人達にぶつかっちゃって……」
「ごめんね、ピティアちゃん……。私がよそ見してたばっかりに…………」
「近道しようって言い出したのは僕だし、リースのせいじゃ無いからあやま――だから、人前でちゃん付けはやめてよぉ!?」
恥ずかしいのか、ほんのりと頬を染めて叫ぶピティアさんにリースさんは、「ピティアちゃんはピティアちゃんでしょ?」と、ほんわかとした答えを返すやり取りを見て、思わず頬が緩んでしまう。
「そういえば、エステルさんはどうしてこんなところに? 地元の人でも滅多にここを通らないのに」
「それが、お恥ずかしながら……」
若干赤面しながらも、二人にこれまでの経緯――北区に向かおうとしたら人波に流され、何とか抜け出したらここに迷い込んでしまったこと――を話した。
笑われるんじゃ……と心配しながら話す私に、二人はうんうんと頷きながら最後まで笑わずに聞いてくれた。
そして、話を聞き終えたピティアさんが「それなら……」と、とある提案をしてきた。
「実は僕達も北区の方に向かっている途中なんです。もしよかったら一緒に北区までいきませんか? いいよな、リース?」
「うん! ご一緒に行きませんか、エステルさん」
「いいの!? ゴ、ゴホン、そ、それではお言葉に甘えて……」
思わず素が出てしまったけど、何とか立て直し、その願ったり叶ったりな申し出に飛びつく。
大通りに出れたとしても、あの流れを逆らって進むことはまず出来ないだろう。思い出すだけでも背筋が震えてしまう。
渡りに船とはまさにこのことかな、と二人に感謝しつつ、勝手知ったる道なのか、すいすいと進んでいく二人――主にピティアさんが先導して――について再び北区へと向かう。




