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二十一話 暗躍する者/はじめてのおでかけ

◆◆◆


 エステルとアルが目を覚ます前。まだ日が昇っておらず、太陽を待ちかねる空が白み始めている刻限。

 夜の闇を払い薄っすらと明るくなる中、『欲望の街』と呼ばれているカナンハンの西区。

 カナンハンの西に位置するこの区画は、賭け事に酒、奴隷小屋に娼館、ありとあらゆるものが揃う、欲望に彩られた夜の街だ。

 殆どの店が営業を終了し静まり返る中、全身を黒いローブですっぽりと隠し、フードを目深に被っている男が、人気が無く、薄汚れていて、何処からか鼻に付く悪臭が漂って来そうな路地裏を、ある場所に向けて迷いの無い足取りで歩いていた。

 男は二度、三度と角を曲がり、どんどんと路地裏の奥へと進んでいく。そして、一見何の変哲も無い、しかし、物乞いや孤児、時には犯罪者が身を潜める薄汚れた路地裏には似つかわしくない程に綺麗にされている木戸の前で、その男は止まった。


「………………」


 無言のまま、その男は木戸を静かに三回、二回に分けて叩くと、コツっと木戸に掛けられていた木製の閂が外され、木戸が音を立てずにそっと開く。

 男は迷いなくその中に身を滑り込ませると、木戸の内側に控えていた同じ姿をしたものが素早く木戸を閉じ、再び閂を掛けた。

 木戸の内側はちょっとした一室くらいの大きさがある空間があり、何者かに襲撃されても迎え撃つことが出来るように設けられているものだ。

 奥には建物に入るための重そうな金属製のドアがあり、男は門番の役割のものを一瞥もせずに、すたすたとそのドアに近づき、躊躇いなくそのドアを開け建物内に入る。

 吹き抜けになっているロビーの中央にある二階へと続く階段を上り、左の通路の一番奥の部屋へと向かう。

 ギシギシと態と音が鳴るように設計されている廊下を進み、目的の部屋の前に立ち、ドアを開ける。

 部屋に窓は作られておらず、部屋の中央に置かれた小型の魔力灯が暗い室内をぼうっと怪しく照らし出している。

 やや間を置き、ゆっくりと室内に入り、後ろ手でドアを閉めると、魔力灯で照らし切れていない暗闇から滲み出るように男と同じ格好をしたもの達が六人、姿を現した。


「首尾はどうでしたか?」


 男の正面、部屋の一番奥にいるものが、そう声を掛ける。その声音は女性特有の高いもので、部屋の怪しい雰囲気とは対照的に、とても優しく温かみを感じさせる。


「はい、クローネ様。どうやら、忌み子はこのカナンハンに入ったようです」


 跪き、祈るように胸の前で両手を組みながら報告する男にクローネと呼ばれたその女性は、「そう、ついに……」と喜びに声を震わせて呟く。


「よくやってくれたわ、ご苦労様、ハインリヒト」


 ハインリヒトと呼ばれた男は跪いた姿勢のまま、「勿体なきお言葉」と短く返す。


「このカナンハンでは動きづらいと思いますが、引き続き、忌み子の監視を続行してください。全ては神アイリアの御心のままに」

「神アイリアの御心のままに」


 淀みなく反復したその言葉を残し、ハインリヒトは徐に立ち上がり、一度、深く腰を折る。その時には既に六人の人物は姿を消していた。

 それから踵を返して部屋を出た。


「………………」


 誰もいない静かな廊下を出口に向けて移動する。

 今まで我慢して被り続けていたフードを忌々しそうに両手でがばっと下ろすと、その曇りの無い雪のように真っ白な髪と好青年の凛々しいくも整っている顔が露わになる。

 

「あぁ、あの方にこの知らせを届けたら、どんなお顔をして下さるか」


 あの方がどんな表情を、どんな言葉を掛けてくれるか、そのことを想像し、鮮血のように紅い瞳を喜悦に歪ませ、口端をいっぱいに吊り上げる。

 その顔は、まるで悪魔のように醜悪で悍ましく、先程の好青年とは思えない。


「こうしてはいられない! すぐにご報告をせねば!!」


 再びフードを被り直したハインリヒトは、正面玄関から外に出て、建物を後にする。

 その足取りは門番の役割をしている木戸の側で待機している男が眉を顰める程に、うきうきとステップを踏んでいた。

 


◆◆◆



 約束を結んだ私とアルは、それからすぐに今後についての話し合いを始めた。

 まず初めに話し合ったのは、アルの入学についてだ。

 なんでも、アルは本来、五月にはマジェンヌ・シャトー魔法学院に入学する予定だったらしいんだけど、アイリア教の目を掻い潜ってマナフィス国の領内に辿り着くのにかなりの時間を使ってしまって、今は七月の頭。

 実に二か月も遅れての入学ということもあって、五日後には学院に通い出すという。つまり、私が従者としての作法を身に着ける期間も経った五日しか無いということだ。

 これに関してはマリアの仕事をずっ間近で見てたし、実際にされていた側なのである程度は基礎知識があるから、心配はあまりして無い。元々、王族としてのプライドなんて持ち合わせてないので、それが邪魔することも無い。

 今、一番の問題はアイリア教のことについてだ。

 アルの話だとマナフィス国はアイリア教を全面否定しているということだったけど、いないとは限らない。

 そのことをアルに話したら、完全にいないとは思わないけど、マナフィス国内――それも王都であるカナンハンにアルのことを狙う程の狂信者はいないだろう、とのことだった。

 あれ? これ私の護衛なんていらないんじゃ……と思っていたら、その心内を察してか「保険みたいなものだし、あまり気兼ねしないで大丈夫さ。それに学院内は色々ともめ事が多いって聞くし、もしそれに巻き込まれた時はそれとなく助けてね」と、仕事はそれだけじゃないことを伝えて来た。

 それからも、カナンハンのこと、従者の勉強、学院に通っている力が強い貴族数家――他は従者の勉強中に勉強――の名前など、大まかなことについて話し合い……。


「とりあえず、本格的な話し合いは明日にしよう。エステルもカナンハンに着いたばかりで色々見て回りたいだろうし、僕も午後から懇意にさせてもらってる人達に挨拶しにいかないといけないから」


 ……と、入学前に色々とすることがあるらしいアルの提案で、明日に持ち越しになった。

 気が付けば、もう時間が十一時を過ぎている。昼食には少し早い気もするけど、私の燃費がよろしく無い身体は、空腹を訴える警笛が鳴る寸前だ。

 それにアルも早めに出たいのことで、昼食を頂くことに。予め準備していたのか、すぐに二人分の料理が運ばれてくる。

 しかし、私はそこで疑問を覚えた。いや、本当はもっと前に気づいてもおかしくなかったんだけど……。

 その疑問というのは【明星】の四人がいないこと。朝から姿を見てないし、まだ寝てるにしては遅すぎる時間だ。

 

「アル、【明星】の人達はどうしたの?」


 運ばれてくる料理に視線を釘づけにしながらアルに尋ねると、ややあって「……彼らはエステルが起きる前に出発したよ。『しばらくはカナンハンにいるから、何かあったら冒険者組合(ギルド)を訪ねてくれ』、だってさ」と、若干呆れの含んだ声音で答えるアルを、目の前に置かれた料理から視線を外して見やると、もう今日ですっかり見慣れてしまった困ったような苦笑いを浮かべているアルの姿が目に入る。「そうなんだ」と相槌を打ち、空いてしまった午後の予定を考える。

 冒険者組合(ギルド)にはちょっと用があるし、挨拶も含めて尋ねてみるようかな。



 昼食を食べ終わった私達は用意を済ませて、玄関先でそれぞれ分かれた。

 私は馬車で貴族の屋敷に向かうアルを見送り、一人で冒険者組合(ギルド)のある北の区画へと歩いて向かう。昨日、門を潜った後に見た大通りの両端に露店が犇めいていた辺りが北区だ。

 アルの説明では、広大なカナンハン町は中央広場から四方に伸びる大通りで繋がれていて、その大通りに沿って行けば、まず迷子にはならないとのこと。

 カナンハンの北側に位置する区画には冒険者組合(ギルド)を含め、色々なお店や建物があるらしい。

 武具を取り扱ってるお店も数多くあり、日用品から戦闘用品まで大概のものなら揃うという話だ。

 馬車で屋敷に来た時はそれほど時間が掛からなかったけど、今いる西に位置する西区から北区へ、中央まで続く大通りに沿って歩いて行くと、大人の足で一時間程掛かるらしい。

 アルは馬車を使った方がいいと薦めて来たけど、初めてのエルトナの外の町を見て回りたかった私はそれを断って歩いている。


「一人で町にお出かけなんて、物心ついてからは一度も無かったから楽しみだなぁ」


 大小様々な屋敷を眺めながら、“人込み”というものを体験したことが無い私は、昨日、馬車の中で見た風景を思い出し、心を躍らせ、自然と足取りを軽くする。

移動中のアルの話を入れようと思ったのですが、このままエステルの『はじめてのおでかけ』の話を続けます。

アルの話はエステルの話が終わった後にでも入れようと思います。

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