二十話 その握手は約束の証
二十話目到達&3000PV突破しました!
これからも『亡国の姫と黒騎士』をよろしくお願いします!!
「実は僕、命を狙われているんだ」
「…………へ? そ、それってやっぱり人様には言えないことをして、恨みを買ったとかで……」
「――いやいや、違うよ!? そんなことしてないよ!?」
ぶんぶんと頭と手を横に振って猛烈に否定するアルに「そ、そうなの?」と疑い混じりの声音で尋ねると、「そんな理由で命を狙われているだなんて、他人にわざわざ話さないよ」と若干呆れたように軽く肩を竦めてアルが答える。
「じゃあ、なんで命なんて狙われるの? 貴族の命を狙うなんて余程なことが無い限り有り得ないと思うんだけど」
「うん、まあ、理由を話す前に一つ確認したいことがあるんだ。エステルはアイリア教って知ってる?」
「アイリア教? それって人間を創造したと言われる火と土塊の神アイリアを信奉する宗教だったよね?」
首を少し捻りながら、昔に読んだ創界神話の内容を思い出し、アルの問に答える。
私の知っている限り、この世界には大まかに三つの種族が存在している。
一つは私達人間。さっきも出て来た火と土塊の神アイリアが土塊から生み出したとされる種族。
一つは獣に近い姿の獣人。この種族は狩猟の神ファリーンが自らが狩った獣の血と革を使って生み出したとされている。
最後は妖精族。自由奔放な性格で旅を愛し、風を司る神フリムと、その親友の森の神ポルルが互いに互いを似せて創ったとされる種族で、一部例外はあるものの、この三つの種族は総じて『人』と呼ばれている。
それぞれの神を信仰する宗教はあるけど、その中でも最も人気が無いのがアイリア教だ。
詳しいことは知らないけど、アイリア教は過激な信徒が多いって聞いたことがある。
「そうそう。で、そのアイリア教なんだけど、掲げている教えを簡単に言うと『獣人は魔のものの血が混ざった種族で汚らわしい。人間は彼らを従える立場にある』っていうものなんだ」
「何それ!? ……道理で人が集まらない訳だよね…………」
最後にぼそりと呟いた私の言葉をアルは逃さず聞き取ったようで、「アイリア教は昔こそ人が少なくて下火だったけど、今じゃあ最も“人間”が集まる宗教だよ?」と補足してくるその話を、私は唖然とした表情で聞いていた。
更にアルの補足は続く。
「アイリア教はさっきの教えの話でも出て来た『魔もの』――魔族や魔物を絶対悪としている。だから、獣人云々よりもそっちの方に人間が集まっているんだ。当の獣人も混ざってるのがいい証拠だよ。その勢いは三十年くらい前に、このボールス大陸の北東に宗教国家『聖王国』なんてものを作った程だ……」
私から視線を外して言い放つアルは、必死に何かを押さえているような苦々しい顔をしている。
アイリア教と何かあったみたいだけど、私自身のことを何も教えていない――教えられない今の私にアルの過去を詮索することは躊躇われた。
暫し訪れる静寂。
どこかばつの悪そうなアルは視線を彷徨わせるだけで、一向に続きを話し出そうとしない。
少しじれったくなってきた私は「それで? そのアイリア教がどうしたの?」と静寂を破り先を促した。
そんな私にアルは彷徨わせていた視線をピタリと止めると、「ごめん」と一言いってから続きを話し出した。
「まぁ、その、アイリア教は魔族・魔物に関するものにも容赦が無いんだ。例えば体質や性質がそれらに近いってだけのものにも……ね」
そう言って、部屋の外に待機していた使用人を呼ぶと、あるものを持ってくるように命じる。
しばらくもしない内に運ばれてきたのは、厚みのある三十センチ程の大きさをした六角形の台座の上に、掌に収まる程度の水晶が設置されている見たことの無い変わったものだった。
席を立って使用人からそれを受け取ったアルは、私とアルとの中間に置いた。間近で見ると六角形の六つの端にも小指の先くらいの小さな水晶が埋め込まれている。
私が物珍しそうにそれをじろじろと色々な方向から観察していると……。
「剣術を主とするエステルには縁遠いものかもしれないけど、それは魔質測定機っていうんだ」
……と、アルがその『魔質測定機』の説明を始めた。
「魔質測定機は、人の持つ魔力の性質――属性を調べるための装置なんだ。“魔法師”を目指す人は必ずこれで自分の得意な属性は何か調べて、それを中心に魔法を勉強していくんだ」
「特異な属性ねぇ……。これ、やってみてもいい?」
自身の得意な属性なんて気にしたこと無いから、ちょっとこれやってみたい。
その魔質測定機なるものを指さしながらアルに確認をすると、話が終わった後なら好きに使ってもいいということだった。
「じゃあ、話の続きなんだけど……」
徐にその魔質測定機を手元に引き寄せたアルは、水晶の上に右手を乗せた。
「この装置は中央にある水晶に触れて魔力を流すと、六つの隅に埋め込まれた特殊な水晶が触れているものの魔力に反応して、その魔力に流れる属性に対応した水晶が光るんだ。属性の配置は、エステルの方を向いてる隅から僕から見て時計回りに、光、火、土、闇、水、風の順番に設置されてる。まあ、見た方が早そうだから、早速やってみるよ」
アルが中央の水晶に魔力を流す。すると、水晶がぼうっと淡く光り、次いで二つの小さな水晶が赤と黒に光る。あれは確か、火と闇の属性の位置だったはず。
「見てわかる通り、僕の得意属性は火と闇だ。火は神アイリアの司る属性だから人間に多い得意属性だね。問題は闇の属性なんだ。これは数万人に一人といわれているくらい珍しい属性なんだけど、アイリア教の奴らは『闇属性を持ったものは闇の眷属たる悪魔の子』とかいって粛清の対象にしてるんだ」
水晶から手を放したアルははぁーっと深いため息をつく。水晶に灯っていた光は徐々に弱まっていき、数舜もしない内に完全に消えた。
闇の眷属たる悪魔の子、かぁ。闇属性は魔族と魔物を生み出したとされる神、闇と死を司るデス・モルトの属性だから、言いたいことは何となくわかるけど、流石にそれは無茶な物言いだ。
もし、闇属性を持った人が悪魔の子なら、闇属性を使う人は皆、悪魔の手先になる。
そんな穴だらけの教えをよく信じてられるなと、呆れる。
「なるほどね。つまり、闇の性質を持ってるアルをそのアイリア教の信者が狙ってるって訳だね」
聞き返した私にアルはこくりと小さく頷きを返す。
「僕の故郷のカプス王国は、聖王国とこのマナフィス国に板挟みにされてる小国で、頻りに参加に入るように迫って来る聖王国と――アイリア教と僕一人のためにことを構えることは出来ない。そんな僕を父は国王と相談して、アイリア教を認めていないマナフィス国の学院に僕を入学――いや、亡命させたんだ」
テーブルの上に置いた手が白くなるまで握りしめ、悲しいような、悔しいような複雑な表情浮かべて俯きながら話すアルの姿に自分を重ねてしまう。
アイリア教が、聖王国がある限り、アルは故郷のカプス王国には帰ることが出来ない。それはつまり、事実上、二度と故郷に帰ることが出来ないことを示している。
故郷そのものが無くなった私とは違うけど、二度と故郷へ帰れないのは同じ。それに敵がいる限り命を狙われ続ける状況も同じ、だからアルの気持ちを何となくわかってしまう。
二度と帰れない故郷への悲しみ、何も出来ない自分への悔しさ。
でも、私とは違う感情もあるみたい。それは怒り。アルの瞳の奥にはアイリア教への怒りの炎が揺らめいてる気がする。
『怒りは時に思考を鈍らせ、乱す。しかし、怒りという名の薪を炉にくべれば、それは勇気に変わる』
不意に、昔読んだ英雄譚で語られていた一文が脳裏を過る。
恐怖に震える私が持てなかったもの。逃げて逃げて逃げて逃げることしかしてこなかった私には無かったもの。私と殆ど同じなのに決定的に違っているもの。
尊敬や羨望、嫉妬が綯交ぜになったような感情の中、まるで、光り輝く眩しいものでも見ているような感覚に、思わず目を細めてしまう。
アルは一度大きく息を吸ってふぅーっと大きく吐き出すと、俯いていた顔を上げ、力強い左の瞳が真っ直ぐ私を射抜く。
その表情は、さっきまで私と同じ姿を重ねていた弱々しいものとは違い凛々しくて光り輝いていて……一瞬だけかっこいいと思ってしまった。
「エステルが僕達について来るっていった時に、恩返ししたいって気持ちの他に、マナフィス国の中だから可能性は低いと思うけど、信徒が襲って来た時に大赤鬼を倒せるくらい強い君なら切り札になるって打算もあったんだ。命の恩人を謀るようなことをして本当に申し訳ないと思ってる。こんな大事なことを黙っていてごめっ!? いったいぃぃぃぃぃ!?」
「――ぷっ! あははははははははは!」
再び勢いよく頭を下げたアルは、目の前に置いてあった魔質測定機の水晶に思いっきり額をぶつけてしまい、その真面目で神妙な雰囲気から一変して、赤くなった額を両手で押さえてあうあうと悶える姿に、思わず吹き出してしまう。
お腹を抱えて笑う中、アルは見る見るうちに羞恥のあまり、額だけじゃなくて耳の先まで林檎のように真っ赤になってしまった。
「そ、そんなに笑わなくても……」
「ご、ごめんごめん。だってあまりにもおかしかったものだから」
額を擦りながら上目使い気味にそう訴えてくるアルの姿はハムスターのような小動物的な可愛さがあった。
まぁそれは置いておいて。まさかアルにそんな隠し事があったとは思ってもみなかった。もしかしたら、命の危険があったかもしれないけど、先に巻き込んだのは私の方だし、寧ろ謝らないといけないのは私なんだよね…………。
その後、仕切り直しとばかりに改めて頭を下げようとするアルと止めつつ、「気にしてないから!」と何度もいって再び頭を下げるのを何とか辞めさせる。
「本当に悪いと思ってるんだ……」
「わかった、わかったから! それに巻き込んだのはお互いさまだからね」
「う、うん…………ん? お互いさま?」
「あ、こっちの話だから気にしなくていいよ。ははは。」
思わず出てしまった言葉を若干わざとらしい感が否めない空笑いで誤魔化す。
若干むっと訝し気な顔をするアルだけど、今まで私のことについて何一つ詮索してこなかったアルからは今まで通り聞いてくる気配は感じない。
そんなアルに心の中で、ありがとう、と感謝を述べる。
髪に隠れて、片方しか窺い知れない眉根を寄せていたアルは一度小さく頭を振ると、何時も通りの落ち着いた表情に戻る。
「色々と遠回りになったけど、つまりは僕の従者として一緒に行動すると、もしかしたら信者に僕共々、命を狙われるかもしれないんだ。さっきは軽い調子で従者として――なんて言ったけど、もし、このカナンハンに信者がいたら本当に危険……」
「――アル」
アルの言葉を遮り、その先を言わせないようにする。
「さっきも言った通り、『覚悟はとっくに出来てる』よ。それに、こんな話を聞いちゃったらアルを放っては置けないし」
ニヤリと口端を吊り上げる私にアルは軽く目を見開いている。
そんなアルに私は椅子を引いて立ち上がり、芝居がかったわざとらしい口調で……。
「本日からお世話になります。アルベルト様」
……と言ってアルの前に右手を差し出す。
そんな私の態度に、アルは目尻を下げて、仕方ないな、といった雰囲気を感じる笑みを浮かべながら立ち上がり、私の差し出した手に自身の手を重ねる。
「これからよろしく、エステル」
「はい、アルベルト様」
空いた左手で後頭部を掻く、少し照れくさそうなアルの姿に、なんだかこっちまで照れくさくなってしまう。
こうして、アルは私の調べものに協力し、私は調べものが終わるまでアルを守るという約束が結ばれた。
余談だけど、この後、楽しみにしていた魔質測定機を使おうとしたら、アルの頭突きが効いたのか全く動かず、結局私が何の属性が得意なのかわからなかった。




