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二話 国の崩壊

◆◆◆



 その日の夜。私は自室でマリアの淹れてくれた紅茶を飲みながら寛いでいた。夜は何時もこうやってマリアの入れてくれた紅茶を飲んで過ごすのが日課になっている。

 すると、突然外から大きな音と共に振動が伝わってきた。何かが爆発するようなそんな音だ。

 マリアが慌てて窓に駆け寄り外を確認する。


「城門の方から煙が上がっています!」


 マリアが困惑したような顔でこちらを見てくる。


 ただの事故ならいいけど、今の時間だと正門は閉じられているし、人通りも殆ど無いから可能性は低い。

 あと考えられるのは何者かの攻撃くらいしか無い。城門には常にかなりの数の兵士がいるから、突破できるとは思えないけど……一応準備だけはしておこう。


「すぐに誰かが現状を知らせに来てくれると思うけど、念のために非難の準備をしよう」

「わかりました、エステル様」


 マリアが緊張した様子で頷くと、クローゼットからガウンを取ってきてくれた。昼間は暖かいけど流石に夜になると少し冷える。それに今はゆったりとしたワンピースの寝間着姿だ。この姿のまま部屋の外に出るのはかなり抵抗感がある。

 それを受け取って羽織ると、扉が重くノックされる。


「誰ですか?」

「城内警備を担当しております、デリンジャーと申します」

「どうぞ」

「失礼いたします」


 と、断りを入れてから扉が開かれる。鎧を纏った2人の兵士の内の1人――デリンジャーと思われる男性が部屋に入ってきた。残りの1人は部屋の前で待機している。


 兵士が来たっていうことは、王族を護衛、または非難させなければいけない緊急事態が起こってるってことだ……準備しておいて正解だったみたい。


「お初にお目にかかります。騎士団所属、城内警備隊第三班のデリンジャー・バーチルと申します。夜分遅くに申し訳ありません……」

「いえ、気にしないで下さい。それよりも、現状をお尋ねしてもいいですか?」

「はっ。先ほど賊の攻撃を受けまして、現在城門にて応戦中です。賊が何名か城門を突破した模様で、城内への侵入を許してしまいました。城内に残った兵で捜索はしておりますが、ここに居られると危害が及ぶやも知れません。我々と共にご非難を」


 デリンジャーが背筋を伸ばし真剣な表情で答え、胸に手を当て恭しく礼をする。


 まさか、城門を突破して既に城内にまで賊が侵入しているなんて……事態は予想していたより悪いみたいだ。

 でも、城内にはローズマリー先生や魔法騎士団が帰って来てるから心配ないでしょ。城門の方もすぐに鎮圧されるだろうし一時的な避難って感じかな。


「わかりました。こちらの準備は終わっていますので、護衛をお願いします」

「お任せを。ここから一番近い隠し通路は王城図書館になりますので、そちらへ参りましょう」


 私は軽く頷き、マリアと共にデリンジャーの後ろに付いて部屋を出る。先頭をデリンジャーが、続いて私とマリア、最後尾をもう一人の兵士、という形で王城図書館へと向かう。




 王城の廊下は魔法の光が灯されたランプが等間隔に並べられていて明るい。何時も夜には出歩かないからなんだか新鮮。

 廊下を進んでいると、先にある左側に伸びる通路の奥から激しい剣戟と怒号が聞こえてきた。城内の兵士と賊とが戦っているみたいだ。普通なら避けて通るんだろうけど、図書館はこの道を進まないと辿り着けない。


「しばしお待ちを」


 と、先頭を走っていたデリンジャーが私の前に左腕を出して緊張を滲ませた顔で言ってきた。私はそれに頷きを返す。

 デリンジャーは最後尾を走っていた兵士へ目配せをし、それに頷き返した兵士は壁伝いに通路へと向かっていく。

 そして通路の先の状況を確認するべく兵士が恐る恐る覗き込んだ、その瞬間――通路の奥から手が伸び、兵士の頭を鷲掴みにし、メキメキと音を立てて指が兵士の頭に食い込んでいく。


「がっ! は、放せぇぇぇ放してくれぇぇぇぇ! あぎゃぁぁぁぁぁぁ!」


 突如伸びてきた手の拘束を解こうと兵士がもがいているけど、手の拘束はまるでビクともしない。それどころか手に込める力が強くなっているようで兵士が悲痛な叫び声を上げている。


「くそっ! ベンを放せ!」


 私とマリアの前に居たデリンジャーが腰の左側に吊っていた剣に手を伸ばし鞘から引き抜くと、鈍く輝く金属の刀身が露になる。

 それと同時にベンと呼ばれた兵士の頭を掴んでいた手がゆっくりと持ち上がり、鎧も含めれば片手で持ち上げられるはずが無い重量のベンを宙に浮かせる。

 そして、暴れているベンを意にも介さず、その手の主が姿を現した。


 その姿は鎧を着た大人の男性を片手で持ち上げることなんて到底出来るようにはには見えない細身の青年だった。

 金色の髪を後ろに撫で付け、開いているのか閉じているのかわからないくらい細い眼をしていて、黒い礼服を身に纏っている。まるで社交界にでも出るような恰好だ。

 青年は場違いな程穏やかな笑顔で、持ち上げていたダンを自分の目の前まで引き寄せ――その首筋に二本の長く尖った牙(......)を突き立てた。

 ベンは一瞬唸り声を上げると、だらりと全身の力が抜けピクリとも動かなくなってしまう。その肌は、見る見るうちに生気を無くしたように青白く変色していく。


「ま、まさか吸血鬼!? 魔族は大昔の聖魔戦争で絶滅したはずじゃなかったのか!?」


 デリンジャーは額に冷や汗を浮かべ、険しい顔をしながら吸血鬼の青年を睨み付ける。

 デリンジャーの言う通り、魔族は五百年前にあったとされる聖魔戦争で全て滅びたとされてる。けど、聖魔戦争の記録は何故だか知らないけど殆ど残されていない。そのことから、実は存在しなかったんじゃないかと言われる程に信憑性が低い話で、私も信じてはいなかった。

 でも、今まさに私達の前にはその魔族が脅威をとして立ち塞がってる。


 私はその光景を見て体が石になってしまったかのように動けなかった。


「な、なに、あれ…………」


 今まで感じたことが無い程の恐怖……自らの足が無意識の内にガタガタと震え、呼吸が乱れる。逃げないと、逃げないといけないのに身体が言うことを利いてくれない。

 目の端に薄っすらと涙が溜まっていく。


「エステリーゼ様……ここは自分が抑えますのでお逃げください」


 デリンジャーは小声でそう言うと腰を落とした。そして片手で持っていた剣を両手で握り直し、剣を横にし自身の右側に構える。

 固まっていたマリアがその言葉を聞いて頭を振ると、覚悟を決めたような真剣な顔をして私の方に振り向く。


「エステル様、行きましょう!」


 マリアが返事も待たずに、私の手を取って走り出す。

 その手がものすごく暖かく感じられて幾分か恐怖が和らぐのを感じながら、私はマリアに引かれるがまま、恐怖で凍り付いていた足をぎこちなく動かす。

 後ろでデリンジャーが雄叫びを上げ、走っていく音が聞こえてくる。

 私は吸血鬼に向かっていったデリンジャーの無事を祈ることしかできなかった……。



◆◆◆



 私とマリアは息を切らしながらも、何とか王城図書館に辿り着くことができた。さっきの吸血鬼はデリンジャーが……奮戦してくれてるから追って来てはいない。

 図書館は廊下と違い、夜間は立ち入り禁止なので明かりは殆ど無く、天窓から差し込む月の光だけで薄暗い。


「ふぅ……向こうに裏に隠し通路があるので、そこまで参りましょう」

 

 私が頷くと、マリアは私と手を繋いだまま再び歩き出す。しばらく歩いていると、人があまり来ないのか埃っぽい一角に辿り着いた。


「ここですね。この本棚の後ろです」


 マリアが本棚を調べ、隠し通路を開くための仕掛けを探す。

 私にはただの本棚にしか見えないし、どういった仕掛けなのかも知らない。今はマリアの邪魔をしないように少し離れていよう。


「ありました! この本を押し込むと――」

「何をしているのかなー?」


 音も無く、突然声をかけられ、私とマリアは声のした方へ慌てて振り向く。

 そこにデリンジャーが抑えると言っていた、先ほどの吸血鬼が立っていた。


「探したよー、お・ひ・め・さ・ま! さぁ、大人しく僕と一緒に来てくれるかな? なーに、取って食おうとかそういうんじゃないから安心してよ!」


 と、その吸血鬼は両手を広げ、おどけた様子で言ってくる。

 再び手足が震えてしまうが、今度はしっかりと自分の意志で動かすことができるし思考も働く。


 私を攫うつもりなの? でもなんで私なんかを……? 

 攫うなら王位継承争いをしている二人の姉のどちらかの方が、余程私なんかよりも価値がある。

 もしかして、姉のどちらかと勘違いしてるんじゃ……。


 と、吸血鬼から目を放さずに考えていると、マリアが私の腕を引っ張り自らの後ろに引き寄せる。


「エステル様……申し訳ありません!」


 そう言うとマリアは先ほどの本を押し込み、本棚が扉のように奥に開くと、そこに私を突き飛ばした。


「っ!? マリア何を――!?」


 私はマリアに問いかけるが、その言葉はマリアが天井に放った魔法の爆発と天井が崩れる音により遮られてしまった。

 

 魔法が使えないはずのマリアがどうして!? いや、今はそんなことどうだっていい!! 


「マリア! どうしてなのマリア!」


 私は崩れた瓦礫によって塞がれてしまった仕掛け扉に駆け寄り叫ぶ。


 マリアの返事を聞か無くてもわかる……。

 マリアは私を逃がすために、あの吸血鬼が追って来れないようにするために天井を崩して道を塞いだのだと。そして、少しでも私が逃げる時間を稼ぐために残ったのだと……。

 わかっている……わかっているけど、問いかけずにはいられなかった。これが恐らくマリアとの最後の会話になるとわかっていたから。


「……エステル様。この不肖マリアをお許しください……どうか生きて!」


 マリアがそう言葉を残すと、瓦礫の向こうから激しい爆発音が聞こえだした。

 私は何度もマリアの名前を顔を涙で濡らしながら叫ぶが、マリアからの返事は無い。返ってくるのは、身体の芯を揺さぶるような重い爆発音だけ……。


 ……マリアは言った、どうか生きて、と。だから、何時までもめそめそ泣いてはいられない。

 マリアのためにもここから逃げ延びて生きないと!!


 私は涙を拭うと、後ろに振り返り、暗い通路を見る。

 軽く息を吐いて集中力を高める。頭の中の魔法陣を魔力で掌の上に描いていく。

 発動させるのは、第一階層光属性魔法「暗闇を照らす光(ライト)」。

 単純に、光の球体を出して周囲を照らす魔法で簡単に発動することが出来る。


 魔方陣が描き終わると、掌の上の魔法陣が発動し光の球体が現れ、周囲を照らし出す。

 それを自身の前に翳して通路を照らしながら進み始めた。

 私を命賭けで助けてくれたマリアのために……。




 長い通路を抜け、螺旋階段を登ると、空間を荒く抉り取って作った洞窟のような部屋に出た。

 部屋の外に出ると、そこは王都の外。王都が一望できるような小高い丘の中腹に位置する場所だった。

 王都の方を見ると、城下町や王城の到る所から煙が上がり、町の中央の時計等が炎によって赤く照らされていた。


「待っていたわよ。エステルちゃん」


 私はその光を見て立ち竦んでいると、誰かが聞いたことのある声と口調で話しかけてきた。

 声の方へ顔を向けると、そこには普段の血色の良い肌が、月の光に照らされて病的な程に白く見えるローズマリー先生が優しい笑みを浮かべ、真っ赤なドレスを着て立っていた。


「ローズマリー先生…………ローズマリー先生っ!」


 見知った人物と出会ったことで、私の緊張した心に少し余裕が生まれた。そのせいか自然と笑みかこぼれる……が、ローズマリー先生の周りに広がる光景を見てその笑みが凍る。

 血、血、血。幾体もの屍が転がる死の海。そして、その中心に返り血で(....)真っ赤に染まったドレスを着て佇むローズマリー先生。


「どうしたのエステルちゃん? さぁ、私と一緒に行きましょう?」


 ローズマリー先生がゆっくりとこちらに手を出してくる。私は一歩後ずさり尋ねる。


 か、身体の震えが止まらない……何時もの表情、何時もの声、何時もの口調、何時ものローズマリー先生……。

 どうしてそんな凄惨な光景な中で平然としてられるの? それにあの真っ赤に染まったドレス……ま、まさか……。


「…………どう……して……」


 するとローズマリー先生は、今気づいたかのように一度周りを見回し、自分の姿を確認する。そして納得したような顔を見せると、先ほどの優しい笑顔とは似ても似つかない蠱惑的な笑みを浮かべる。


「あぁ、私の可愛いエステルちゃん……今まで我慢するの大変だったのよ?あの忌々しい男と同じ赤毛に金色の瞳……なのに、どうしてこんなにも可愛いのかしらエステルちゃんはぁ~」


 ローズマリーは恍惚な表情を浮かべて一歩、また一歩と、唇の間から2本の牙(....)を覗かせながら、地面に横たわる父だった物(.....)を踏み越えて近づいてくる。

 昼間にローズマリーが残していった疑問。「今夜会いましょう」とはこの事だったんだ! 

 ローズマリーは吸血鬼の仲間で、襲撃の事も知っていて、私がここに逃げてくることも知っていて……。


「そ、んな、ローズマリー先生が吸血鬼の仲間だったなんて……」

「ふふ……騙していてごめんなさいね、エステルちゃん。でも、もう大丈夫。私にその身を委ねてくれれば、不安も恐怖も全て忘れさせて――」


 私はローズマリーの言葉を全て聞く前に、後ろの森に向けて走り出した。

 マリアのためにも生きなければならない。その思いだけが私の身体を動かす。

 当てなど無い。ただ、目の前にいる脅威から遠ざかるために走る。森に逃げ込んでも、逃げ切れないかもしれない。獣に襲われて死んでしまうかもしれない。それでも、一縷の望みにかけて走る。


「あら、鬼ごっこ? それとも、かくれんぼかしら? ふふ……焦らしてくれるわね、エステルちゃん。お姉ちゃんそういうの大好きよ!」


 ローズマリーが笑いながら、ゆっくりと追ってくる。




 森に入ると、木々の枝や茂みが行く手を塞ぎ暗闇が視界を奪うが、気にする事無くその中へ突き進む。

 枝や葉によって着ていた服は破け、肌には切り傷が増えていく。木の根に足を取られて転んでしまうが、直ぐに立ち上がりひた走る。

 どれくらいの時間走ったのか、どれ程の距離を走ったのかわからない。

 身体は枝の切り傷や、転んだときの擦り傷まみれ。体力も底を尽き、しかし、それでも足を止めない。そこでふと、後ろに耳を傾ける。


「…………静……か……?」


 あれだけの木々の枝や茂みがあれば、少しの音も立てずに追ってくる事なんてできないだろう。

 それにこれだけ暗くて広い森の中、私だけを探し出せる訳が無い。


 近くにあった木に手を付いて、乱れた息を整えながら耳を澄ます。聞こえるのは自分の荒い息遣いと虫の鳴き声だけ。


「な、何とか撒けた……のかな……?」


 一度、深呼吸をすると、安心から全身を強烈な脱力感が襲う。


「どこか身を隠せるところに……」


 倒れそうになる身体を、意志の力で踏み止まらせ、身を隠せる場所を探して、歩き出そうと一歩前に踏み出したその時――


「つ・か・ま・え・た」


 ローズマリーが優しく耳元で囁くと、私の首元に優しく手を回して抱きついてくる。

 あんなに必死に走ったのにローズマリーには息を乱している様子は無く、余裕さえ感じる。


 あぁ、これはもう逃げられない……例えこの腕を振りほどくことが出来たとしても、私が必死に走った距離を息も乱さず余裕で追いついてくるローズマリーからは逃げきれない。


 逃げられない、逃げ切れない。その事実が、私の心を絶望で染め上げていく中、首筋に痛みが走ったかと思うと、全身を強烈な脱力感と痛みが襲い、意識が朦朧としてくる。

 私は目の前の虚空に手を伸ばし、ここには居ないマリアへ心の中で謝る。


(ごめんね、マリア……あなたが命を懸けて逃がしてくれたのに、もう駄目みたい……)


 薄れていく意識の中で、私が最後に見たのは、私の伸ばされた手を取る、漆黒の鎧に身を包み、ヘルムのスリットから怪しく光る双眸を覗かせる、騎士の姿だった……。


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