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十九話 暴露


 朝食を食べ終えて紅茶を飲みながら一息つくと、私は昨日、アルに尋ねたかったことについての話を切り出した。


「ねえ、アル。昨日のことなんだけど……」

「うん? ああ、そういえば何か聞きたいことがあったんだっけ?」

「そうそう。それでね、聞きたかったことっていうのは、このカナンハンで一番本が集まってる、一番大きな図書館って何処かなってことなんだ」

「カナンハンで一番大きな図書館かぁ。そうだなー、それなら迷宮図書館が一番だと思う」

「迷宮図書館?」


 その変な名前の図書館に思わず首を傾げてしまう。

 迷宮で……図書館? 単純に考えればとてつもなく複雑な構造をした図書館っていうのが思い浮かぶけど……。


「そう、迷宮図書館。僕も入ったことは無いんだけど、カナンハンに昔からあるもので、失われた魔法で空間を歪めて作られたとても大きな図書館らしいんだ」


 空間を歪める。そんな魔法があるんだ。今まで聞いたことも見たことも無い魔法……まぁだから“失われた”魔法なんだろうけど。

 魔法には今の人々に伝えられず、書き記した書物も無く絶えてしまった魔法がある。それらは『古代魔法(ロスト・マジック)』と呼ばれ、各地にお伽噺のような言い伝えや名残――迷宮図書館のように発動したままになっているもの――だけが残されている。

 まさかこんなところで『古代魔法(ロスト・マジック)』の話を聞くことになるとは思わなかった、と一人静かに驚く。

 アルは「ここからがその図書館が『迷宮図書館』って呼ばれるようになった所以なんだけど……」、と勿体ぶった言い方をして続きを話し出した。


「なんでも一月に一回、図書館の構造が変わるんだ。こう、部屋の模様替えをするみたいに」

「構造が、変わる?」


 訝しむ私にアルは「やっぱり可笑しな話だよね」と苦笑する。

 その後のアルの話だと迷宮図書館は月に一回、『配置換え』と呼ばれる変化が起きて、一夜にして図書館事態の構造が一変する。だから、古くから存在しているはずの迷宮図書館に所蔵されている書物の全容は把握されていないらしい。

 つまり、配置図も無い広大な図書館内からお目当ての書物を探すのは至難の業ということだ。

 図書館内自体もかなり入り組んだものになっていてそれに更に拍車をかけているそうだ…………。


「はぁ……なんて面倒くさい図書館なの…………」


 と、思わず頭を抱えてしまう。こんなとこで調べものなんて、何か月かかるかわかったものじゃ無い……いや、最悪年単位になる可能性もある。

 

「図書館のことを聞いてくるってことは、何か調べものがあるんだろうけど、迷宮図書館は一般には開放されて無いから難しいと思うよ」


 追い打ちを掛けてくるアルをギっと睨みつけると、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 まぁ、普通に考えてそんな奇怪な図書館を一般に開放するのは危険だろう。これは調べものをする以前にどうやって入るかが問題かな。


「なら入るにはどうしたらいいの?」

「うーん、詳しくは知らないけど、国の許可を取るとか?」


 それを聞いてガクッと項垂れてしまう。

 流石に身分を明かせない私が国の許可なんて取れる訳が無い。こっそり忍び込むにしても一般人立ち入り禁止の場所に警備するものが一人も何もないなんてことは有り得ないだろうし、それを掻い潜って侵入するなんて器用なことは私には出来ない。

 カナンハンに来たのは間違いだったかなぁ…………。でも、吸血鬼達の企てを探るにしたって、具体的に何を調べればいいのかわかって無いから、なるべく多くの書物が必要だし…………。どうしよう?


「他に何か方法は無いの、アル? あ、忍び込むこと以外でね」

「いやぁ…………無いことも無いんだけど……」


 そう言ったアルは顎に手を当てて逡巡する素振りを見せる。


「私に出来ることならなんだってするから! 教えて、アル!」


 ガバッと立ち上がりテーブルに両手をついて、ぐぐいと身を乗り出しアルに訴える。

 アルは目を閉じてうーーーーんと大きく唸りながら悩みに悩み、しばらくしてパッと目を開いて私を見据える。

 その瞳には今までの優しそうなアルの雰囲気とは違う、何か強い意志のようなものが宿っている気がした。

 思わず身構えて緊張してしまう。


「本当に何でもする? 例え嫌な思いや不快な思い、恥ずかしい思いをすることになっても? エステル自身が危険に晒されることになっても?」

「っ」


 え? 嫌な思いと不快な思いはわかるけど、恥ずかしい思いもするの? それって一体どういう状況なの? それに危険に晒されるって……。

 疑問は幾つか浮かぶけど、私を見据えるアルの瞳がその疑問を口に出させない。覚悟があるのか、無いのか。それ以外に回答は許さないといった雰囲気が確かにある。

 だけど、今の私にはその質問は今更だ。


「覚悟はとっくに出来てる」


 アルの瞳を真っ直ぐ見返し、力強くそう答える。

 しばらくの間、私とアルは互いに互い思いを確かめるように見据え合った。

 そして、数秒か、数十秒か、はたまた数分か経った頃、突然アルがふぅと息を吐き出し椅子にへたり込んだ。少し疲労の色が見えるアルの顔にはまるで慣れないことをしたと書いてあるようだ。


「エステルの覚悟はわかった。教えてあげるよ」

「ありがとう、アル」


 私が微笑みながらお礼を言うと、アルは顔を逸らしてしまう。

 なんで顔を逸らすんだろう? 何か私がしたかな? と心当たりの無い理由を探していると、アルは逸らした顔を戻してコホンとわざとらしい咳払いをし、姿勢を正して迷宮図書館に入る方法を話し始めた。

 私も席に座り直して静かに聞く姿勢を整える。


「迷宮図書館に入るには、その上に建つマジェンヌ・シャトー魔法学院に入学するのが一番早い方法だと思う」

「マジェンヌ・シャトー魔法学院?」 

「うん。マジェンヌ・シャトー魔法学院はマナフィス国最大の学校で迷宮図書館の管理もしている。だから、魔法学院の生徒には校舎の地下にある迷宮図書館に入る許可が下りているんだ。つまり入学してしまえば幾らでも迷宮図書館で調べものが出来るってことさ」


 鸚鵡返しのように聞き返す私にアルは首を縦に振り、更に補足説明もしてくれた。

 確かに入学出来れば好きなだけ調べものが出来るけど、まず身分が定かでは無い私なんかが入学出来るんだろうか?

 それに、入学金やらなにやら色々と必要なものが出てくるだろうし、一文無しの私にはそれを揃えることが出来ない。

 そのことを言おうとして口を開きかけた私をアルが片手を突き出して制した。


「言いたいことはわかってる。でも、入学に関しては問題ないよ。いや、厳密に言えば入学する必要は無いんだ」


 ん? 入学しないと迷宮図書館に入れないのに入学しなくていい? どういうこと?

 混乱する私にアルは若干赤くなっているような気がする顔に、ニッコリと張り付けたような笑みを浮かべて続きを話した。


「エステルは僕の従者として学院に通うことになるから」

「え? 一緒に通う? それに従者って……」

「うん。僕がこのカナンハンに来たのは魔法学院に入学するためだからね。流石に今からエステルの手続きすると入学まで何か月もかかる。その点、従者なら手続きする必要も無いし、僕に調べものを頼まれたって言えば迷宮図書館にも入れる」


 なるほど。

 確かにそれなら何の問題も無く迷宮図書館に入れる。侍女も従者もやることは大体一緒だと思うから、マリアの仕事を見て来た私なら仕事の方は大丈夫……だと思う。

 それにしても、こんなことを言うためにさっきの覚悟がどうののやり取りをしたの? もしかして他にも何かあるんじゃ……。

 いくら命の恩人だからって普通はここまでのことしないと思う。私の看病にカナンハンまでの同行の許可、屋敷への滞在、更に今回の迷宮図書館の件。

 ここまでお礼が過ぎれば流石に怪しい。何か裏があるんじゃと勘繰りたくもなる。

 今の私にアルのことを探る時間も無いし力も無いから、ここは直接本人に尋ねてみることにする。

 それに結局、アルが答えようと答えまいと、私が迷宮図書館に入るにはこれしか方法が無いから受けるしか無いんだけどね。

 少し声を低くし睨みを利かせてアルを問い質す。実際に姿見とかで見た訳じゃないけど、恐らく凄みとかは全く無いと思う。


「…………ねえ、アル。ここまで色々なことをしてくれたあなたに、こんなことを言うのは失礼だと思うけど、何か隠し事とか企み事でもあるんじゃないの? いくら命の恩人だからって、ここまでされると流石に何か裏があるんじゃないかって勘ぐっちゃうんだよね」

「いやー、話が早くて助かるよ。実はどう話を切り出そうか悩んでたんだ。どうにもこういうのは苦手で…………」


 ははは、と頬を人差し指で掻きながら微苦笑を浮かべるアルの姿をじっと見つめる。

 あまり人付き合いをしてこなかった私には、アルが嘘をついているのかどうかは正直いってわからない。でも私に対する敵意や害意の籠った視線は感じない。

 長い間、そういう負の感情がこもった視線に晒され続けて来たせいか、ぼやっとしたものでどこから向けられているかまではわからないけど、私はそういう視線を何となく感じ取ることが出来る。

 だから、アルからそういう視線を感じないってことは少なくとも私に直接危害を加えることは無いということだ。

 つまり、隠し事とかはあるけど私に危害を加えることは無いってことだね。


「本来なら、部外者であるエステルを巻き込む訳にはいかないんだけど、馬車旅の時から多少なりと打算はあったし…………とりあえず先に謝っておくね。ごめんなさい!」


 テーブルの上に突っ伏すような形で頭を下げるアルに、一体何について謝られているのかわからない私は眉を寄せて怪訝な表情でアルに続きを話すように促す。


「実は僕、命を狙われているんだ」


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