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十七話 王都カナンハン


 太陽が中天に差し掛かりそして少し傾きだした頃、アルの馬車に同乗させてもらうのに失敗した私は窓枠に肩肘を着いている状態でまた一人で外の風景を眺めていた。


 森を抜けて一時間程平原を走っている馬車からは右手に高々と連なる山脈、左手には広大な平原といった壮大な景色が見えるけど、この二日間ですっかり見飽きた風景でもある。


「カナンハンまで三日って言ってたし、あと一日くらいはこの風景を見続けないといけないのか……はぁ……」


 こんな風なことを一人ごちるのも、もう一度や二度じゃ数え切れなくなっている。何でもいいから暇を潰したい……。


「お暇ですか、エステル様? よければ僕が話相手になりますよ?」

「えっ!?」


 まさか独り言に返事があるとは思わず、慌てて声のした方へ視線を向けるとそこには馬に跨ったガッチガチの重装備の男性――ベンデンスさんがニッコリ笑顔でいた。


「……………………」

「まあまあ、そんなに嫌そうな顔しないで。昨日ののはお遊びが過ぎただけですよ。それにお話って言ってもほんの少ししか出来そうに無いですから安心して下さい」


 相手になる以前に、いくら見晴らしのいい平原で警戒する必要性が低いからといって、護衛のために雇われているベンデンスさんが私と話をしていて言い訳は無いはずなんだけど……。まぁ実際は連絡か何かなんだろうけどね。


「前置きはいいので本題を早く言って下さい。こんなところで油を売っている暇は無いでしょう?」

「ははは、手厳しいな。お言葉通りそうさせてもらうよ。ほら、前を見てごらん」


 微苦笑を浮かべながら前方を指さすベンデンスさんに促されるまま、馬車の窓から顔を出す形で前方を覗く。


「あれは…………まさか……」

「――そう、あれがマナフィス国の王都でもあり、最大の交易都市カナンハンだよ!」


 小高い丘から見える途轍もなく巨大な都市――王都カナンハン。エルトナの王都の数倍はあるんじゃないかと思わせるその巨大な都市は、外周をぐるっと覆う堅牢な城壁の中――町の中腹辺りにもう一回り高い城壁を備えている。中心から少し左側にずれた場所に高々と聳え立つは荘厳なマナフィス国国王が住む王城。

 そして、その城壁を超え町を超え王城を超え、カナンハンを超えた先には太陽の光をキラキラと反射させまるで宝石が散りばめられているような青い平原が広がっていた。


「すごい……これがカナンハン! 噂には聞いてたけどこんなに大きいとは思わなかった……。それに向こうに広がる青い平原は……」

「――あれは海だよ、海。カナンハンは他国との貿易の要所でもあるのさ」

「あれが海………………綺麗…………!」


 エルトナの王都は山々に囲まれた陸地だったから生まれてから一度も海を見たことが無かった。


「昔からマナフィス国は漁業が盛んでね。ここからは見えないけど、反対側に大きな港町があってそこと隣接するようにカナンハンがあるんだ。城壁が二重になっているでしょ? 外側の城壁は城下町の拡大とその港町を守るように新たに作られたものなんだ」

「だから内側にも城壁があったんですね」


 魔物が蔓延る今の世界で壁も無しに大きな町への魔物の侵入を防ぐことは難しい。それに要所であるその港町が襲われて無くなってしまえば致命的な損害になるのは目に見えている。

 

「カナンハンについてはまだまだ話したいことがあるけど、それは自分で見聞きする方が楽しいだろうからここら辺でやめておくことにするよ。それにもうお話している余裕はなさそうだ……」


 そう言って後ろを軽く見やるベンデンスさんの視線の先にはベンデンスさんを睨み付けるアーレスさんの姿があった。

 確かに傍からは何時まで経ってもおしゃべりして怠けているようにしか見えない。実際そうなんだけどね……。


「じゃあまたね、エステル様」

「はい。知らせてくれてありがとうございました」


 私に声を掛けた時と同じニコニコとした笑顔で後ろに下がるベンデンスさんに軽く頭を下げてお礼を述べると、再び視線を前に向けた。

 

 さっきまで若干浮かれ気味だった気持ちは今は寧ろ不安を感じている。

 アルクスには入れたからカナンハンにも入れると信じたいけど、もしもの時はこの人達を押し倒してでも逃げないといけない。その覚悟だけはしておかないと……。



「では、そちらの方は通行許可証を、そちらの冒険者の方は登録証のご提示をお願いします」

「ああ」

「わかったよ」


 門番をしている兵士にアーレスさんとベンデンスさんが通行許可証と登録証(?)を渡している。

 様々な場所から訪れる人々のせいで城門の入り口前は長蛇の列になっていた。でも、門番をしている四人の兵士は慣れた手つきで次々と検査をしていき、並び始めてから四十分程で番が回って来た。

 貴族といえどこの順番待ちは逃れられないようで、アル達とは別の貴族と思われる馬車が何台か並んでいた。


 私はアーレスさんとベンデンスさんの手続きをじっと見ながら緊張を滲ませていた。

 この手続きが難なく済めば次は城門を潜ることになる。エリスさんの話では町に魔族を検知する結界のような魔法が張られているらしい。

 アルクスでは大丈夫だったみたいだけど、このカナンハンでは駄目かもしれないから何時でも馬車のドアを蹴り破って外に逃げ出せるようにしておかないと。

 エリスさんの話には出てこなかったからわからないけど、もしその結界が魔族の侵入を検知したらどういった反応が出るのか…………。警鐘がなるのか、はたまたどこかの誰かに連絡がいくようになっているのか。

 だから兵士の一挙手一投足にも意識を向けなければならない。少しでも怪しい動きをしたらすぐにでも逃げる! アル達には迷惑が掛かるかもしれないけど、そこは仕方ない。 


「………………はい、確かに確認いたしました。ようこそ王都カナンハンへ!」


 到頭許可が下りた。

 アーレスさんを先頭にアルの乗った馬車、私の乗った馬車の順で続く。

 アーレスさんが城門を潜り、アルの乗った馬車が城門を潜った……! つ、次は私の番…………。

 心臓が早鐘を打つようにドクリドクリと鳴り響く中、門番の兵士は何食わぬ顔で次の検査をし始めている。

 二メートル……一メートルと差し迫る城門に緊張が頂点に差し掛かる。そして私の乗った馬車が城門を通過――しかし兵士は何事も無く作業を続けているままだ。

 周囲を見回しても兵士が大挙して押し寄せて来たり、誰かが怪しい動きをしていたり等の変化は見られない。


「ふぅー……何とか通れたのかな………………。やっぱり私は魔法に反応しないみたいだね」


 安心で胸を撫で下ろすと、緊張が解けた影響か額に汗がどっと噴き出す。そのまま背もたれにだらしなくもたれかかる。もしかしたら町中で泳がせて密かに始末しに来る可能性もあるけど、流石にそんな危険な賭けはしないだろうと思う。


 トントンと小気味よく叩かれた馬車のドアにびくりと態勢を整える。


「エステル様。アーレスだ。今日はこのまま館へ向かってそっちに泊まってもらうことになるが、どこか別に泊まる場所や当てがあるならそっちに馬車を向かわせるが……」

「ああ、大丈夫です。ご厄介になります」

「了解した」


 相変わらずの話し方だけど、私はアル達を利用している立場、変に畏まられると逆にこっちが困ってしまうから有り難い。

 中心部へ向けて走り出す馬車の中から町の風景を眺める。

 町の大通りに当たる城門から伸びる道は人々の活気に満ち溢れており人間から耳や尻尾が生えている獣人、それに細く尖った耳に容姿端麗なエルフ(!?)までと多種族が入り乱れている。

 その両脇に様々な露店が立ち並んでいて、ざっと見えるだけで軽食を売っている露店が特に多い。鳥の絵が描かれた串焼きのお店や付加したジャガイモにバターを乗せたものを売っているお店、それにくれーぷとかいう変わったものを売っているお店もある。その間を縫うように野菜や果物を売っているお店が並んでいる。

 大勢の人々で溢れる大通りなんかに馬車が入れるのか? と、思う人もいると思うけど、大通りの中央は基準的な幅の馬車がすれ違えるだけの空間が確保されていて、馬車での移動に不便は無いようだ。

 恐らくこのまま貴族街や馬車を預けられる場所まで続いているのだろう。


 さっきは緊張で周りの風景を見る余裕は無かったからわからなかったけど、種族もそうだけど本当に人の数が多い。どこを見ても人間、獣人、エルフ。人込みに紛れて見えずらいけど、どうやらドワーフも混ざっているみたい。背の小さいひげ面の男性がちらちらと見える。

 これは一人で出歩いたら一瞬で迷子になる自身がある……。その前にこの人波にもみくちゃにされる方が先かな。


 そう感じている間にも馬車はぐんぐん大通りを進んでいき、第二の城壁の城門を潜った。それを境に段々と人通りが少なくなっていき、街並みも雑多とした雰囲気から整然とした趣のあるものに変わってきている。

 そして、到頭人通りが絶え周りの建物はどれも貴族が住んでいそうな豪邸ばかりになった。私達が通った最初の城門が北に位置するから今は丁度東側――王城がある付近の貴族街にいるみたいだ。

 上を仰ぎ見れば近くでは無いにしろ王城がそれなりの距離にあるのがわかる。

 私が王城を眺めていると、とある一軒の屋敷の前で馬車が止まった。他の屋敷に比べるとやや小ぢんまりとした落ち着いた見た目の二階建ての屋敷だ。

 どうやら目的の場所に着いたみたい。

 

 しばらくしてから再びトントンと小気味よく馬車のドアが叩かれ、「失礼いたします」とドアが開けられる。


「エステル様。屋敷に到着いたしましたのでお降り下さい」

「わかりました」


 アーレスとは別の騎士がドアの側に立っており、差し出された彼の手を取ってゆっくりと馬車から降りる。


「長い馬車旅ご苦労様、エステル」


 そう言って馬車を降りた私を迎えてくれたのは先に降りていたアルだった。


「アルもね。それにしても、まさか馬車旅がここまで大変だとは思わなかった……。主に暇って意味で」

「あはは、もし次馬車で旅することがあったら本とか何か暇を潰せるものを持っていくといいよ。でも、もうその暇な馬車旅は終わったんだし、今日はここでゆっくりと休んで。それと、もしよかったらここに好きなだけいてくれていいから」

「ありがと。お言葉に甘えてそうさせてもらうね」


 思わぬところで拠点が手に入ってしまった。少し申し訳ない気持ちもあるけど、一文無しな私には有り難すぎる話だ。これで当面は宿の心配は無いけど何とかしてお金を集めないと。何時までも一文無しなのは流石にまずい。


「こんなところで立ち話もなんですから、お屋敷の中でも案内差し上げたらどうですか? アルベルト様」

「そうだね。さあついて着てエステル! 屋敷を案内するよ」


 アーレスさんはアルに話し掛ける時は敬語なのか……と、思いながら案内してくれるというアルの後ろについて屋敷の門を潜った。


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