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十六話 馬車旅


 アルにカナンハンまで一緒に連れて行ってほしいと頼んでから二日が経った。

 私が話をした次の日にはカナンハンに向けて村を発ち、今私がいるのはアルがアルクスから眠ったままの私を連れて行くために用意してくれた馬車の中。アルが雇った冒険者四人の内一人だけ女性がいて、その人が選んでくれた清潔感のある白いブラウスに濃紺色の丈の短いスカート、その中にスカートの丈より短い同色のパンツをスカートの下に着用しているという出で立ちで座席に座ってぼうっと外を眺めている。

 馬車は前に大赤鬼(オーガ)に壊されたものと同じような二頭立ての箱馬車だ。黒を基調とした中に所々赤茶色を取り入れた配色の外装に装飾は過度にならない程度にされている。

 内装はチョコレートのような黒味の強い茶色で、向かい合うように設置された革張りの座席は淡いクリーム色をしていて落ち着いた雰囲気をしている。

 本来は四人用の馬車なんだけど、中にいるのは私一人だけだ。アルは自分が乗って来た馬車があるからと、そさくさとそちらへ乗ってしまった。

 カナンハンまでは三日程掛かるとのことで、私は人生初の馬車旅に少し心が弾んでいたんだけど……。


「はぁー、こんなに暇になるなら無理やりにでもアルの方の馬車に乗せてもらえばよかった…………」


 私がこんなにも早く馬車旅に飽きているのにはとある訳がある。

 それは馬車旅初日の夜からの出来事。

 予定よりかなり遅れているらしく、その遅れを取り戻すために道中にある村々を通り過ぎ平野で野宿することになった。

 冒険者の四人と護衛の騎士四人――狩人風の男性は前の雇っていた冒険者でアルクスで別れたらしい――が交代で火の番をする中、私とアルはそれぞれの馬車の中で先に休ませてもらっていた。

 怖ず怖ずと馬車の中で目が覚めた時に着ていた寝間着と同じ種類のものに着替え、着ていた服を綺麗に畳んで迎えの座席に置いて横になる。

 馬車の座席は軽く足を曲げれば横になれるくらいには広く、身体の上に薄手の毛布を掛けて瞼を閉じて寝に入った。でも、どんなに寝ようとしても眠くならなかった。

 最初は初めての馬車旅だから興奮しているだけだと思っていたけど、一時間、二時間と経っても寝付けないことに少し違和感を感じた。そのまま一人毛布に包まりながらもがいていると、到頭空が白み始め、番をしていた冒険者の一人が寝ている皆を起こし始めてしまった。


(ま、まぁ夜寝れなくてもお昼頃にはうとうとしてくるはず……)


 心の中で一人ごちると、馬車のドアが叩かれ騎士の一人が出発する旨を伝えて来た。



 そして始まる馬車旅二日目。日が昇り切る前に出発し、私は何をするでも無く過ぎ去る外の風景を眺めていた。

 しかし、その風景が最大の敵だったのだとこの時の私は知らなかった。


 かなりの速度で過ぎていく森の景色は延々と同じようなものが続き、森を抜けると次はただ広いだけで何も無い平原の景色が延々と続くだけ。そして平原から森へ、そしてまた平原…………。村も無ければ町も点在していない。

 初日はそんな風景の繰り返しでも楽しかった。見たことも無い木々や動物。どこまでも続くのではと思わせる――そう感じただけで実際はそんなに広くは無い――広大な平原。遠くに見える聳え立つ山々。

 城に籠っていた私からすればどれも新鮮な景色だった。

 でも、それも何時間も見さされれば、いくら新鮮な景色だって流石に飽きる。


 そして現在。外の景色を見るのに飽きた私は、眠気が襲ってくるのを待っているんだけど、その気配は全く無い。

 その代り、前よりは感じないが身体を襲う軽いだるさを感じている。


「はぁー、早く到着しないかな………………はぁー…………」


 馬車内に誰もいないのをいいことに、声にだして一人ごちる。心の中でごちるよりは声に出した方が少しは気が紛れるような気がした。でも気がしただけだったけど……。



 そのまま昼が過ぎ、日が落ちて夜になって再び野営をすることになった。そしてアルと私は先に休ませてもらい…………そこである問題が発覚した。


 それは眠ることが出来なくなっているという重大な問題だ。

 流石に丸一日以上起きていて全く眠気を感じ無いなんてことはほぼありえない。それこそ覚醒作用がある薬でも服用しない限り無いだろう。勿論、そんな薬を飲んだ覚えはない。

 ただでさえ移動中も暇を持て余しているのに夜まで暇になるとは思いもしなかった――――訳では無い。移動中にたっぷり考える時間があったから何となくそうじゃないかと考えていたし、何か違和感のようなものも感じていたから全くの予想外では無いんだけど……。

 いざ事実を目の当たりにすると予想以上に衝撃は大きい。主に暇な時間が増える的な意味で。

 理由は恐らく更に半吸血鬼化が進んだためだと思うけどはっきりとしたことはわからない。半吸血鬼に関してもカナンハンで調べられるようなら調べたい。


「はぁー…………」


 座席の背もたれにだらりと身体を預け、徐に視線をドアに取り付けられた窓の外、焚火を中心に集まって地面に直接座っている冒険者四人に向けた。


 アルから出発前に軽く紹介はされている。何でも少しは名の通った冒険者らしい。

 顔以外の全身をがっちりとした鎧で覆っている男性はベンデンス・リーヴァさんという人で、冒険者チーム【明星(あけぼし)】を率いるリーダーだ。

 村にいたふくよかな中年女性と同じ黒に近い紫色の髪を邪魔にならない程度に切りそろえていて、くりっとした大きな瞳に丸っぽい顔立ちをしていて私より少し年上くらいにしか感じない。がっちがちの重装備がここまで似合わない人は他にいないと思う。


 その隣にいる白色のノースリーブに黒色のパンツの上からくすんだ白色をしている金属の胸当てに篭手、すね当てと、隣の重装備とは対照的に軽装の女性はメイリーン・ファティマさん。すっとした美しい顔立ちに澄んだ蒼い瞳、若干癖のある栗色の髪を頭の後ろで結わいてポニーテールにしている。胸当てをしていてもわかる程の豊かな双丘が細身の体躯も相まってかなり自己主張している。

 私を除いた唯一の女性で私が着ている服を見繕ってくれた人でもある。【明星】の副リーダーをしているようだ。


 二人の向かい側に位置する場所にいる若い二人の男性がメナさんとメノさん。この二人は双子で殆ど同じ容姿をしている。ベンデンスさんと同じ色の髪を前髪が目に掛かるくらいに伸ばしていて、細長の目に若干角ばった顔つきをしている。二人とも全身をすっぽりと覆い隠す濃紺色のローブを着ていて、メナさんは赤い宝石が上端に付いたワンド――大体腕の長さと同じくらいの長さをした杖――を、メノさんは自身の身長よりも一回り小さい上端から下端まで一定の太さを持つ打撃にも使える長杖をそれぞれの隣に置いている。

 メナさん、メノさんはどちらも魔術師で、兄のメナさんが攻撃系を、弟のメノさんが回復系の魔法を使うらしい。


 出発前の軽い挨拶だけだったのでどういう性格の人達かはわからなかった。私達がカナンハンに無事辿り着けば彼らの仕事は終わり、その後は恐らくもう会うことは無い人達だからあまり気にならない。

 

「――それで今日の分担なんだけど…………ん?」


 暇なのでぼうっとようすを見ていると、不意にこちらを向いたベンデンスさんと目が合ってしまった。ニッコリと笑いながら手を振っている。おまけに他の三人もそれに釣られてこっちを見てくるから気まずい…………。

 適当に外面用の笑顔を浮かべて手を振り返す。それから不自然にならないように視線を逸らそうとした時……。


「――眠れないならこっちに来て少しお話でもしないかい?」


 先手を打たれた……。断ることは簡単だ。きっぱりと「お断りします」と言ってしまえばいいだけだ。でもこれはもしかしたらいい機会なんじゃないだろうか。暇を数時間潰せる恰好の機会!

 寝ないのに寝間着に着替えるもの面倒なので昼間の恰好のままだけど、第一階層光属性魔法「浄化(クリーン)」で服と身体を綺麗にしているから臭いなどは特に気にならない。初日の夜にも「浄化(クリーン)」で綺麗にしていたから今更気にするのもあれだけど。

 

 「浄化(クリーン)」は生活魔法と呼ばれるもので、主に一般的な生活の中で使うことを主とした魔法の一つだ。効果はただ汚れを綺麗にするだけで魔法陣もかなり簡略化されているし、魔力操作らしいことも特に必要じゃないので魔法陣を暗記することが出来れば誰でも使うことが出来て便利。ただ簡略化の結果、魔力の消費が思いのほか大きくて何の特訓もしていない一般人が乱発するとすぐに気を失ってしまう、という若干、本末転倒気味な魔法でもある…………。


 座席からゆっくりと立ち上がり、馬車のドアを開けて外に出る。夜風が私の白くなってしまった髪を揺らし、月の光がその姿を照らし出した。

 手招きしているベンデンスさんの方へ向けて歩き出す。


「こちらへどうぞ、お嬢さん」


 ベンデンスさんが近くにあったトランクを焚火の近く――焚火を中心に二人ずつに分かれて座っているので、テーブルで言うところの上座のような位置――に置いて、持っていたハンカチをその上に敷いてそこへ座るように促す。

 私は地面でも構わなかったけど、折角厚意で用意してくれたのでそこに座わった。


「ようこそ御出で下さいましたお嬢様。この度はお越しいただき恐悦至極に存じます」


 ベンデンスさんが座ったままやけに仰々しい言葉遣いに態度で礼をしてくる。それにメイリーンさん以外は全員苦笑いだ。


「完璧な言葉遣い。流石です、リーダー」

「でしょ?」


 無表情で興味なさげに言うメイリーンさんに微笑みを返すベンデンスさん。よく見ればどちらも整った顔をしていて傍から見ればいい絵面なんだろう。話している内容とメイリーンさんの無表情の除けば。

 メナさんとメノさんは何時もの光景なのか「やれやれ、またか……」などと肩を竦めてぼやいている。


「こ、この度はお招きありがとうございます。ベンデンスさん」

「いえいえ、実は初日の自己紹介をした時から話しかける機を窺っていたんですよ。何せ依頼では護衛対象一人と聞いてたもので、急遽増えた護衛対象に少なからず興味がありまして。それも白髪で可憐な少女となると尚更、ね」

「……………………そうですか」


 童顔にガチガチの重装備でウインクしてくるベンデンスさんに、再びの愛想笑いで乗り切る。この人とはなるべく関わりたくないと思ってしまった。言葉遣いは割と落ち着いているのに、何故か漂う変態臭を感じる…………。


「早速、何時も通り女性に引かれてます。流石です、リーダー」

「余計なこと言わなくていいからね、メイ。だいたいメイの合いの手は何時も――――」


 何故かメイリーンさんへのお小言に発展してしまった。

 『何時も通り』ってことはこれがベンデンスさんの素なんだろう。たぶん鎧を脱いで言えば違和感は無いんだろうけど、童顔にガチガチ鎧の重装備があまりにもミスマッチ過ぎて…………こう、熊の身体の上にちょこんと可愛らしい犬の頭が乗っかってる感じ。


「悪いね、エステル様。ベンデンスは何時もああなんだ。あれでも意外と頼りにはなるから安心してくれ」

「メイリーンもねーあんな態度取るのはベンデンスさんだけだから安心してー」


 と、笑顔を張り付けたまま考え込んでいた私にメナさんとメノさんが話掛けてきた。

 

 メナさんは前髪を左に流していて、メノさんは逆に右に流している。それで見分けが付くようにしているみたい。

 双子って言ってたけど話し方は全然似てない。普通の話し方の方がメナさんで、所々間延びしているのがメノさんだ。


「全然気にしてないから大丈夫ですよ。それよりも止めなくていいんですか? 二人とも立ち上がって臨戦態勢になってますけど……」

「あ、ああ、恥ずかしながら何時も通りだからほっといても大丈夫さ」

「そうそー結局殴り合いになってベンデンスさんがーメイリーンに組み伏せられて終わるから大丈夫ー」

「えぇぇ……………………」


 あの見た目でメイリーンさんに取り押さえられるんだ。ベンデンスさんが見た目だけなのか、それともメイリーンさんが見た目とは裏腹に力持ちなのか。



 結局メナさんとメノさんの二人と軽いおしゃべりをして、ベンデンスさんがメイリーンさんにがっちりと組み伏せられたところで、お話に付き合ってくれた二人にお礼を言って馬車に戻った。

 メイリーンさんとはお話してみたかったど、同時にベンデンスさんが戻って来るので断念した。

 

次から王都カナンハン編スタート! ………………予定です。

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