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十五話 選択

 差し込む陽の光で目が覚めたそこは、見知らぬ部屋のベッドの上だった。

 上体を起こして部屋を見回す。私が寝ているベッドのすぐ右手には小さな丸いテーブルに椅子が二脚、左手には木の開き戸の窓、ベッドの向かい側には大きめのクローゼット、その右隣には姿見がある。出口は姿見の更に右に伸びる短い通路の先にあるみたい。


「…………ここ、どこ?」


 問いかけても私以外には誰も部屋にいないから当然返事は返って来ない。


 確か大赤鬼(オーガ)と戦ってて……二人を蹴り飛ばして……ここから記憶が飛んでいる。一体どしてベッドなんかに……それにこの服。仕立てのいいクリーム色の綺麗なワンピースの寝間着に着替えさせられてる。少し丈が長めで立ったら床に擦っちゃいそう。ずっとボロボロの服にエリスさんから借りてたローブを羽織ってたから、ちゃんとした服を着るのは久々かも……。


 何時まで寝ている訳にはいかないし、もとりあえずはここがどこなのか確認しないと。

 身体の上に掛けられた薄い毛布を捲ってベッドから立ち上がる。未だに身体が寝ぼけているのか覚束ない足取りで窓の前まで歩き、恐る恐る窓から外を見ると疎らにある民家らしき建物に畑に家畜の放牧場にと、まさに絵に描いたような村の景色が広がっていた。私がいる建物は二階建てのようで村の端まで見渡せる。


 村なんて実物を見たこと無かったけど、本に載っていた通りの風景と同じ。本当にそのままなんだ……。と、少しの間外の風景に感動していると、ガチャリとノックも無しに扉が開く音が部屋に響く。

 慌てて扉の方へ視線を向けると、そこには黒に近い紫の髪を後ろで一つにまとめているふくよかな中年女性が立っていた。


「あっ」

「あっ」


 互いに短くない時間を言葉も無く見つめ合う。私としても予想外の遭遇だったけど相手の方が予想外だったみたいで、中年女性は扉を開けた態勢のまま口を開けて固まってしまっている


「あ、あのー」

「――はっ! み、ミューゼル様ぁ! お連れの方が目を覚まされましたぁぁぁ!!」


 私が声を掛けた途端に扉を開けっ放しにしたまま、踵を返して出て行ってしまった。そんなに私が起きているのが大変なことなのかな?

 今だったら楽に外に出れそうだけどこの格好のまま外に出るのも抵抗があるし、誰かを呼びに行ったみたいだからとりあえず待とうかな? 特に眠ってしまっていた間に危害を受けたって訳じゃ無いから相手は私に危害を加えるつもりが無いのかも。それなら、無暗に歩き回るよりもここに来る人を待って話を聞いた方が早い。


 ベッドに縁に腰を下ろして待っていると、下からドタドタと慌ただしい複数の足音と共に、どこか見覚えのある少年と小人鬼(ゴブリン)を屠ったあのリーダーと思われる騎士が部屋に入って来た。


「あれ? あなたは確か」

「――目が覚めてほんっとうによかったぁ! どこか具合の悪いところは無い? 痛いところは?」

「あ、い、いや、大丈夫だけど……」


 ぐいぐいと顔を近づけてくる少年に私は若干引きながら答える。異様に顔が近いなぁ……。

 すると、少年は私の答えにほっと胸を撫で下ろし、はっと何かに気づいたように瞬時に離れる。若干顔が赤いのはなんでだろう?

 少年の後ろに立っている騎士はやれやれと若干呆れ気味の表情を浮かべながら静観している。


「そ、そういえば、自己紹介がまだだったよね。僕の名前はアルベルト。アルベルト・ミューゼル。そして後ろの彼が護衛隊の班長のアーレス」

「アーレス・アイマンだ。戦いの中で一度顔を見合わせたな」


 アルベルトと名乗った少年は魔物に襲われていた一団にいた貴族だ。あまり印象に残っていなかったと思っていたけどぼんやりとは覚えていたみたい。

 光に当たりキラキラと煌く金色の髪に赤茶色のくりっとした目をしている。顔は……まぁ整っている方だろけど平凡な顔つきで、右目を隠すように前髪を流しているのが特徴と言えば特徴かな? 年齢は前にアルベルトが言っていた通り、私とそう変わらないように見える。

 護衛隊班長のアーレスは粗野な言葉使いだけど優しい雰囲気のおじさんって感じ。髪は短い黒髪で瞳の色はアルベルトと同じ赤茶色をしている。


「私は……エステル」 

「いい名前だね、エステル――ちゃん?」

「ちゃん付けはやめてくれない? 私もアルベルトって呼ぶからそっちもエステルって呼んでよ」

「わ、わかった、エステ……ル。じゃあ僕のことはアルって呼んでよ」

「わかった」


 戸惑いながらも私の名前を呼ぶアルはまた顔が赤くなっている。風でも引いてるのかな? 

 やっぱりローズマリーに散々ちゃん付けで呼ばれてたせいか、誰にちゃん付けされても不快な気持ちになる……。


「そうだ! エステルの目が覚めたら助けてもらったお礼を言おうと思っていたんだ。大赤鬼(オーガ)に襲われていた僕達を助けてくれて本当にありがとう」

「俺からも、部下とアルベルト様を救ってくれて感謝している」

「お礼を言われるようなことは何も…………たまたま通りかかっただけだけだから……ね…………」


 深々と頭を下げるアルベルトとアーレス。助けた本当の理由を話す訳にもいかないから適当に濁す。それにしてもまさか貴族の子供のアルベルトがこんなにも素直に頭を下げるなんて思ってもみなかった。


 私の知っている貴族はプライドが高くて相手にこんなに頭を下げることなんてしない。高慢でプライドが高くて自分より地位が低いものは見下す。それが私の中の貴族の印象だった。それは貴族の子供だってそうだった。親が親なら子も子とは昔の人はよく言ったものだと感心した程だ。

 でも、今目の前にいるアルベルトはそんな貴族の印象とはかけ離れている。命の恩人だからってこんな正体不明の不審者にここまで貴族が頭を下げることは無かった。なんだか調子が狂うなぁ……。


「そ、それより、ここはどこなの? なんで私はこんなところにいるの?」

「エステルは僕とアーレスを庇って受けた攻撃で気を失ったみたいだったから、森の中に一人でいるなんて何か事情があるとも思ったけどアルクスまで一緒に連れて行ったんだ」

「あー……何となく思い出した……。でもここ町じゃなくて村だよね?」

「そう、ここはアルクスから馬で五日の位置にある村だよ。順を追って説明すると、気絶していたエステルを連れてアルクスに入ったのはいいんだけど、エステルの目が一向に覚めなくて……。僕はカナンハンに用があってアルクスを発たないといけなかったんだ。だから、悪いとは思ったけど一緒に連れて来たんだ」

 

 説明し終わったアルベルトは申し訳なさそうな顔をして項垂れる。

 町中で半吸血鬼だってバレたら大変だから連れ出してくれたのはいいけど、普通眠ったままの怪我人を連れ出すのは駄目だと思う。まぁ私の場合、アルクスに着くころには治っていたと思うけど……。

 それにしても、アルクスから五日……それも馬で……。寝ないで走れば三日あれば着くと思うけど、アルクスに入れない私じゃダンさんとエリスさんを探すのは難しいし、もう移動してしまっている可能性もあるから合流は難しかな……。

 ………………ん? アルクスから馬で五日? それって……


「それって私が五日も眠りっぱなしだったってこと!?」

「い、いや、正確にはアルクスで必要なものを揃えていた二日分もあるから七日かな……」

「な、七日も眠りっぱなしだったなんて………………」

「だから、もう目を覚まさないんじゃないかと思って心配してたんだよ。…………本当に目が覚めてよかったよ」


 満面の笑顔でそう言ったアルは凄く嬉しそうで、じーっと見ていると顔を赤くしながら苦笑いを浮かべて目を逸らされてしまった。やっぱり熱でもあるのだろうか?


 そういえば、さっきの話でもアルクスに入ったって言ってたけど、エリスさんの話だと確か町には魔族を感知する結界があるから入ったら捕まるって……。

 もしかしてアルクスの結界が機能していない? それとも私に反応しなかっただけ? うーん、今は考えても答えは出ないかなぁ……。

 とりあえず結界のことは置いておいて、私の今後について考えないと。今取れる選択肢はすぐに思い浮かぶもので三つ。

 まず一つ目はアルクスに戻るっていう選択肢。これはダンさんとエリスさんに合流するのは難しい。もしかしたらアルクスに入れるかもしれないけど、入れたとして合流出来るかわからない。今から戻ったとしても私がいなくなって十日近く経っていることになるから、もう別の町に向かってしまった可能性が高い。それにお金も伝手も無いから滞在は難しい。


 二つ目はこの村に滞在するっていう選択肢。さっきも言ったけどお金が無いから滞在は難しい。それにここに滞在しても何も得られるものが無い。


 三つ目はアルベルト達と一緒にカナンハンに行くっていう選択肢。私の記憶が正しければカナンハンはマナフィス国の王都。

 今回のことで逃げているだけじゃ駄目だってわかった。吸血鬼達を倒さない限り私は追われ続けるし、関係ない人々が巻き込まれてしまう。アルクスみたいに入れるかはわからないけど、王都なら歴史書やら研究資料やらあるはずだから吸血鬼達が私を狙う理由の一端でも知ることが出来るかもしれない。でも、一つ目と二つ目の選択肢と同じで、お金が無いから滞在は難しい。

 

 三つの中から選ぶとすればやっぱり一番実りがある三つ目だと思う。アル達の行先がカナンハンなら乗せて行ってくれるだろう。カナンハンならダンさんとエリスさんに連絡が出来るかもしれないし一石二鳥だ。お金に関してはどうにかしないといけない。最悪、アルにお願いして少し貸してもらうことになるかも。


「急にどうしたの、エステル? そんな難しい顔して?」


 考えている間に割と時間が経っていたみたい。アルが小首を傾げて尋ねてくる。


「ちょっとアルに頼み事があるの」

「僕に出来ることなら何でも言って!」


 腰に手を当てて胸を張るアルの姿に少しクスッときてしまう。今思えばこうして気軽に話せる同年代の知り合いはいなかった。こういうのを“ともだち”っていうのかな? ……今はそんなことよりカナンハンに行くことの方が大事だよね。


「アル達と一緒に…………私をカナンハンまで連れて行ってほしいの」

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