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私をつかまえて   作者: 西形ゆうな
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公爵令嬢の結婚事情

 今年も社交シーズンがやってきた。


 注目は何と言っても昨年デビューを果たしたクリスティーナ・スティラート公爵令嬢だろう。スティラート公爵家はかの有名な五大公爵家のひとつ、その中でも王家と対を成す特別な一門だ。

 しかし貴族の子息達が彼女を熱望するのにはまた別の理由がある。彼女の夫には次期スティラート公爵家当主の座が転がり込む可能性があるのだ。

 これは極めて特殊な事例と言わざるを得ない。周知の通り、我らがルノア国は男子相続が原則だ。本来であれば、スティラート公爵家の継承権は彼女の弟で公爵家嫡男のアレン・スティラートのものである。しかし彼は当代の闇の御子、定めに則り爵位は継げない。そして公爵家次男で彼の双子の弟もなんと闇の御子なのだ。『双子の御子』誕生という建国以来久方ぶりの慶事は有名な話だが、ここで問題になるのが、スティラート公爵家の直系男子が他にいないということなのだ。

 王家同様、その特異な血筋からスティラート公爵家では当主の血統の継承が最優先事項である。三人の子供の母親である前公爵夫人は既に亡くなっており、その後すぐに嫁いだ現公爵夫人には現在に至るまで子供は授からなかった。もし今後スティラート公爵家に新たな男子が生まれなければ、今まで日の目を見なかった『スティラート公爵家の特例』が適用される見込みが高いのだ。

 先述の通り、スティラート公爵家では当主の、より正確に言うならば『現当主』の血統の継承が何より優先される。つまりこのまま行くと、クリスティーナ嬢が将来産むであろう子供が公爵家の正当な継承者になるのだ。そしてそれを可能とするために、公爵家の直系女子の夫に一時的に公爵位を継承させる特例が、正式な法律として定められている。もちろんこれは血統の維持に重きを置いた緊急措置であるため、直系女子の夫である限りは、との注釈がつくのはもちろんのこと、直系女子との婚姻後、二年以内に子供を授からなければ問答無用で離縁となるという、まさに『種馬』としての役割が求められている訳であるので、誇りや体面を重視する貴族の子息からすれば些か不本意な面を持つ法律であろう。

 しかしそれでも、上手くすれば次期公爵。これまで『スペア』に甘んじていた貴族の次男以下には喉から手が出るほど魅力的な話のはずだ。それどころか、新興貴族などでは嫡男であってもクリスティーナ嬢の夫の座を射止めるべく画策している者達が山といるのだ。五大公爵家の地位は貴族間でも別格ということだろう。

 さて、ここで更に話を面白くしているのが当のクリスティーナ・スティラート公爵令嬢だ。どうやら彼女、大の男嫌いであるらしい。昨年の舞踏会で、ジェノバ侯爵家の次男であるテレンス卿の顔にワインをぶちまけ、由緒正しい貴族の令嬢とは思えない暴言を吐いたことは、昨年筆者がこの紙面で伝えた通りである。

 また彼女の容姿も貴族間では少し問題のようだ。彼女の祖母は隣国アルトリスの第三王女で、その事からもクリスティーナ嬢の血筋は群を退いて素晴らしいものではあるのだが、我が国の貴族は他国の血を嫌う節がある。彼女の容姿は隔世遺伝か、ルノア国では珍しい赤毛と翠の瞳なのだ。これはアルトリス王家によく見られる特徴だ。また、大変失礼を承知でいえば、彼女自身の顔立ちも醜くはないが至って凡庸であるというのが貴族間での評価である。

 しかしそうであるならば、クリスティーナ嬢の置かれた立場は彼女にとって最大の武器である。何故男嫌いとなったかは不明であるが、花の盛りは短いもの。群がる虫の多い内に、彼女はもう一度自分の立場を考え、少しでも良い男を捕まえるべく行動を起こすべきだろう。


 さあ、今年の社交シーズンは始まったばかり。スティラート公爵家次期当主の座を射止めるのは誰なのか。今年一番の目玉、クリスティーナ・スティラート公爵令嬢から目を離すべからず!







「だってさ」


 そう言ってアレンに差し出されたゴシップ誌を、私はぐしゃりと握り潰した。


「余計なお世話よ」


「でも結構的を得た内容だよね。ゴシップ誌の割には」


 イアンは私の手からゴシップ誌を掠め取ると、丁寧に伸ばしてしげしげと見つめた。


「このゴシップ誌の記者、情報通だよね。いつもそこそこ正確な記事書いてるよ」


「イアン、あんたゴシップ誌なんか読むのいい加減にやめなさいよ。公爵家の男子ともあろう者が低俗だわ」


「嫌だな、姉さん。ゴシップ誌を愛読してるのはアレンだよ」


「でもイアンだって僕の買ったゴシップ誌をいつも読むじゃないか」


「まあそうだけど」


 イアンは肩を竦めた。すっぽりと被った黒のローブのせいでその表情は見えない。


「というか元々は姉さんが読み始めたんだろ」


 何言ってんのよ。あんた達と私とじゃ事情が違うのよ、事情が。

 イアンと同じ黒のローブの中から不満そうな声を投げて寄越したアレンに、私は腕を組んでフンッと鼻から息を吐き出した。


「私は情報収集の一環で読んでるの。ただの娯楽で読んでるあんた達とは訳が違うのよ。市井の興味がどこにあるのか把握するのだって、いずれ市井で暮らすには必要なことよ。ゴシップ誌以外にも、ちゃんとした新聞だって読んでるし、実地調査だって欠かしてないわ」


「実地調査って言っても、ただのお忍びのお遊びじゃないか。クリス姉さんこそ公爵令嬢が頻繁に街に遊びに行って、少しは屋敷で大人しくしてなよ。いつまでも街で働いて一人で暮らすとか子供みたいなこと言ってないでさ」


「マリアがいつも嘆いてるよ。クリス姉さんはいつまでたっても貴族の令嬢らしく振舞ってくれないって。姉さんみないな人でも一応女性だし公爵令嬢なんだから、暴漢や金目当ての輩に襲われることだってあるんだからね」


 アレンとイアンが交互に苦言を呈する。まったくこの双子は、魔導院に通うようになってからすっかり生意気になっちゃって。黒いローブも見るからに怪しげだし暑苦しいから、いつもやめろって言ってるのに。


「一応は余計よ、一応は。街に行くときはドレスだって庶民の物に着替えてるし、馬車だって質素なものを使ってるわ。それにヴィーを護衛に連れてるから大丈夫よ。私だって馬鹿じゃないんだから、ちゃんと考えてるわよ」


「それそれ、ヴィーを連れ回すのいい加減やめてあげなよ。最近は胃薬が手放せないらしいよ、可哀想に。無鉄砲な姉さんを一人で護衛するのは神経がすり減って仕方ないって。せっかく腕の立つ護衛なのに、このままじゃ近いうちに辞めたいって言い出すよ、きっと」


「何よそれ。護衛が専門職のくせに情けないわね。それに簡単に辞めさせるわけないでしょうが。ヴィーは私の手駒なんだから。父様に言って絶対に阻止するわよ。なんだったらお給金を上げてあげてもいいわ」


「手駒って……。姉さん、それはいくら何でも酷いよ。姉さんのお忍びを何で止められないんだって、マリアと一緒に毎回父さんに怒られてるんだよ。しかも姉さんとしょっ中一緒にいるもんだから、エヴァン兄さんからも睨まれてるし」


「なんでエヴァンが睨むのよ」


「呼んだか?」


 突如割り込んできた声に、私と双子達は同時に振り返った。

 扉を開けて部屋に入ってきたのは、たった今名前の上がったエヴァンだった。その後をマリアが慌てて追いかけてくる。


「ちょっと、エヴァン!女性の部屋に許可もなく入って来るなんて失礼じゃない!」


「ふん、そんなこと気にしなくちゃいけないような淑女がこの部屋の何処にいるんだよ」


 エヴァンは鼻で笑った後、「おっと、マリアのことかな?」と言ってマリアにパチンと片目を瞑って見せた。

 エヴァンの冗談に慣れているマリアはしかし、冷めた様子で口を開いた。


「エヴァン様、困ります。うちのクリス様はあんなんでもれっきとした公爵令嬢です。きちんと節度は保っていただかないと」


「マリア、あんたさり気なく主人に向かって失礼ね」


「クリスティーナ様の侍女を勤めるには、これ位がちょうどいいんです」


 ツンっと澄まし顔で言われた。ほんとに、どいつもこいつも私の周りは失礼な人間ばかりだ。


 いつも無断でやってくるエヴァンにこれ以上文句を言っても無駄だと、私は気を取り直した。


「で、何の用なのよ」


「ほい、これ」


 差し出されたのは、エヴァンの実家であるウィンター公爵家の家紋が押された封筒。

 受け取った封筒を開くと、そこにはウィンター公爵家主催の舞踏会への招待状が入っていた。


「なんで父様じゃなくて私に直接持ってくるのよ」


 普通は父様宛に送るでしょうが。


「公爵には前もって話は通してある。それに聞くまでもなく了承に決まってる。じゃじゃ馬娘の化けの皮が剥がれないうちに何とか婿取りさせなきゃならないってんで必死なんだから。晩餐会だろうが舞踏会だろうが、男捕まえる機会があれば喜んでお前を送り出すさ」


「化けの皮って、それはどういう意味かしら?」


「そのままの意味だが?まあ、化けの皮って意味じゃあもう手遅れだと思うけどな。去年のテレンス卿の件、あれは傑作だったぜ」


 睨みつけた私に動じず、エヴァンはさも愉快そうに笑った。

 去年、私はとある舞踏会でジェノバ侯爵家の次男であるテレンス卿からしつこくアプローチされた。付きまとわれただけでもイライラしていたというのに、あの親父(テレンス卿は脂ギッシュで禿げかかった四十代後半の親父なのだ!)、勝手に私の手を取って撫で回し、終いにはお尻にまで手を伸ばしてきたのだ!だからつい、持っていたワインを顔にぶちまけて「何勝手に人のお尻に触ってんのよ!このエロ親父!!」と思ったことを素直に吐き出してしまったのだ。思ったより声が大きかったみたいで、辺りは一瞬にして静まり返った。さすがに不味いと思った私はそそくさと馬車に乗って屋敷に帰ってきたわけだか。

 どうやらその後、名誉を傷つけられたとかなんとかテレンス卿は怒り心頭だったみたいだけど、主催者サイドとお父様の取りなしでなんとか場を収めたらしい。ふん。乙女のお尻に勝手に触る方が悪いっつーの。


「それにうちの親父も兄貴もティーナを心配してるんだよ。お前のことを実の娘と妹みたいに思ってやがるからな。公爵位狙いじゃない、本当にお前を大切にする男を見つけてほしいんだと」


 エヴァンの言葉に、去年のことを思い出してムカムカしていた気持ちが一瞬で凍りついた。次いでチクリと胸が痛むのを感じる。


「叔父様とジェレマイア様に伝えて。心配はご無用ですって」


 私は胸の痛みを誤魔化すように咳払いをしてエヴァンに伝言を託した。

正直、ウィンター公爵家にはできるだけ行きたくない。


「嫌だね、伝えたきゃ自分の口から言うんだな。それに今回は俺がティーナのエスコートをするように親父から言われてるんだよ。スティラート公爵も了承してる」


「はぁ!?嫌よ、あんたがエスコートなんて」


「それはこっちの台詞だ」


 私の拒否に、間髪入れずに言い返すエヴァン。私はムッとして腕を組んだ。


「大体お前、今年来てる招待状、片っ端から断ってるんだって?公爵が頭抱えてたぞ。ただでさえ薄くなってる頭が……っと」


 肩を竦めて誤魔化したつもりかもしれないけど、しっかりと聞いたわよ。父様、薄くなった頭をとっても気にして古今東西髪に良いと噂の薬やらなんやら怪しげなものまで金にモノを言わせて買い集めてるんだからね。父様に言いつけて出入り禁止にしてやろうかしら。


「そんなんだと、何だかんだお前に甘い公爵でも業を煮やして勝手に結婚相手決めかねないぞ」


 たしかに、普通の貴族の結婚はほとんどが政略結婚だ。そこに当人の希望は関係ない。父様も私と双子の実の母である母様とは親が決めた結婚だったというし、むしろ恋愛結婚をしているウィンター公爵やジェレマイア様の方が珍しいのだ。ウィンター公爵家は昔から恋愛結婚が多いらしい。と言っても、相手は貴族の中から、が暗黙のルールにはなっているみたいだけど。


「万が一私を無理やり結婚させるような真似してみなさい、夜逃げして二度とこの家には戻ってこないから」


 私は本気だ。そして今まで散々好き勝手やらかしている私を見て、父様もそれは十分に承知しているのだろう。私を相手に強引にものを進めるのを躊躇う傾向にある。

 自分の父にこう言ってはなんだが、父様は一歩も二歩も押しが足りない。五大公爵家の嫡男として何不自由ない生活を送ってきたせいか、お人好しが最大の美徳を地で行ってる人なのだ。その割に母様が亡くなって喪が明けるや否や直ぐに後妻を娶るし、思い出したように愛人を作ってはうつつを抜かしたりしているのを見ると、貴族というのは本当にどうしようもないと思う。何も父様が特別不誠実というわけでもなく、貴族社会は既婚者ほど男も女も愛人を抱え、伴侶に隠れて火遊びを楽しむのが普通なのだ。そんな中、自分では子供を産めずに肩身の狭い思いをしてるだろうに、愛人も作らずに先妻の残した子供達に優しく接する今の母様を、私は心から同情し、尊敬している。

 というわけで、スティラート公爵位なんて、ほっといてもそのうち父様がうっかりよそで作っちゃった子供にあっさり継承されると思っているのだ、私は。


 私の心中を知ってか知らずか、エヴァンが諭すように私に言葉を紡ぐ。何よ、偉そうに。


「お前もさ、そろそろ現実見ろよ。いくらたまに街に繰り出して庶民の真似事してるからって、所詮公爵家で大切に育てられた貴族の女が一人で生きていけるわけないだろうが」


「あら、そんなことやってみなくちゃ分からないじゃない」


 私はフンッとそっぽを向いた。


「何が怖いって、姉さんの後先考えない行動力だよね」


「そうそう。何とかなるって言って、勢いだけで家を飛び出しそうだもんなぁ」


 アレンとイアンが二人で顔を見合わせてウンウン頷きあっている。


「夜逃げなんかしてみろ。数日もしないうちにゴロツキに有金全部巻き上げられて、裸にひん剥かれた挙句に奴隷市場に並んでるか、好色な親父にとっ捕まって組み敷かれてるからな」


「そんなに間抜けじゃないわよ」


「どうだか」


 エヴァンはあくまでも私を馬鹿にするかのような姿勢を崩さない。

 本当にムカつく奴。あーあ、昔は桃みたいなほっぺに大きいアンバーの瞳をキラキラさせて、どこから見ても良いところのお坊ちゃんって感じで可愛かったのに。いつの間にこんな粗野な男になってしまったのか。


「とにかく、少し冷静になって周りの男を見てみろよ。一人ぐらい気にいる奴がいるかもしれないだろ」


「嫌よ、貴族の男なんて。私はね、浮気をするような男は御免なの。私だけを大切にしてくれる、誠実な男の人じゃなくちゃ」


「……俺は浮気はしない」


「誰もあんたのことなんか聞いてないわよ」


 私の後ろで、何故かアレンとイアンが揃って大きな溜息を吐いた。


「ていうか、あんたも人の心配してる暇なんかないんじゃない?いくら男とはいえ、公爵家の次男が二十歳にもなって婚約者の一人も出来ないなんて問題よ。ジェレマイア様はあんたの歳にはもう結婚してたわよ」


 私はここぞとばかりにせせら嗤ってやった。ちなみにルノア国での社交界デビューは男女共に十六歳だ。女性は十六歳から十八歳、男性は十八歳から二十歳で婚約、もしくは結婚までたどり着くのが一般的だ。ましてや高位の貴族になれば、生まれた時に婚約者が決まってしまうということもある。


「ふん、ご心配どうも。でも残念だったな。俺に群がる女はごまんといる。毎日あちこちから秋波を送られて辟易するくらいだぜ」


「そういえば、ゴシップ誌にエヴァン兄さんの事も載ってたよ」


 アレンの言葉に、イアンが持っていたゴシップ誌を捲った。


「えーと、これこれ。『恋多き男、エヴァン・セドリック・ウィンター卿の次のお相手はジャネット・アヴェーヌ伯爵令嬢!』」


「つい先月はベーカー商会の娘さんと噂になってたよね」


 アレンとイアンからもたらされた情報に、私は冷たい視線をエヴァンに向けた。


「……なーにが浮気はしない、よ。ちゃっかり色んな女に手を出してるの、知ってるんだからね。これだから男っていうのは信用ならないのよ」


「ち、ちがっ!あれは単なる遊びっつうか、向こうだって遊びなれた女達だし、お互い後腐れない関係だ」


「……ふーん、後腐れない関係、ね。でも相手は本当にあんたを好きかもしれないじゃない。なんか嫌ね、そういう考えって。不潔よ」


 エヴァンはヒクリと頬を引きつらせた。今の言葉はそこそこダメージを与えられたらしい。ざまあみろ、乙女心を弄ぶような男には天罰が下ればいいんだわ。


「遊びの女なんか、今すぐにでも切れる」


「まあ、あんたのことなんかどうでもいいけど。好きにすれば?」


「……どうでもいい……」


「それより招待状よ。ねえ、エヴァンから叔父様に上手くいって断ってよ。あんただって私をエスコートするなんて嫌でしょ?」


「……これは親父からの命令だ。俺は断らないからな。そんなに嫌なら自分で親父に言うんだな」


 エヴァンは片足に体重をかけて腕を組むと、皮肉げに笑った。


「そんなに親父に会うのが嫌か?もしかして、まだ初恋を引きずってるわけじゃないよな?」


「んなっ……!!」


「それとも忘れられないのは兄貴の方か?全く、馬鹿みたいに報われない恋愛してるよな、お前は。何も二代に渡ってうちの家の男共を好きにならなくてもいいのに。でも残念だったな。お前の理想通り、二人とも浮気なんか頭にもない妻一筋の奴らだ。お前の入る隙間なんかこれっぽっちもない」


 私は右手に持った扇子を握り締めながら唇を噛み締めた。体がブルブルと震えるのを止められない。


「そんなにウィンター公爵家の男が好きなら、俺がお相手しましょうか?レディ・クリスティーナ?」


「あ、あ、あんたなんかこっちから願い下げよ!!」


 私は嫌味ったらしく笑ってるエヴァンの顔に、扇子を思いっきり投げつけた。

 軽く頭を振って避けるエヴァン。小癪な奴。


「おっと、危ない。扇子を投げつけるなんて淑女のやることじゃないな。これじゃあ、親父にも兄貴にも、気持ちすら気づいてもらえないのも頷ける。最初っから眼中に入るわけないもんな」


「っ!うるさいっ!!もう帰って!!」


「はっはっはっ!」


 私の怒鳴り声にビクともせず、エヴァンは楽しそうに大笑いした。


「言われなくても帰るよ。とにかく、お前が断らないなら舞踏会の夜は迎えに来るから、せいぜいお袋や義姉さんに見劣りしないようにめかし込んどけ。馬子にも衣装って言うからな」


 そう言い残し、笑い声と共にエヴァンはひょいっと落ちた扇子を跨いで部屋から出て行った。


「二度と来るな、馬鹿エヴァンッ!!」


 私がゼイゼイと肩をいからせてエヴァンが去っていった扉に向かって怒鳴りつけている後ろで、アレンとイアンは顔を見合わせた。


「エヴァン兄さんってば」


「ホント素直じゃないんだから」



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