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第1章:文歌 ――ふみか――(6)

 ラプンデルを襲った魔物は大半が倒され、わずかな残党も、夜が明ける頃には、逃げ出すか討ち取られるかして、町は無事に朝を迎える事ができた。今回の戦闘で死者は無く、続出した怪我人も、簡単な手当で済む軽傷者以外は皆、サフィニアの回復魔法と未来の戦巫女としての力により癒された。

 言葉を放って力を行使する。それ自体に負担はほとんど無い。しかし、一晩中怪我人の間を走り回れば身体的な疲労は蓄積される。生まれて初めて眠らずに夜を明かすという行為をした未来は、重傷者がいなくなった事を確認すると、多少ふらふらしつつも町長の屋敷に戻った。

「おっ、お疲れ。今日最大の功労者」

 町長の部屋に案内されると、そこには町長の他に芙美香とファルスディーンがいて、芙美香は未来の姿をみとめるなり、親指を突き立てて片目をつむってみせる。町長と話し込んでいたファルスディーンからは、特に何も無く流されるかと思ったが、全くその通りで、一度こちらにちらりと視線を送った後は、再び町長との話に没頭した。別に厚い労いを期待した訳ではないが、覚醒した自国の戦巫女にかける言葉のひとつくらい有っても良いのではないか。未来がむくれかけた時。

「これは戦巫女様、大変お疲れ様でした」

 扉を開けてスティーヴが入って来た。口調が改まっているのは、ファルスディーン達の手前だろう。それが証拠に、

「よく頑張ったね、未来ちゃん」

 と、小さく耳打ちしていったのだから。心臓が高鳴り頬が紅潮するのを、未来は抑えられなかった。

 しかし、その後に交わされた彼と王太子の会話に、動悸の理由は別のものに取って代わられる。

「戦巫女様を狙った刺客が、吐きました」

 スティーヴは淡々と報告する。

「やはりステアに内通しておりました。ラプンデルを陥落させれば、ステアでの高官の地位を約束されていたそうです。戦巫女様のお命まで狙ったのは、独断のようですが」

「処分しろ」

 初めから答えを用意していたかのように、強く、短く、ファルスディーンは言い切った。未来は一瞬言葉の意味をわかりかねたのだが、理解した途端、顔色を変えて声を荒げた。

「ち、ちょっと待って。処分って……殺しちゃうの!?」

「戦巫女を狙った。それだけで許されざる罪だ」

 当然とばかりにファルスディーンは即座に返す。

「でも、私は無事だったし、町の誰も死ななかった。許してあげて」

 たとえ間諜――敵――だったとしても、無駄に命を失わせたくはない。未来は食い下がったが。

「今回はな。だが、以前の襲撃で九人が死んでいる」

 紫の瞳が鋭く見下ろして来て、続ける言葉を見失ってしまう。

「……それでも」

 思わず目を逸らしたが、未来は必死に言うべき事を模索し、口を開いた。

「生きて償ってこそ、って事もあると思うの」

「甘い。今見逃せば、また同じ事を繰り返す可能性がある」

 ファルスディーンはあくまで冷酷だったが、未来は今度は怯まず、彼の視線を真正面から受け止めて告げた。

「その時は、あなたの好きなようにしていい。だから今回は許してあげて」

 こんなにも強く言い返すとは思っていなかったのか。ファルスディーンは、わずかに驚きに目をみはる。

「フォルティアの王族は、フォルティアの戦巫女に従う。……お前の言葉を聞こう」

「戦巫女様の寛大なお心に、感服いたしました」

 ファルスディーンが溜息をつきながらも承諾し、町長も深々と頭を下げる。安堵すると、それまで張りつめていた緊張がとけ、未来は膝から崩れ落ちた。

「おい!」

 慌てながらも、ファルスディーンが抱き留めた。今度は傷の癒えた右腕で。疲労が一気に訪れたらしい。抗えない眠気が未来を襲う。

「まったく、頼り無いと思えば、いきなり力に目覚めて、強情な面も見せる」

 完全に意識が飛ぶ直前、ファルスディーンの声が耳に届いた。

「俺には真似できない」

 その声色は呆れ半分だったが、もう半分には、感嘆も込められていたかもしれない。


 次に気づいた時、未来は自分の為に用意された客室のベッドの中だった。フェーブル城のように無駄に大きい天蓋つきではないが、ふかふかに柔らかい布団は快適で、よく洗濯されたシーツに残る洗剤の残り香が、鼻をくすぐる。

 大分眠っていたらしい。全身にたまっていた倦怠感はとれて、頭もすっきりしている。身を起こして窓の外を見やると、屋敷に戻る時には昇り始めていたはずの太陽が、既に沈みかけていた。半日近く眠っていた事になる。

 とりあえず、いきなり倒れた事を皆に詫びなければ。ベッドから出て靴を履きかけた時、テーブルの上に置かれた物が視界の端に入って、未来はそちらに顔を向けた。

 近づいてみると、それは白い封筒だった。海外を舞台にしたドラマでたまに見るように、判を捺された蝋で封印がしてある。ぺりぺりと封をはがすと、中からは封筒同様飾り気の無い、白い便箋が一枚出て来た。そこに、決して達筆とは言えない力強い筆で、文字が並んでいる。記名がしていなくとも、その字体から、これを書いた人物が想像できた。

「ファルスディーン王子?」

 書かれた文字はヴィルム語であったが、戦巫女の力で難無く読めた。が。


 銀の輝きに 救われた

 生命の数を 算じれば

 鳴謝の念 湧き上がり

 また汝を 頼みとする


 そこに記されたものはまるで詩のように散文然としていて、いまいち要領を得ない。

「やっほー、未来ちゃん。起きた?」

 そこにたまたま、様子をうかがいに来た芙美香が顔を出したので、未来は彼女にその手紙を見せた。芙美香は眉をひそめながらそれを読んでいたが、やがて意を得たとばかりに笑みを顔に満たして、手紙を未来に返しつつ、一言。

「ふみかだよ」

「芙美香さん?」

「違う違う、文歌」

 首を傾げる未来に彼女は説明した。何でも、主に想い人や感謝の意を示したい人に送る、この世界特有の文化らしい。

「文章にしないと感謝の気持ちを素直に伝えられないなんて、かわいい王子様じゃん」

 芙美香にそうからかわれ未来は赤くなったが、すぐに頭は、そんなはずが無いと冷静になる。

 ファルスディーンなりのただの詫びだろう。想い人な訳が無い。フォルティアに召喚された日、あれだけ失望に満ちた目で自分を見たのだ。そうすぐに評価が変わるはずが無いと。

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